閑話『被害状況』
コソ泥レナードを叩きのめした翌朝。
今後は俺とローザのヤリ部屋として使うことに決めた元レナードの家の寝室で、俺は心身共に満ち足りた状態で起床した。
そして、起き抜け一番で騎士の魂でもある愛刀を手にしようとしたところで、凍り付いた。
「はっ――な、無いっ!?」
剣だけじゃない。服も、防具も、金も、昨日置いておいた場所に何もなくなっているのだ。
そして、そんな俺の叫び声に、ベッドで寝ていたローザも起き出した。
「んん……何よ、エミリオ……こんな朝早くからぁ……?」
ローザはまだ眠いらしく、不機嫌そうな声を上げる。
昨日は俺と熱い夜を過ごして疲れてるだろうしな――って、いや、今はそれどころじゃない!
「聞いてくれローザ!俺の持ち物が全部無くなっているんだ!」
寝室を飛び出して、家中をひっくり返すが何も見付からない。
クソ!どうなってるんだ!
そこで、俺はふと思い至る。
そう言えば、レナードのヤツはどこ行きやがったんだ? 昨日、俺が散々に痛めつけたから、大人しく出て行きやがったのか?
改めて、壁や床や天井見回せば、細かく飛び散って黒く固まったコソ泥の血の跡が残されている。
すると、今度はローザの悲鳴が上がった。
「そ、そんな!あたしのお金が無くなってるわ!」
それで、俺は確信した。
「クソが!あのコソ泥野郎に違いない!見付け次第に処刑してやる!」
怒りに震える俺に、ローザが尋ねてくる。
「え、どういうこと!?レナードが盗んで行ったってこと!?」
「ああ、間違いない!なんと言ってもヤツはコソ泥だからな!」
しかし、早く見つけないとマズい。騎士が盗賊に出し抜かれて丸裸なんて洒落にならないし、何よりあの金がなきゃ、俺は騎士学校に入れない。
つまり、騎士になれないということだ。
それにあの金は、僕の家の全財産に加えて町の連中からの投資金でもある。
このままだと、確実にマズい……っ。
「す、直ぐにコソ泥を探しに行こう!」
俺が家を飛び出そうとすると、ローザから待ったが掛かる。
「ちょっと!シーツを巻いたその姿で外に出る気なの!?」
「仕方ないだろう!早く金や剣を取り戻さないとヤバいんだ!」
さらに、盗賊にしてやられたなんて騎士の名折れだ、とも言っておく。
「そんなこと分かってるわよ!でもそんな格好で外を歩き回ったら酷い醜聞になるわ!せめてレナードの服を着て行きなさいよ!」
そんなことを言っても、俺とコソ泥とでは体格が違い過ぎる。
あの忌々しいコソ泥は、見てくれだけは無駄に良いハリボテ野郎だからな。
「ほら!これはレナードの持ってる服でも一番大きなサイズの物だから!これを着て行って!」
ローザから渡されたコソ泥のズボンとシャツに忌避感を覚えながらも、俺はそれを着ることを試みた。
チッ、やっぱりかなりきついな……っ。
裾や袖や丈はかなり余るのに、細身であるためにケツと腹が収まらない。
「え……あたしより背が低いのに……?」
その服が入らないの――と、おそらくはローザも無意識であろう呟きに、俺は頭にカッと血が上ったが、ちょうどその瞬間に余ったズボンの裾を踏ん付けて床の上にすっ転んだ。
「ああっ、クソが!もうローザが俺の家に行って服を取って来てくれよ!」
俺は、未だにシーツを巻いた格好で指図するローザに言い放つ。
すると、ローザは本格的に冷めたい目となった。
「あのね……こっちはアナタが昨日の夜にメチャクチャするから身体中痛いのよ!色んなところ痣だらけだし!下手糞でも良いから少しは女に気を遣ってよ!」
という言葉に、今度は違う意味で顔が熱くなる。
「お、俺が下手糞だって言うのか!?あんなによがってたくせにっ!」
