第5話『新たな町』
山リンゴの木に救われてから二日後、僕はやっとの思いで新たな町へと辿り着いた。
見れば結構大きな町らしく、きっと色々な店がたくさんあるのだろうと思う。
ならば、心苦しさはあるけれど、現実問題そろそろ盗品の方を何とかしなければならない。
盗品の処分や路銀の捻出といった今後のことに思考を巡らせながら、まだ朝靄が掛かる街中を、馬を引いて進んで行く。
しばらくすると、案内板がある町の中心部まで辿り着いた。
「へぇ、この町には冒険者ギルドがあるのかぁ」
案内板を見て、つい声を上げてしまう。
冒険者ギルドはダンジョンの近くの町にしかない施設で、僕の故郷にはなかった物だから、余計に物珍しく感じる。
でも、冒険者ギルドがあるということなら、盗品の買い取りはその近くの店が良いかもしれない。
冒険者ギルドに隣接する店は、買い取りに際して面倒な身分証の提示などがないと聞いたことがあって、今の僕にはうってつけだ。
「うーん……よし!」
しばし案内板を眺めた僕は、自分の家と引き換えに頂戴した盗品を売りに行くことを決断する。
この期に及んでもまだ胸が痛み足取りも重いけど、僕はなんとか見定めた店の前まで移動して来た。
そして、馬を止めて店に入り、小さな店台へと進み出る。
「買取を、お願いしたいんですけど……」
後ろめたさに語尾がしぼんでしまうけど、僕は買い取りを依頼した。
「ほらよ、あの品じゃこんなもんだ」
不愛想な店員が台の上に金を置く。
こうして、僕が犯した罪の形はあっさりと換金されて帰って来た。
足早に店を出て、溜息を一つ。
「やっぱり足元を見られたか……」
買い取り価格は通常の七掛けくらいだったんじゃないだろうか? 想定していたよりもずっと安く買い叩かれてしまったように思う。なんだか、ローザやエミリオに対してまで申し訳ない気持ちになって来る。
いや、それでも僕からしたら収穫もあった。
やはり冒険者ギルドの近くの店は、冒険者がダンジョンで得た出所不明の武器やアイテムを売りに来るため、いちいち細かいことを聞かれることもなく、僕が持ち込んだ盗品の出所を聞かれることや身分証を求められることもなく、すんなりと売ることができた。
そのためか、昔から冒険者ギルド近くの店は贓物故買も行っているなんて噂があるくらいで、しかも今回、僕はそれを証明してしまった形だ。
「ま、まぁ……何はともあれ、売れて良かった」
真っ当な金ではないけれど、路銀が増えたことは喜ばしい。
一先ずは肩の力が抜け、ほっと一息。
すると、今度は空腹と眠気が襲って来た。
そういえば、この町に着くまでの二日間はとにかく馬で走ることと慣れない野営でずっと気を張っていたし、碌に寝ていないし食べていない。そろそろ心身共に限界だ。
ちょうど懐も温まったし、僕は宿屋を探すことにした。
しかし、もう陽が昇り始めているとはいえ、やはりまだ早い時間帯。どこの店も扉が閉まっており、街は静かなものである。
「宿は後にするしかないか……」
仕方なく諦めの溜息をついたところで――。
「あ、あのぅっ」
「え?」
突然掛けられた声に、僕は驚き振り向いた。
「えっとっ、あの……や、宿をお探しですかぁ?」
そこには、上目遣いにこちらを見上げる三角巾にエプロン姿の少女が、肩をすくめながら立っていた。
年恰好は十歳くらいだろうか?赤毛のお下げ髪と顔に少々のそばかすが浮いた純朴そうな少女である。
「あ、うん。そうなんだけど、さすがにこの時間からやってるところはないよね」
すると、彼女は小さく飛び跳ねるように言った。
「で、でしたらっ、ぜひうちにいらっしゃいませんか!?」
どうやら、彼女の家は宿屋であるらしい。
情けないことだが、正直にあまり持ち合わせがないことを伝えると、少女は僕が知る相場よりも一割ほど安い宿代を提示してくれた。
「相場よりも一割も安いなんて、何か事情があるのかい?」
そんな僕の問いに、少女は一瞬だけ言葉を詰まらせたけど、大まかな事情を話してくれた。
まず、彼女の名前はエイミーというらしく、父親と二人で『エイミー亭』という小さな食堂を営んでいるとのこと。
店と娘の名前が同じであるところに、少しだけほっこりとさせられる。
しかし、話を聞いている内に、店の困窮具合が分かってきた。
どうやら、店主にして料理人である父親が怪我をして寝込んでいる上に、借金の支払い期日が迫っており、返せなければ店を取り上げられてしまうということらしい。
「それで、休みの食堂を使って宿屋を?」
「はい、そうなんです……」
少しでもお金を稼がないと、とエイミーは呟く。
何とも健気で、話を聞いているだけで情が移ってしまいそうだ。
そんなエイミーの話を聞きながら、僕は目的の場所まで案内されてやって来た。
『エイミー亭』
木彫りの看板を掲げた小さな店は、建物自体は古めかしいが、掃除が行き届いており清潔で、艶やかな木の扉と十字格子の小さな窓に、その下のウィンドウボックス植えられた色とりどりの小さな花が可愛らしい。
一目で店が大切にされているというのが分かる佇まいだ。
「じゃあ、お馬はこっちにお願いします」
エイミーの案内で店の裏手に回って少し行くと、そこには馬小屋があった。
「こんなところに馬小屋?」
僕の疑問に、エイミーが説明をしてくれる。
「もともとは馬小屋の方が先に建っていて、後からその周りにお店やお家ができたんです」
聞くところによると、この馬小屋を含めた周辺の土地は、とある貴族様の持ち物らしく、町の発展と共に土地を貸したり売ったりとした結果、元からあった馬小屋を囲むように店や家が建ったらしい。
「貴族様の物で壊せないですし、使わせてもらうと結構便利なんですよ」
最初はオドオドした印象を受けたエイミーだったが、慣れてくると結構饒舌で、逞しい面も見えてくる。
そんなエイミーの先導の下、再び店の前まで戻って来た。
「えへへ、ようこそいらっしゃいましたっ」
嬉しそうにはにかみながら、エイミーが店の扉を開けてくれる。
「お世話になります」
僕も調子を合わせて店の中へと足を踏み入れた。
「ぁあ?――なんだよ、同業たぁ珍しいな」
ザラザラとしわがれた声。腹の底に響くような重みを感じた。
僕は無意識の内に、喉を鳴らしながらそちらを振り向く。
「よぉ」
目が合って声を発したのは、白髪交じりの五十代くらいと思しき男。
これが、僕にとっての悪夢と成功の始まりとなる。
ライアンとの出会いだった。
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