第40話「三つの指輪」

 俺はお爺さんに勧められてレジの前に座った。

 そしてお爺さんが隣に座り、


「ありがとうな、言ってくれて。儂は見守るくらいしかできんかったよ」

 軽く頭を下げて言った。

「いえ、俺はただ思うがまま言っただけです」

「だからだよ。偽りなき本当の言葉で言ったからこそ、二人の心に響いたんだよ」

「え?」


「本当によい心を持っているな。まだ迷いもあるが、大きな光を放つ心を」

 お爺さんがそう言って俺を見つめた。


「え、えっとあの」

「ああ、ボケた爺の戯言だよ。すまんな、ははは」

 今度は笑いながら言った。


「そうですか。ところで気になったんですが、結構お歳いってます?」

 見た感じはうちの祖父ちゃんくらいだけど、お母さんもお爺さんって言ってるくらいだしなあ。


「ん? そういや儂、何歳だったかのう? 戦争の時に母親亡くしたのは覚えてるがなあ」

 お爺さんが顎に手をやって言った。

「え、そうなんですか?」

 じゃあかなりいってるじゃないか。


「そうだよ。あとこの店始めて三十年くらいなのも覚えるわ」

「へえ、もっと昔からあったのかなと思いました」

「いやいや。儂、こういう店やりたかったんでやっと開けたって思ったわ。ところで隼人さんは何年か前にもここに来たよなあ?」

 お爺さんがそんな事を言ったが、

「いえ、初めてですけど」

「そうか? メイドの人形買っていってくれたじゃないか?」

「ああ、それうちの父ですよ」

「お、そうだったのか。それでお父さんは」

「亡くなりました」

「……そうか。いやお父さんはあの人形を見た途端に目を見開いたんだよ。それで小声だったんで聞き取れなかったが、誰かの名前を呼んでいたような」

「たぶん母の名をかと。それとうちの母、偶然にも名前が七海なんです」

「そうなのか、それはまた……ん? そうだ、たしか七海さんが来る前、同じ名前の女性がうちに来たな」

「……え!? い、いつですか!?」

 俺は思わず立ち上がって聞いた。


「そうだなあ。たしか……十七年前だったかなあ?」

 お爺さんが指折り数えて言った。

「あ……は、母が失踪した頃と合致してます」

「そうか。しかしあの人は笑顔で『ここは妖精さんがいっぱいいるわ~、七海嬉しい~』なんて言うもんだから、最初は失礼ながらヤバいのが来たと身構えたわ」


 待て、母さんっていっちゃってる人だったの?


「けどすぐ真面目な顔になってな、旦那さんと息子さんへのプレゼントを探しに来たって言ってあれこれ見てな、ちょうど三つあった揃いのロケットペンダントを買っていってくれたよ」

「え? ……俺、そんなの持ってないです」

 それに父さんもそれらしきものは身に着けてなかった。


「そうか。じゃあお母さんとは違う人だったのかな」

「あ、いえ。もしかすると家のどこかにあるのかもです」

 母さんを思い出して見たくなかったのかも?


「ああそうそう、お父さんの話に戻るが、あの人形を見て『そっくりだ』と言っていたが、もしかして」


「いえ、母はあの人形とは似てませんよ」

 だから不思議なんだよなあ。


「おやそうか? 儂もボケてて自信が無いが、あの七海さんに似ていた気もするのだが……やはり違う人か?」


 どういう事だろ? もしかして俺が何か思い違いしてるのか?



「あ、すみません。何かお話中でしたか」

 友里さんとお母さんが奥から出てきた。


「あ、いえいいですよ。ところで」

「はい。母はもうしばらくここにいるそうです。辞めるにしても次の人が来ないとって」

 友里さんがそう言うと、


「そんな事は気にしなくていいよ。配達がどうこう言ったのは方便なんだからな」

 お爺さんが手を振って言った。

「薄々はそう思ってましたが、やはりですか」

 お母さんが苦笑いして言う。

「ああ。だから今日明日は無理でも、なるべく早く帰ってあげなさい」

「はい。あの、ありがとうございました」

「いやいや。こちらこそだよ。儂はもう家族おらんから、七海さんが来てくれて嬉しくも思ったんだ」

 お爺さんは笑みを浮かべて言った。


 そうなんだ。レジの横にある古い写真。

 そこにはちょっと目が鋭い感じの若い女性と、幼稚園児くらいかなって女の子が二人写っていた。

 ……聞かない方がいいのかもだな。

 そう思いながら店内の方を向くと、

 

「ん?」

 ふと目についたのは、古びた小さな箱。

 その中に赤、青、緑の宝石が一つずつ入っていた。


「おや、それが気になったかな?」

 こっちに気がついたお爺さんが言う。


「え、ええ。あの、これって」

「それは光の三原色にちなんだものと作った友人が言ってたわ。家族や仲間三人で分けて着けてくれたらなあって言うんだが、そんな買い手がなかなか来なくてなあ」

「へえ……あ、そうだ。これいくらですか?」

 俺は指輪を指して聞いた。


「おや、買ってくれるのかい? じゃあ三つ合わせて千円でどうかな?」

「え、そんなに安くていいんですか?」

「全然売れなかったからなあ、それでも買ってもらえたらありがたいよ」

「そうですか。じゃあ」

 財布から千円札を取り出してお爺さんに差し出した。

「ありがとう。では包もうか」


 そしてお爺さんから包みを受け取り、


「あの、これよかったら」

 すぐに友里さんに渡した。

「え? あの、なぜ?」

 友里さんが目を丸くして言った。

「いえ、ご両親と友里さんでと思ったのですが……ご迷惑でしたか」


「い、いいえとんでもない。ありがとうございます!」

 友里さんはやや大げさに頭を下げ、

「隼人さん、本当にいろいろありがとうございます……」

 お母さんも礼を言ってくれた。


 よかった……。


「この青年、女性に指輪送る意味分かっとんのか?」

 お爺さんがなんか呟いていたが、よく聞こえなかった。

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