第39話「また一緒に」

 戻ってきたお母さん、そして友里さん。 

 二人はしばらくその場で見つめあっていたが……。

「……お、かあ、さん」

 友里さんが口を開いた時、

「……!」

 お母さんは踵を返して出て行こうとした、って。


「ちょっと待ってください!」

 俺は咄嗟にお母さんの手を取った。


「いや、離して!」

 お母さんが俺の手を振りほどこうとしたが、

「いえ、話を聞いてください! やっと見つけたんだから!」

 ここまで来て逃がしてたまるか。


「私にそんな資格なんてないです!」

 まだ必死に振りほどこうしたから、


「いいから二人で話せってば! あなたがこの十年間ずっと思ってたこと、友里さんは分かってるんだからさあ!」

 俺は腹の底から声を出して言った。


「……え?」

 するとお母さんは振りほどくのをやめ、俺の方を見た。


「まあまあ、ここじゃなんだし奥で話さんかな?」

 お爺さんが宥めるように言ってきた。

「……ですが」

 お母さんはまだ踏ん切りがつかないようだったが、

「儂らも立ち会うから、な」

「……はい」

 お爺さんがそう言ったのでおとなしくなった。



 案内されて奥に入ると、そこは十畳くらいの部屋でテレビと和箪笥、長ちゃぶ台が置かれていた。


 俺と友里さんがちゃぶ台の前に座り、その向かいにお爺さんとお母さんが座った。


 そして、友里さんが切り出した。

「お母さん、今までどうしてたの?」

 

 少し間があったが、お母さんはゆっくりと話し出した。

「……あのね」


――――――


 家を出たあの日、駅まで走って行って電車に飛び乗って……。

 半分放心状態で乗り継いでいたら新幹線にも乗っていたのか、気がつくと東京駅にいたわ。

 そういえば東京に憧れてた時期もあったなあ、だからかなって思った。

 

 そしてね、駅を出るともう夕暮れ時だった。


 そこでこれからどうしよと思って歩いていたら、この店の前にいたの。

 なぜか気になってふらっと入ったら……笑われるかもだけど古道具達が「よく来たね」って言ってくれた気がしたの。

 そして古道具を一つ一つ眺めていたら店長、三郎お爺さんに声をかけられた。


「あんた、もしかして家出でもしてきたのかい?」

「え? ……そうですね、そんなところです」

「そうかい。まあ無理に帰れとは言わんが、これからの当てはあるのかい?」

「いえ……」

「じゃあ、ここで働かんか? 住むとこも紹介するよ」

「え、いいのですか?」

「いいとも。儂はこのとおり爺なもんで、配達とかがもうきつくてな、人を雇おうかと思ってたんだよ」


 そこからここで働かせてもらってだった。

 住まいは三郎お爺さんがアパートも経営していて、そこでね。

 アパートの人達もいい人ばかりだった。

 皆何か訳ありで、お爺さんに拾ってもらったおかげで平穏に暮らせているって。


 お爺さんは「その気になったらでいいんだよ」と言ってくれて、道具達がいい人に買われていくのを見ていて、時が過ぎていって……。


 そして、今に至るの。


――――――


「時々は手紙も書いてたんですよね」

 俺が尋ねると、

「はい。住んでいる所から離れて出せば分からないと思いましたが」

「お母さん、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんには電話してたのよね」

 友里さんが言う。

「ええ、何度も帰ってこいって言われたけどね……」

 お母さんはそう言って首を横に振った。


「ねえ、そんなに介護施設が嫌だったの?」

「ううん、そうじゃないわ。あの人が私に何の相談もせずに決めて準備を進めていたからよ」

「え?」

 友里さんが目を見開いた。

 それは知らなかったみたいだな。


「最初にきちんと相談してくれていたら応援もできたし、家の事をどうするかと話せたのに……私が家の事を全部するのが当然とばかりに言うものだから、それでカっとなって言い争いになって、出て行ったの」

「そうだったの……ううん、お父さんは口に出してないけど、反省はしてると思う」

「そう……けど、私は」

 お母さんが顔を伏せたので、


「友里さんに申し訳ないと思っていたのですよね」

 俺は思わず口を挟んでしまった。

「ええ、そうですね。理由はどうあれ置いていってしまったのですから、今更戻ってもと……」

 お母さんはそう言って俯き、それを見た友里さんは何も言わずにいた。


「……俺なんか、母に会いたくてもどこにいるかさっぱりなんですよ」

「え?」

 友里さんが、お母さんも顔を上げて俺を見た。



 母は俺が五歳の時に失踪して、今なお見つかってません。

 もう殆ど記憶に無い母ですけど、叶うなら会いたいと。

 もし会えたら何を話そうか、何をしてあげようかとか思う事もあります。

 

 ……友里さんはお母さんがその気になれば、いえ友里さんがいいと言えばかもですけど、また一緒に暮らせますよね。

 たくさんお話したり、一緒にどこかに出かけたりできますよね。


 できる事ならそうしてほしいです。

 だってお二人は、ずっと前からもう……。




 その後、誰も何も言わずにいたが。


「……お母さん」

 友里さんが口を開いた。

「何、……え?」

「帰って、きて……お母さん」

 その目には涙が浮かんでいた。

「……ええ」

 お母さんは頷いて立ち上がり、友里さんの傍に来て、

「……ごめんなさい」

「ううん……」

 抱き合って泣き出した……。




「さ、後は二人だけでな」

 お爺さんが俺にそう言った。

「あ、はい」

 俺達は店の方へ出ていった。

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