第6話『盗賊の話』
白髪交じりの灰色の頭をした男の名は、ライアンというらしい。
「お前もここに泊まるんだろう?」
ということは、このライアンという男もエイミー亭に泊まっているのか……。
「うん、まぁそのつもりだよ」
言葉遣いをどうしようかと一瞬迷ったけど、下手に出て舐められるのもどうかと思い、普通に話すことにした。
ライアンはこちらの言葉遣いなど気にした風もなく、そうか、とだけ頷いて、店のテーブル席で酒をあおり始めた。
先程の『同業』という言葉が気になったが、折を見て聞いてみよう。
「それじゃあ、こっちに来てください」
それを見計らったように、エイミーが奥のカウンターへと誘導する。
「えっと、お店のフロア内ならどこに寝ても大丈夫です。床でも、椅子をくっ付けても、テーブルの上に寝ても良くって、早い者勝ちです。あと、雑魚寝になるので、持ち物の管理はお願いしますね」
まるで読み上げるように言うエイミー。
それから、酒や軽食などのメニューを渡され、毛布や身体を拭くためのお湯やトイレの場所などの説明があり、前払いで宿泊費の会計を済ませる。
とりあえず、二日分で良いだろう。
「それじゃあ、早速で悪いけど、軽食と薄めた葡萄酒をもらえるかな?」
別料金の料理を注文をすると、エイミーは嬉しそうに飛び跳ねた。何とも頼み甲斐のある反応じゃないか。
後で有料の毛布も貸してもらおうと思いつつ、店内のどこを陣取ろうかと見回した。
どうやら今のところ、客は僕とライアンと名乗った男の二人だけのようだ。
エイミー亭は決して大きな店じゃない。カウンター席が五つと、四人掛けのテーブル席が四つ。全ての席が埋まっても、二十一人で満席になる程度の大きさ。
その限られたスペースの中で、僕は先客のライアンに倣い、テーブル席の一つに陣取ることにした。
「お待たせしましたー」
ちょうどエイミーが、軽食と葡萄酒を持って来てくれた。
「ありがとう。あと、馬の餌や水もここで買えるかな?」
エイミーがもちろんと頷く。
「でも、乾草をクズ野菜とか果物の芯とかでかさ増しした物になっちゃいますけど……」
十分な餌だろう。僕はそれも頼むことにした。
そして、エイミーが用意をしに行ってくれ、僕はほっと一息つく。
「ふぅ……やっとまともな食事にありつけるな」
テーブルに置かれた皿の上には、硬い黒パンにチーズと何かの肉の切り身、小さなトマトとオレンジが丸ごと乗っていた。
調理はせずに乗せただけという感じだが、僕はそれを瞬く間にそれらを平らげて、仕上げに薄めた葡萄酒を流し込む。
「すげぇ食いっぷりだな」
ライアンが話し掛けてきた。
「ここ二日ばかり真面に食べてなくってね。やっとありつけた食事なんだ」
もう野草や木の実にはうんざりだ。
「そうかい。ところでお前、どこでしくじって逃げて来たんだ?」
酒をあおりながら、ライアンが聞いて来た。
先程の『同業』という言葉もだが、彼は僕のことを何だと思っているのか。
「えっと……しくじったって?」
「ははっ――馬で来て、大した荷物もなくて、二日も真面に飯を食ってなくて、目の下には隈ができてやがる……」
ライアンはこちらに身を乗り出して声を押さえながら続ける。
「お前、盗賊だろう?そんでもって、どこぞでしくじって逃げて来た口だ」
ギクリとした。まさか、天職のことを言っているのだろうか?
「はっ――な、なんで……!?」
露骨に狼狽えてしまった。カマ掛けかもしれないのに。
しかし、ライアンはライアンなりに確信があって話し掛けて来たようだ。
「おい、声を落とせよ。さっき同業って言っただろうが、俺も盗賊だから見りゃあ分かるんだよ」
「盗賊……いやっ、僕はちがっ――」
否定しようとして、これまでの自分の所業が脳裏に映る。
ローザとエミリオの金と持ち物を盗み、町の馬を盗み、逃亡して盗品を売り飛ばした。
そうだ、僕はもう立派な泥棒じゃないか……。
そう思うと、胸の奥が軋みを上げながら痛み、自分自身に対する深い失望と悲しみに気が遠くなってくる。
「初仕事だったか、それとも何か訳ありか――まぁ、最初の内は落ち込むもんさ」
なんてことない風に言って、ライアンがまた酒をあおる。
「少し……話を、聞いてくれないか……」
自分でも不思議な気持ちだった。僕は教会で懺悔でもするように、自分の犯した罪を会ったばかりの自称盗賊の男に話し始めたのだ。
いや、会ったばかりの他人だからこそ、話せたのだろうか?
僕が話している間、ライアンは一言もしゃべらなかった。ただ黙って、時折酒を口にして、じっとそこに居た。
泣き言のような話し終えたとき、目の端に潤みさえ感じていた。
「本当に、どうしてあんなことを……っ」
ローザにフラれ、エミリオに痛めつけられ、家を汚され、両親の形見を壊され、それらの怒りでどうかしていたにしろ、その後の思考と行動は自分のものとは思えない。
いや、別に僕が真面目だの善人だのという話じゃない。単純にあんなことができる甲斐性も能力も、僕にはないはずなんだ……。
すると、今まで黙って聞いていたライアンが口を開いた。
「最初の内は、天職に当てられるなんてのは良くある話だ」
彼は空になったグラスをテーブルの上に戻し続ける。
「まぁ、盗賊であることを受け入れるこった」
どうせ犯罪天職を得た時点で真面な仕事にはありつけねぇ、とライアンが嗤う。
当然、僕はその言葉に疑問を呈した。
「でも、王都に行けば犯罪天職者向けの職業斡旋があると聞くし、碌な仕事でなくても静かに生きて行くことはできるんじゃないか……?」
ライアンは冷めた表情で僕をじっと見詰めた後、しわがれた声でこう続けた。
「まぁ、王都に行って自分の目で見てくりゃ良いさ」
ライアンが立ち上がり、店のドアから出て行く。
――盗賊何ざ、碌な最期にならねぇ。お前も覚悟しとくんだな。
閉まる扉の隙間から、胸を貫くような重い言葉が滑り込んで来た。
僕は、呆然として扉を見つめ続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます