第42話「悔いが残らないように」

 昨夜は何事もなく、朝になり。

 俺は友里さんと一緒に出勤した。




「楠木さん、見つかってよかったですね」

 所長が友里さんに言った。

「はい、隼人さんとキクコさん、そして……えっと」

「報告書にも書きましたが、フィギュアのおかげでもありますよ」

 友里さんが言い淀んだのでハッキリ言った。


「うん。読んだ時『そんなのありかよ』って言ってしまったよ」

 所長が苦笑いしながら言った。


「あ、あの、所長さんもご存知だったのですか? キクコさんが魔法使いだと?」

 友里さんが驚きの表情になった。

「はい、最初にここに来た時、魔法でやかん丸焼けにしてくれました。あと妻も知ってます」

「そうでしたか。キクコさん、そんな事もできるんですね」

 友里さんが身震いしながら言う。

 心配しなくても暴発は……大丈夫だよね?


「あ、それでですね、友里さんは予定通り二十五日までいて、その間はお母さんと過ごすそうです」

 俺がそう言うと、

「そうなんですね。では親子で東京見物とかですか?」

 所長が友里さんに言い、

「はい。あ、キクコさんもその頃に帰られるんですね」

 友里さんが俺の方を向いて言った。

「……ええ」


 そうだ、今日は二十日。

 あと五日しかないんだ……。


「そうそう、知っての通りうちは二十五日から休みだから、あと四日頑張ってね」

 所長がそう言ってきた。

「あ、そうでした。というか年末年始の休み長くないですか?」

「僕達の都合でもあるんだよね。里帰りついでに友達と会ってくるんだ」

「たしか愛媛県って言ってましたよね」

 後で思い出してびびったわ。


「うん。うちは軍神宿の町とは縁が無いけどね。っとそうだ。もしよければ二十四日の終業後にパーティーしない?」

「え? ああ、納会みたいなのをするのですか?」

「いや、キクコちゃんの送別会兼クリスマスパーティーだよ」

「あ……」

 そうだな、そうさせてもらおう。


「そうだ、友里さんもどうですか?」

 所長も友里さんを名前で呼びやがった。


「え、いいのですか?」

「はい。友里さんだってキクコちゃんに何かしたいと思ってたんでしょ?」

 所長がそう言うと、

「……所長さんってズバッと当てますね。あ、もしかして所長さんも魔法使いだとかですか?」

 友里さんが少し引きながら言った。

「ははは、そうだったらいいなあっていい歳して思ってますよ」

 所長が笑いながら手を振った。

 というかこの人、魔法使いってか勇者だと思うが。


「ふふ、あ、では私もお願いします」

 友里さんはその後、お母さんの家に向かった。


「さあてと、そうだ。明日は昼まででいいから、キクコちゃんと一緒にどこか行ってきたら?」

 所長がそんな事を言った。


「え? ですけど」

「もう二人だけで出かける日は無いよ? それで後悔しない?」

 所長が真剣な眼差しで言った。

「……はい。ありがとうございます」

 ほんとこの人、なんでもお見通しだな……。




 夕方。

 仕事が終わって家に帰り、キクコちゃんに明日の事を。


「どしたべさ?」

「あ、いや」

 って今までは普通に言えたのに。


「そうだべか。さ、ごはんどうぞだべさ」

 キクコちゃんが促してきた。

「あ、うん……あの、キクコちゃん」

「なんだべ?」

「いやあの、明日は副所長とどこか行くの?」

「んにゃ、伊代さんは大掃除と里帰り準備するって言ってたべ」

「……そっか。じゃあ、昼から俺と出かけない?」

 うん、言えた。


「いいだべさ。そんでどこ行くんだべ?」

「え、あの……どこにしよ?」

 ああ、考えとけばよかった。

 

「あたす、ここ行きたいだべさ」

 キクコちゃんはスマホでその場所を検索して見せてくれた。

 っていつの間にか使いこなせてるな。


「っと……ああ」

 見せてもらった場所を見て納得はしたけど、

「よく知ってたね、そこの事」

「伊代さんと話してた時に教えてもらったべ。けんど隼人さんはお仕事だから一人で行こうかと思ってたべさ」

「ほんともう馴染んでるな……うん。じゃあ明日お昼過ぎに事務所に来て」

「んだ。ささ、ごはん食べるべさ」

「うん、いただきます」


――――――


 翌日の昼。

 キクコちゃんと一緒に駅へと向かい、電車を乗り継いで着いた場所は、靖国神社。


 俺はてっきり大東亜戦争の戦没者だけかと思っていたが、調べたら戊辰戦争の頃から国の為に身を犠牲にした人達の御霊を祀っている神社だった。


「やっぱたくさんいるべさ」

 キクコちゃんが辺りを見て言う。

 参拝客はそれ程いないから、たくさんってのはそうなんだろな。

 それはともかく、ここには。


「与吾郎おじいさんの友達もだよね」

「そうだべ。ひいじっちゃは戦地で失った友達が何人もいたって、亡くなる少し前に言ってたべさ」

 そうか……大阪のひいじいちゃんもこっちにいた頃、来てたのかもな。


「皆さんはもう分かってると思うけんど、改めて言いに来たかっただ。桐山与吾郎も日本に帰って来たって」

「うん。さ」

 俺達は拝殿の前に行き、二礼二拍手一礼した。


「……今頃何を話してるかな」

「きっと思い出話だべ」

「うん。さてと、ここだけでいいの?」

「んにゃ。次はここ行きてえべさ」

 キクコちゃんがスマホで見せてくれたところは。


「あれ、副所長と行ってなかったの?」

「行くなら隼人さんと行けって言われたべさ」

「そうなの? ん、じゃあ行こうか」

「んだ」




 着いた場所は、東京タワーだった。

 結構並んで待ち、やっと登れてメインデッキへ。


「ひゃあ、やっぱり高いべさ」

 キクコちゃんが窓の外を見ながら言う。

「だよね。けどスカイツリーも行ったんだろ?」

「あっちもよかったけんどここもええだ。それにここ、たくさんの思いが集まってるべ」

「そうなの?」

「んだ。この塔、これからも皆を見守ってくれるべさ」

「……ん」

 俺は目を閉じて祈った。

 これからもよろしくお願いしますって。


 その後でトップデッキにも行った。

 内容は言っちゃいけないかもだから、言わないけど。




「それで、最後は近所?」

「んだ。最後に一緒にゆっくり見たいだべ」

「……そう」


 もう暗くなった上野の町を二人で歩いていた。


「ほんと賑やかだべなあ。あたすんとこの城下町くらいだべ」

 キクコちゃんが道行く人達を見ながら言う。


「……あっという間だったべさ。ほんと」

「そうだね。ほんとあっという間だったよ」

 

「あたす、二十五日の零時に帰るべ」

 キクコちゃんがそんな事を……、

「え、深夜になの?」

「んだ。精霊さん達が教えてくれただ。扉はギリギリまで開いてるけど、一時過ぎたら道が不安定になるから、向こうに到着する時間考えると零時までに通った方が安全だって」


「不安定って、もしその時に通ったらどうなるの?」

「運が悪かったら元の世界に辿り着けず、また別の世界へ行ってしまうかもって。いんやそれだけならまだマシで、最悪の場合途中で粉々になっちまうかもしんねえって言われたべさ」


「あ……そ、それなら仕方ないか」

「んだ……」

 キクコちゃんは寂しげに俯いた。


「……よし、二十四日は盛大に送別会するよ」

 悔いが残らないように。

「ほんと何から何まで、隼人さんにも所長さんにも感謝だべさ」

「いいんだって。さ、そろそろ帰ろうか」

「んだ」


 本当に、悔いが残らないように……。

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