第36話「あんた、誰?」
その日はキクコちゃんが肉じゃがとほうれん草のお浸しを作ってくれていた。
「さあさ、どうぞだべさ。たくさんあるべ」
「ありがとうございます。ではいただきます……うわ、凄く美味しい!」
友里さんが肉じゃがを一口食べてそう言った。
「キクコちゃんは料理上手なんですよ。ほんとありがたく思ってます」
俺もそう言うと、
「いんや、たいした事ねえべさ」
キクコちゃんは嬉しそうに言った。
「……あ、そうだ。あの、明日は私がごはん作っていいですか? お世話になるんだからそのくらいはです」
友里さんがそう言うが、
「いいだべ、あたすがやるべ。友里さんはおっかあ探すのに専念するべさ」
「いやそういう訳には」
「あの、友里さんは朝をお願いしていいですか? 晩御飯はキクコちゃんで」
友里さんも心苦しいかもだしな。
「むう、隼人さんがそう言うならいいべ」
「ありがとうございます!」
キクコちゃんが少し剝れ、友里さんは嬉しそうにしていた。
食べ終わってから、
「ごちそうさまでした。じゃあ片付けは私が」
友里さんが立ち上がって言うが、
「んにゃ。友里さん今日は疲れてるだべ。先にお風呂入ったらどうだべか?」
キクコちゃんがそう言って止めた。
「いえ、私は最後でいいですよ」
「じゃあ隼人さんどうぞだべさ。あたす後で背中流しに」
「え、そんな事してるんですか!?」
友里さんが声をあげた。
「まだ一回だけだべ。隼人さんがさせてくんねえだ」
また少し剝れながら言うキクコちゃん。
「うー、じゃあ今日は私が背中を」
「しなくていいですってば!」
俺は慌てて部屋に駆け込んだ。
キクコちゃんでもかなりなのに、たぶんそれ以上の友里さんが来た日には……。
やばい、水被ろう。
その後、無事に?風呂から上がった。
ふう。しかし二人共って……。
俺の勘違いじゃないんだよな?
キクコちゃんはともかく、友里さんなんか一回会っただけだし。
普通ならモテ期到来だやったあとかなんだろけど、俺はどうしたらいいか分かんねえよ。
いや、俺はキクコちゃんが。
けどキクコちゃんは……それならって、最低だ。
……ああ、もう寝よう。
――――――
深夜。
友里は何かが覆いかぶさっているような感覚に見舞われた。
「う、うーん、え?」
友里が目を開けると、そこに顔の辺りだけが青白く光っている長髪の女性がいて、友里に乗りかかっていた。
「え、え」
「あんた、誰?」
女性の声がおどろおどろしく響いた。
「い、いや」
あなたこそ誰と言いたかったが、恐怖で声が出ないようだ。
「まあいいわ、あの人をどう誘惑したのか知らないけど、死んで」
そう言って女性が友里の首に手をかけた。
「え? あ、が……」
た、助け、隼人、さ……、
「えーい!」
「うぎゃあっ!?」
部屋の中が光ったかと思うと、
「友里さん、大丈夫だべか!?」
いつの間にか来ていたキクコが友里を抱き起した。
「ゲホっ……え、ええ」
「おのれ、もう一人いたのね、あの人に近づくメスが」
女性はさっきまでの整った顔ではなく、まるで般若のようになっていた。
――――――
「どうしました!? え?」
友里さんが寝ている部屋から大きな音がしたので慌てて駆け込んだら……。
「あ、あ」
見るとキクコちゃんが震えている友里さんを抱きしめていて、そして。
「あ、帰ってたのね。今までどこに行ってたの?」
般若みたいな顔の女性がこっちを向いて言った。
「……二人に何しやがったあ!」
俺が声を上げて言うと、
「何って、私達の邪魔するメスどもを始末しようとしてたの」
女性が低い声で言った、って。
「なんの事か知らんがさっさと出てけ!」
「出ていけってここは私とあなたの家。追い出すのはこいつらでしょ」
どうやら話が通じないようだ。
凶器は持ってないようだな。よし。
「うりゃああ!」
俺は女性を取り押さえようとしたが、
「ちょっとじっとしててね」
「えっ!?」
女性の髪が勢いよく伸びて俺の体に絡みついた!
「な、なんだこいつ、まさか広島の時のような奴か?」
「違うべ、そいつは付喪神だべさ!」
キクコちゃんが友里さんを庇いながら言った。
「付喪神? ってそんなのがなんでうちにいるんだ!」
「意志ある子ならたくさんいるけんど、こんなの知らねえべ。あんたどこから入ってきたべか!」
キクコちゃんがそう言うが、家にあるもんも意志あったのかってこの状況で思ってしまった。
「どこからって、私はずっとこの家にいたわよ。この人に買われてきたその日からねえ」
俺を見ながら言う付喪神、ん?
よく見るとこいつの服って……まさか?
「な、なあ。あんた家のどこにいたんだよ?」
「どこって、この部屋よ。あなたはここで私に毎日愛を唱えてくれていたじゃない」
付喪神が優しげな顔になって嬉しそうに言い、
「けど、しばらく前から帰ってこなくなった。どこへ行ったのと思っていて、気がついたら私は物置にいた」
今度は悲し気に言った。
「それで部屋に戻ってきたら知らない女が寝ていて、他にも女がいるなんて……許さない、こいつらをコロシテ分からせてやるわ、あなたに相応しいのは私だって」
付喪神がまた般若みたいな顔になった。
って、
「ちょっと待て、あんたが好きなのは諸星次郎って人だろ!?」
俺がもしやと思って父さんの名前を言ったら、
「ええそうよ。あなたの名前」
「俺は息子の隼人だって!」
「え? ……あ、ほんとだ。次郎さんじゃなかった」
どうやら怒りで目が曇ってたみたいで、気がついたのか俺を離してくれた。
「あんた、父さんが大事にしてたメイドのフィギュアだよな?」
俺が近づいて聞くと、
「そうよ。次郎さんに買われてこの家に来たの」
やっぱりかい。てか百年経ってないのになるもんなの?
「あの人、独身だって言ったのに」
付喪神が項垂れて言った。
「たぶん俺の母さんが行方不明だって言ったのを勘違いしたんじゃねえのか?」
「そんなはずないわ。私に七海って名前をつけてくれて、毎晩愛してるって言ってくれてたもの」
そりゃ寂しかったのかもだが……何しとんじゃバカオヤジがー!
「……そうだ。次郎さんはどこにいるの?」
付喪神が顔を上げて聞いてきた。
「知らなかったんだな、一年半前に亡くなったよ」
「え? ……そ、そんな、うわあああん!」
付喪神はその場に突っ伏して泣き出した。
「えーと……?」
友里さんは状況についていけないようだ。って普通はそうか。
「隼人さん、この人魂抜きしてあげた方がいいべさ。このままじゃほんとに悪いもんになっちまうべ」
キクコちゃんが付喪神を指して言った時だった。
「……そうだ、それなら生き返らせたらいいじゃない」
は?
「よく見るとその子達、聖女だわ。ならその力を使えば」
付喪神の髪がまた伸びたかと思うと、
「きゃああ!」
今度はキクコちゃんと友里さんを縛り上げた!
「ってこら離しやがれ!」
俺が髪を掴んで言うと、
「なんで? あなただってお父さんが生き返ったら嬉しいでしょ?」
「うっ?」
そりゃ、もしそんな事ができるならって思う事もあるが、
「だがそれは二人を犠牲にしてだろが! そんな事父さんだって望まんわ!」
「う……?」
俺の言葉が効いたのか、付喪神は二人をそうっと降ろして髪を解いた。
「ゲホゲホ、友里さん、大丈夫だべか?」
「あ、あ」
キクコちゃんが友里さんを抱きしめて言った。
「なあ、あんたは父さんの遺影の隣に飾るからさ、フィギュアに戻ってくれない?」
俺がそう言った時、
ゴオッ、と大きな音が鳴って辺りが赤く光った!
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