第7話『借金取り』
エイミー亭、二日目の朝。
昨晩はライアンとの話で何かと考え込んでしまったが、結局疲れには勝てず、夜には泥のように眠ってしまった。
ライアンは僕と話した後に店を出て行ったきり戻らず、もうどこかへと旅立ってしまったのかと思いエイミーに尋ねてみると。
「いいえ、ライアンさんは後一週間は泊まる予定ですよ?もう、お金ももらってますし……」
とのことだった。
確かに、ライアンが陣取っていた場所には、恐らく貴重品ではないだろう荷物がそのまま置いてある。
しかし、金を払ったのに戻って来ないという感覚が僕には分からない。だって、もったいないじゃないか。
「あ、荷物と言えば――」
そこで、ふと思い出した。
昨日、ライアンからの「大した荷物もなくて」という指摘に思うところがあったのだ。
確かに僕は、故郷の町から逃げ出して来たために、着の身着のままで碌に着替えも持っていない。
今着ている服は町に入る前に近くの小川で洗ったけれど、それでも既に昨日から着た切りだ。
王都で仕事を見付けるまで散財はしたくなかったが、必要最低限の物は揃えないと今後の旅も立ち行かない。
ならば買いに行こう――そう決めた僕は、早速街へと繰り出した。
「すごい人出だな、今日はお祭りでもあるんだろうか?」
昨日の昼間と比べても人が多く、つい辺りを見回してしまう。
そして、そんな風に余所見をしていた所為だろう。僕は何かにぶつかって、身体の正面に強い衝撃を受けて尻もちをついた。
「いてて……す、すみません。余所見をしていて――」
謝りながら顔を上げ、言葉を失った。
目の前には巨人のような大男。筋骨隆々の肉体は壁のようで、高さは周囲の人々の頭三つ分くらい上に出ている。
「おう」
大男は自分の首から下げた特徴的な首飾りをじっと確認していたが、やがて野太い声で返事をし、そのまま歩き去って行った。
彼は冒険者だろうか?すごい迫力だ。怒られなくって、本当に良かった。
その後、僕は辿り着いた道具屋にて、今日の人出の多さと先程の大男のことを尋ねてみた。
「ああ、あんた旅の人かい。人が多いのは今日が定期馬車の着く日だからさ。そして、あんたが見た大男は冒険者タイタスだな。奴はガリウス人だ。妙な首飾りしてただろう?ありゃ、宗教国家ガリウスの信仰の象徴さ」
だから、あんなに真剣に確認してたのか……。
店員は饒舌に続ける。
「この町はダンジョンが近いから色んなところから冒険者が来るのさ。だから宿なんかは直ぐに埋まっちまう。あんたも宿がまだならさっさと取った方が良いぜ」
店員の話を聞き終えた僕は、古着と布鞄を買って道具屋を後にした。
「あれ?これって、エイミー亭にもチャンスなんじゃないか?」
宿が埋まってしまうなら、需要はあるはずだ。
帰ったら、ちょっとエイミーに聞いてみるのも良いかもしれない。
僕は少しだけ足早に、エイミー亭へと戻ることにした。
◆
店の前に戻ると、何やら騒がしく、そして不穏な空気が流れていた。
「支払期日は明日だからな!払えなかったら店を明け渡してもらうぞ!」
見れば、どこにでもいる冒険者崩れのチンピラが、エイミー亭に向かって威圧的に叫んでいた。
その所為で、結構な数の野次馬が集まってしまっている。
そして、ガシャン!という何かが割れるような音が店の中から聞こえ、僕は無意識の内に足を踏み出していた。
「ちょっと待ちなっ……!」
そんな僕を止めたのは、野次馬の内の一人。
「あいつらこの辺りじゃ質が悪くて有名なチンピラだ。止した方が良いよ。それに、もう終わったみたいだしね」
そう言われて視線を戻すと、店の中から三人の男が出て来て悪態をつきながら去って行くところだった。
僕は慌ててエイミー亭の中へと駆け込んだ。
「あ、レナードさん……」
メチャクチャになった店内の真ん中で、頼りなく佇むエイミーが弱々しく笑った。
「これは……酷いな……」
床には割れた皿の破片が散らばり、テーブルや椅子は壊れてこそいないが、大きな傷が無数に付き、足蹴にされた跡まである。
「あ、あの、レナードさんの荷物は無事ですから……」
そう言って、僕が馬に付けていたサイドバッグを渡してくれた。
こんな状況で、エイミーだって恐かっただろうに、それでも荷物を守ってくれたらしい。
「ありがとう――え?」
礼を言って荷物を受け取る瞬間に、エイミーの腕が青くなってパンパンに腫れているのが見えた。
「そ、その腕っ……どうしたんだ!?」
「いだっ……っ!!」
慌てながらも優しく腕を取ったつもりだったが、エイミーは微かに触れただけで苦悶の表情となって悲鳴をあげた。
「ご、ごめん!」
しかし、この腫れ方は、骨折かひびが入ってるかもしれない。
「これ、さっきの連中にやられたのか?」
咽返るような怒りが湧いてくる。
「うぅ……飛んできた椅子に、当たっちゃって……っ」
先程の男達が店の中で暴れ、その際に男の一人が投げた椅子が腕に当たったのだと言う。
とりあえず、水で濡らした布を当てて腕を冷やしながら、詳しい事情をエイミーに尋ねた。
「いったい、さっきの連中は?」
当然、安易に踏み込むべきじゃない、聞くべきじゃない、そんな葛藤はある。義憤に駆られ、他人の問題に首を突っ込むような甲斐性は僕にはない。
でも、事情くらいは聞いておかないとこちらにも被害が及ぶかもしれない――そう自分に言い訳し、僕はエイミーに話を聞く。
「あの人たちは、取立人なんです……」
何でも、エイミー亭には創業時に負った借金があり、食堂として営業していたときは順調に返せていたらしいのだが、店主の父親が怪我をしてからは返済ができなくなってしまったのだと言う。
「で、でもっ――元はと言えばお父さんの怪我だってっ……さっきの人達にっ、乱暴されたからでっ……!」
さらに事情を聞けば、あのチンピラは支払いが滞るより前から来ており、度々エイミー亭に対し嫌がらせを行っていたらしい。
「何て言うか、借金を返せない状況に追い込んでるって感じだな」
店への営業妨害、店主への暴行、そして今回はエイミーにまで怪我をさせた。
「きっと、このお店からわたしたちを追い出したいんだって、思います……っ」
エイミーは、どうしてよぅ……と頭を抱えて蹲り、とうとう泣き出してしまった。
その姿に、自然と安っぽい正義感や使命感が沸き起こるが、自分の面倒でさえままならないのに、他人の問題に首を突っ込むべきじゃない――そう強く自分を戒める。
しかし、自分に甘く堪え性のない凡人である僕は、偽善と自己満足と無礼な同情心の下に、何か力になれないかな?と手を差し伸べる。
それは盗賊の、薄汚れた手だというのに――。
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