第43話「凄い事に気づかなかった」

 そんなこんなで二日過ぎ、二十三日。

 キクコちゃんは帰り支度しつつ、家の事をして過ごしていた。

 もう今日と明日しか……と思っていたら、


「隼人さん。今日の夜、私に付き合ってもらえませんか?」

 事務所にやってきた友里さんが言った。

「え? ……えっとその」

「ほんの少しでいいですから」

 友里さんが顔を近づけ目を潤ませて言ってきた、って当たりそうだった!


「は、はい」

「よかった。あ、終業時間は何時ですか?」

「えっと今日は」


「十七時でいいよ」

 所長がそう言った。

「え、ですけど」

「もう殆どすることないだろ。行っといで」

「……はい」


「じゃあ、その頃にまたお伺いします」

 そう言って友里さんは出て行った。


「……あ、キクコちゃんに電話しとかなきゃ」

 俺は胸ポケットのスマホを取り出した。


「隼人君、本当は少しでも長くキクコちゃんといたいだろけど、友里さんともきちんと話してね」

 所長がそう言うが、

「……俺、最低な事思ったりします」

「ん?」

「キクコちゃんは明日の深夜に帰っちゃう。だったら友里さんを……なんて」

 そんな事でなんて友里さんに悪い。

 けどキクコちゃんとは、もう……。


「……ありのままにね」

「え?」

「その気持ちを言ってあげなさい、後は時が解決してくれるよ。ってこの程度しか言えなくてごめんね」

 所長がそう言ってくれた。


「……いえ、ありがとうございます」

 うん、ありのままか。




 夕方。

 友里さんが来て一緒に行ったのは、駅近くにあるチェーン店の飲み屋だった。

「あの、こういう所でよかったんですか?」

 友里さんがリクエストしたんだけど、なんというかもっと洒落た場所でも。

「はい。私こういう店来た事ないんで、一度行ってみたかったんです」

 友里さんは笑みを浮かべて言った。

「それと仕事柄、普段あんまりお酒飲まないから」

「ああ、俺もですよ。あ、来たから乾杯しましょう」

「ええ」


 そして飲みながらいろいろ話をした。

 互いの苦労話とか、キクコちゃんとの旅の話とか。

 そして、二時間ほどで店を出たが……。


「うー、もう一軒いきましょー」

 うん、かなり酔ってるわこの人。

 友里さん、支えてないと倒れるもん。

 てかガンガン飲んでたから強いのかと思った。


「もう飲まない方がいいですって。それよりタクシーでお母さんの家に送りますよ」

「やだー、最後にまた隼人さんちにいきたーい」

 なんか駄々を捏ねだした。

「あのですね」

「ねー、いいでしょー」

「……まあ、いいか」

「やったー」


 俺は友里さんを支えながら家路についた。 

 

「しかしこんなになるまでって」

「最後だからですよー」

 友里さんが俺に絡みつきながら言う。

「ああ、東京が」

「隼人さんと会うのがですよ」

「え、いやまた会えるでしょ。お忙しいからなかなかかもですけど」

「いーえ、もう会いません。これで終わりです」

「え?」

 な、なんで?


「帰った後でなんて思ったりしたけど、やっぱりあの子から奪うなんてできないよー」

 酔ってるのか泣いてるのか分からない。

「えっとあの……」

「けど、気が変わったら来るかもですー」

 今度はヘラヘラ笑いながら言う友里さん。


「……あの、なんで俺ですか?」

「なんというか一目惚れですよー。実は最初会った時、体中に電気が走ったかのような感覚になってたんですー」

 友里さんがふらつきながら言ったが、

「そ、そんなもんなの?」

 俺には分からん。

「そうですよ、うちの母も父と会った時にそうなったって言ってましたし」

 そうなんだ。

 あ、そういやどうやって知り合ったんだ、うちの親は?


「いっそ酔い潰してホテル連れてって、朝になったら『責任取れ』をしようかとも思ってたり……けど全然酔わないんだもん、何この人って思いましたよ」

 ああ、自分では分からなかったけど前の会社の先輩や上司、そして所長に言わせれば俺はかなり強い方だって。

 まあ、そのおかげで……もし潰れてたら切腹ものだったな。


「けどそんな事したらキクコさんが泣くって思ったら、やっぱり」

「え?」

「好きなんでしょ、キクコさんが」

 友里さんの目はうつろだが、意識はハッキリしているように見えた。


「……はい」

「じゃあ、言ってあげてくださいね。たとえもう会えないにしても」

「ええ。それとすみません」

「いいんですよー、あははは」

 友里さんは泣いているようにも見えた……。



 その後、家に着いたが、

 

「あんら、友里さん寝ちゃってるべか?」

 キクコちゃんが玄関まで来てくれた。

「うん、着いた途端に落ちた」

 今俺は友里さんをお姫様抱っこしてる。

「そうだべか、先にお布団ひいといてよかったべさ。さ、寝かせてあげるべ」

 ほんとキクコちゃんは気が利くというか……。


 そして、友里さんを父さんの部屋に寝かせ、

「んじゃ……」

 キクコちゃんが友里さんの口に手を当て、何かの呪文を唱えた。


「ふう、これで二日酔いにならねえべさ」

「え、そんな魔法もあるの?」


「あるけんど、あたすの場合誰にでも使えるわけじゃねえんだべ。ある程度魔法力がある人じゃねえと余計酷くなっちまうだ」

「へ? あの、そんなの友里さんにかけて大丈夫なの?」


「友里さんは強い魔法力持ってるべさ」

 キクコちゃんがなんでもないかのように言った。

「な、なんだって? マジか?」

「んだ。あと皆魔法使えねえから気づいてないんだろけんど、魔法力持った人は結構いたべさ」


「……そういやあの黒い奴が言ってたな。魔法は元々この世界にもあったって」

「無い方がいいのかもだべ。伊代さんが教えてくれたけんど、大昔には魔女狩りってのがあったって」

「ああ……」

 もしかすると脅威過ぎて、だったのか。


「それより隼人さん、友里さんにペタペタ触れてさぞよかったべなあ」

 キクコちゃんは笑みを浮かべていたが、なんかどす黒いオーラが……。

「い、いややましい事はしてないって」

「分かってるべさ。さ、着替えさせるっで部屋から出てってけろ」

「あ、うん」

 俺は言われたとおり部屋から出て、自分の部屋に行った。


――――――


 朝方。


 ……ん? な、なんだ?

 何かが体に纏わりついているような……え?


「……ん」

 目を開けると俺の右横に友里さんが寝て、って。

「なんで!?」

 俺は慌てて友里さんを起こそうとしたが、腹にもなんかが乗ってるような?


「んにゃ? ああ、おはようございますだべ」

 キクコちゃんが布団から顔を出し……はああ!?


「ちょ、なんで俺の布団の中で寝てんだよ!?」

「昨夜友里さんが寝ぼけて隼人さんの隣に行って寝たんだべ。そんで起こしたけど起きねえし、友里さんだけずるいからあたすもと思ったべさ」


 なんということだ、こんな凄い事に気づかなかったとは!

 っていかんいかん。


「うん、分かったから起きて。友里さん、朝ですよ」

 俺が友里さんの肩をゆすると、

「う、ん? え? ……ま、まさか私とキクコさん、二人纏めてとか」

 目を開けた友里さんは俺とキクコちゃんを見た後、そう言った。


「してませんから起きて」

「そうですか。してもよかったのに」

「んだんだ」

 二人共真顔で言いやがったが、どう言えばいいんだよ。


 とにかく、今日が最後だな……。

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