第44話「……さよなら、だべ」

 今日の仕事は殆ど大掃除をしてで終わり、夕方前に家に帰った。

 

 送別会の準備をする為に。


 所長にどこでするか聞いたら「隼人君の家でしていい?」って。

 事務所でと考えたけど、キクコちゃんにとって最初の場所の方がいいかなだって。

 キクコちゃんに聞いたら嬉しそうに了解してくれたから、それでいいか。



「おかえりなさいだべさ」

 キクコちゃんが出迎えてくれた。

「うん。ただいま」

 このやり取りも、今日で最後だな……。


「隼人さん、おじゃましてます」

 友里さんはもう来ていた。

「むうう、友里さん、来てからずっと邪魔するだべ」

 キクコちゃんが頬をリスみたいに膨らませる。

「主役が準備してどうするんですか。早めに来てよかったですよ」

 友里さんはあの後一旦帰ってお母さんの家の片付けをしていたそうだ。


「そうだよ。主役はキクコちゃんなんだからゆっくりしてよ」

「むう、分かったべさ」

 そうこうしているうちに所長と副所長が来た。


「やあ、お邪魔します」

「友里さんですね、竹中の妻で副所長の伊代です」

 副所長が友里さんに挨拶した。

「は、はいはじめまして、うわ」

 友里さんの目線は副所長の……女性でもいくのか?


「隼人君、ケーキとチキン持ってきたけど足りる?」

 所長がケーキの箱と大きな紙袋を俺に渡してきた。

「ありがとうございます。飲み物はもう買ってありますし、もうじきオードブルも届きますので」

「うん。さてと、なんか手伝う事あったら言って」

「あ、はい」




 準備も終わり、いよいよクリスマスパーティー兼送別会が始まった。

「キクコちゃん、いろいろありがとね」

 ほんとにいろいろと……。

「とんでもねえべ。皆さんのおかげでひいじっちゃを故郷に帰せたし、あたすもいろいろ楽しかったべさ」

 キクコちゃんがジュースを飲みながら言った。


「いやいや、お礼はあたしが言いたいわ。買い物とかいろいろ付き合ってもらったしね」

「うん。それにキクコちゃんが来なかったら解決できなかった問題もあったもんね」

 副所長と所長が続けて言い、

「そうですね。私もキクコさんが来なかったら、ずっと母に会いに行こうと思えなかったかもです」

 友里さんもそう言ってくれた。


「あたす、ここに来れてよかったべ」

 キクコちゃんが満面の笑みで言った。


「そういえば友里さん、お母さんは?」

 気になったので聞くと、

「母もお爺さんやアパートの人達に送別会してもらってます」

「そうでしたか……ってそういや友里さんも明日帰るんだ、だったら友里さんの送別会も」

「私はいいですよ。それと明日の見送りもいいですから」

「え、でも」

「ここでお別れしたいんです。さ、それよりキクコさんともっとね」

「……はい」

 ありがとう、友里さん……。



 そして、楽しい時間が過ぎ……。



 所長達はもう帰るとなり、玄関で最後の別れとなった。

「キクコちゃん、元気でね」

「いい思い出をありがとうね」

 所長と副所長が手を振り、

「キクコさん。私あなたの事、一生忘れませんからね」

 友里さんがキクコちゃんの手を握って言った。


「んだ……ありがとうございましただべ」

 キクコちゃんの目は少し潤んでいた。

「けど皆さん、最後までいなくていいんですか?」

 だって異世界への扉なんてもう一生見れないかもだし。


「ん、いいよ。キクコちゃんと会えただけでもう充分だよ」

「それにね、最後は二人っきりでね」

 所長と副所長が言い、


「ええ、それじゃあ……さよなら」

 友里さんが目を潤ませて帰って行った。




 二人だけになった居間で、俺達はゆっくりとしていた。


 思えばこの一ヶ月、いろいろあったな。

 ほんと一生分と言っていいくらいだったよ。


「隼人さん、ちょっといいだべか?」

「うん、え?」

 キクコちゃんは俺の傍に寄り、何かの呪文を唱えた。


 すると……。


「よっし、できたべ」

 キクコちゃんの手には、俺とキクコちゃんが写っている写真が二枚あった。


「あ、最初の頃言ってた魔法?」

「そうだべ。そこにある鏡に念じて撮ったべさ」

 キクコちゃんが箪笥の上に置いてあった小さな鏡を指して言う。


「そんで、これ貰ってくれだべさ」

 キクコちゃんがその一枚を差し出した。

「うん……」

 俺はそれを受け取り、じっと見つめた。


「キクコちゃん。何度も言うけど、本当にありがと」

「あたすこそだべさ。あ、外」

「ん? あ」

 

 窓の外を見ると、雪がちらちらと降っていた。


「ああ、ホワイトクリスマスだなあ」

「あたすんとこはあんまり雪降らねえんで、見れて感激だべさ」

 キクコちゃんが外を見ながら言った。

「そうなんだ。あ、冷えるからもう少し暖房効かせようか」

「んだ」


 それからは何も話さず、ただ雪を眺めていた。


 

 

 しばらくして、時計を見るともう二十三時。

 キクコちゃんは荷物をまとめ、帰る支度を始めた。


「こんなにお土産も貰って。家族も喜ぶだ」

「うん、よろしく言っといてね」

「んだ。あ、これ返すだ」

 キクコちゃんがスマホを差し出してきたが、

「いいよ、持ってって」

「いいだべか?」

「うん。もしかするとそっちの科学者さんの参考になるかなって」

「それなら心配ねえべ。所長さんから餞別だって科学の本貰っただべ」

「そっか……うん」


 ……。

 言うべきか言わないでおくか……いや。

 悔い残すな、だよな。


「……キクコちゃん」

「んだ?」

「俺は……」




「……君が、好きだ」

 その一言にすべてを込めた。


「……あたすもだべ」

 キクコちゃんが頬を染めて頷いてくれて、

「うぉっ?」

 思いっきり抱きついてきてくれた。


「時間までこうしてて、ええだか?」

「……うん」

 俺も抱きしめ返し、何も言わずにいた。



 

 そして、あっという間に時間が過ぎ、

「……名残惜しいけんど、これでお別れだべさ」

「うん……」


 その時、天井が眩く光りだした。


「……これが異世界への扉?」

「そうだべ。本当はもっと小せえんだけんど、この世界の精霊さん達が力貸してくれて大きくしてくれたべ。これならもっと安全に帰れるだ」

「そうなんだ……見えないけど、ありがとうございます」




 そして、キクコちゃんは荷物を持ち……。

「本当に、ありがとうございましただべ」

 キクコちゃんは涙を堪えるかのように、精一杯の笑顔で言った。


 俺も最後まで見ていたいから堪えていた。


 その時、


 カーン……。

 カーン……。


 どこからともなく鐘の音が聞こえてきた気がして、

「……それじゃあ……さよなら、だべ」

 まるでシンデレラの魔法が切れるかのように……キクコちゃんの姿が消えた。




 居間はまるで最初からいなかったかのように、静かになった。


「……く、う」

 俺はもう堪える事なく、泣いた……。

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