第4話『道中にて』
痛む身体を引きずりながら、それでも首尾良く馬を盗むことに成功した。
もう夜は晩く、町は静まり返っていて、酒場さえも閉まっている。
それでも僕は念を入れ、表通りを避けながら、町から離れる道を行く。
そしてその途中、町の教会へと立ち寄って、幼馴染のセリーナに宛てた短い手紙を扉のところに挟んでおいた。
セリーナへ。
黙って出て行ってごめん。
僕は王都に行くことにするよ。
でも、決して後ろ向きな気持ちじゃないんだ。王都には犯罪天職者向けの職業斡旋もあるって言うし、そこで頑張ってみようと思ってる。
今日は僕の話を聞いてくれて、励ましてくれて、すごく嬉しかった。本当に救われた気持ちだ。ありがとう。
いつか再会できることとセリーナの成功を願ってる。
レナードより。
月明かりを頼りに馬を駆り、自分の書いた手紙の内容を今一度反芻する。
書きながらも思ったことだが、再会はきっとできないだろう。
何せ、犯罪天職者の僕と『司祭』であるセリーナとでは、住む世界が違う。というか、全くの真逆で、裁かれる者と裁く者に等しい立ち位置だ。
それに、今回のことで盗みを重ねてしまった以上、セリーナの傍や町に居ることはできない。
離れて行く故郷を思いながらも、僕は持って来た荷物へと意識を向ける。
馬のサイドバックに納めた剣と防具に、まとまった金がぎっしりと詰まった二つの袋。さらには、女性物の衣服と男性物の衣服――そう、これらは全て、元恋人のローザと元友人のエミリオの物。
僕は乗っ取られた自分の家と引き換えに、彼らの持ち物を頂戴したのだ。
一緒に住んでいたローザが歌の学校の入学資金や聖歌隊の入隊資金を貯めていたのは知っていたし、エミリオについてはご丁寧に見せてくれたから間違えるはずもない。
恐らくこれで裸一貫となった二人は、大いに慌てて困るだろうが、こればかりは仕方がない。どんな事情であれ、手を出したのならば、然るべき報復が待っている――それが世の常だ。
しかし、そのために盗みを重ねてしまった僕の胸中にあるのは、罪悪感と嫌悪感、そして、両親やセリーナに対する申し訳なさ……。
「はは……今さらだな」
もはや戻れないところまで来てしまっている。
故に、今はただ先のことだけを考えて、暗い夜の街道を、馬に乗って駆け抜けた――。
◆
朝日が昇り、朝露が光る草原で馬を止める。
「だいぶ、来たな……」
ここまでの遠出は、父と闇市に行ったとき以来じゃないだろうか。
少しばかり思い出に浸りながら、町の馬小屋から盗んだ餌を馬に与え、これまた盗んだブラシで馬の身体を撫でてやる。
はぁ、なんとも立派な泥棒振りじゃないか……。
自分がどんどんと汚泥に沈んで行くようで、陰鬱とした気持ちにさせられる。
そこに、追い打ちでも掛けるように、今度は自分の腹が鳴った。
「僕もお腹が空いたなぁ……」
しかし、盗んだ金はあれど店がない。目の前には、ただただ広い草原と、土が露出した長い街道が伸びているだけ。
僕は仕方なく、草むらから食べられる野草を探してそれを齧ることにした。
昔、父さんから教わった食べられる野草。整腸作用もあるとか言っていたけれど、味の方はどうだろう。
口に入れて噛んでみると、ショリショリとした食感は確かに瑞々しいが、味はとにかく酸っぱくて、空腹を満たす量を食べるのが酷く億劫になる。
「んぐっ……と、とりあえず、食事ができるところまで進むかな」
このままではいけないということが、良く分かった。
僕は昨晩同様に、小刻みな休憩を入れて先を急ぐことにする。
そして、どれだけ走っただろうか?
もう陽が傾き始め、世界を橙色に染め上げる頃。
未だに店や民家は発見できず、いい加減に僕の疲労も空腹も限界に来ていた。
「え……あ、あれはっ!!」
徐々に最悪の想像すら脳裏をかすめ始めたとき、偶然にも山リンゴの木を発見したのだ。
天の恵みとはこのことか――僕は夢中でリンゴの木に取り付いた。
「た、助かったぁ……っ」
絞り出すような呟き、取ったリンゴに齧り付く。
手入れもされていない野生の木であるためか、未熟な物もあれば熟れ過ぎた物もある。でも、今の僕にとってはどれもがご馳走だ。
ここまで頑張ってくれた馬にも十分にリンゴを与える。
「今日はもうこの近くで野宿にしよう」
早速、焚火の薪にする木の枝と、雨風除けのシェルターの材料となる枝や葉や蔓を集めて行く。
馬のサイドバッグに元から入っていた火打石とポンチョを出して、火を起こして焚火をし、地面に葉っぱを敷き詰めた上にポンチョを被せてベッドにする。
そして、そのベッドを囲むように、地面に突き立てた長い枝を別の枝と互い違いに編んで行きドーム型の骨組みを作り、その上から分厚く葉っぱを被せてシェルターを完成させた。
「うーん、我ながら不細工な造りだけど、せめて雨風は凌げてほしい」
今夜の晴れを祈りながら、実際に中のベッドで横になってみる。
入り口以外は全てが枝と葉っぱ――まるで、枝と葉の洞穴に入っているような、はたまた、巨大なカゴに入っているような感じで、僕がもっと幼かったなら、それはもう大はしゃぎだったことだろう。
「疲れたなぁ」
葉っぱとポンチョのベッドに横たえた身体は重く、そのままズブズブと地面に沈み込んで行くような感覚で、自分が思った以上に疲れていたのだと実感する。
「皆は、セリーナは、どうしてるだろう――?」
もはや半分は寝言。
手紙を出した幼馴染を思いながら、僕は短い眠りについた。
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