アンアン言ってただろうが!と大人気ないと思いながらも指摘するのを止められない。
しかし、ローザはすぐさま冷たく吐き捨てる。
「アンタ、あれが本当に感じてるんだって思ってたの?はぁ、こっちばっかり気を遣って、本当にバカみたい……っ」
ローザが苛立ったように顔を背けると、細い肩がほんの微かに震えているのが見て取れた。
「お、俺は行くからな!」
さすがに気まずくなって、俺は足早にヤリ部屋を後にする。
これも、全部コソ泥の所為だ!――だが、コソ泥から金を取り戻せば、ローザだって直ぐに俺を見直すだろうさ。大した問題じゃない。
俺は長すぎるズボンの裾とシャツの袖を捲り上げ、服のサイズが合わずに納まらないケツと腹を半ば出したままで自分の家を目指す。
まだ早朝とはいえ、町中には多くの人が出ており、俺は数多の人目に晒されてからかわれることになった。
「おいおい、エミリオ。なんだよその格好は?お袋さんの服か?」
「手足がパツパツで、腹もケツも丸出しじゃねぇか。お前少し痩せろよ」
「あっひゃっひゃ!騎士天職持ちだからって、はっちゃけ過ぎだろ!騎士様になる前に、騎士様に捕まっちまうぜ!」
「つーか、マジで頼むぞ。エミリオには俺も俺の家族も投資してんだからな」
チッ、どいつもこいつものん気なもんだ。
俺はその全てを、ちょっと飲み過ぎちまってな、と軽く笑って誤魔化して行く。
さっさと着替えて、コソ泥レナードを捕まえなければならない。
「いや、まぁ、焦ることもないか、騎士のスキルの一つ『索敵』を使えば、レナードがどの方向に居るかぐらいは直ぐに分かる」
俺は不敵な笑みを浮かべ、自宅へと急ぐのだった。
◆
エミリオが出て行ったのを確認すると、あたしはいよいよ膝から崩れ落ちた。
「お金、どうしよう……っ」
あれは、何年も掛かって貯めた資金だった。今からまた同じ資金を作ろうと思ったら、とてもじゃないけど真面な方法じゃ作れない。
するとその瞬、あたしが資金を貯めるのに協力してくれたレナードの姿が思い浮かぶ。
彼と付き合っていたときは、彼の家に住まわせてもらって、彼に生活費まで出してもらっていた。
それなのに、あんな裏切り方をしてしまった。
「でもっ、だってっ……仕方ないじゃないっ、盗賊だったんだからっ……!」
叫びながらも、頭の中には昨晩のレナードのことが思い出される。
正直、エミリオがキレて、レナードを剣で殴り始めた瞬間は、ヤバいって思ったし、恐くなって、完全に引いていた。
しかも、床に倒れたレナードの頭を、彼のお母さんの形見の花瓶で殴ろうとしたり、お父さんの形見の釣り竿で叩きはじめた際には、さすがに飛び付いてエミリオを止めた。
でも結局は形見も壊されてしまって、さらには血だらけで床に倒れたレナードを放置して、あたしは彼のベッドでエミリオと寝た。
「け、けどっ、こんなのってっ、ないわよ……っ、これじゃあ、本当にコソ泥じゃないっ……!」
ううん、あたしだって分かってる。レナードは、ただやられたからやり返しただけっていうのは――。
でも、どうしても八つ当たりしてしまう。逆恨みしてしまう。犯罪天職者のくせにって思ってしまう。
「っ……と、とにかく今は、お金を取り返さなきゃ――!」
そうだ、ならエミリオばかりに任せてはいられない。
エミリオのヤツ、今までは気が小さくてオドオドしていたくせに、天職が『騎士』だって分かった途端に強気になって、なんていうか、情緒不安定な感じだし……。
あたしは痛む身体に鞭打って、レナードを探すべく準備を始めた。
「待ってなさいよ、レナード……!」
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