第35話「負けねえべさ」

 いやそれ、友里さんをうちに泊めろって事?


「って所長、それはまずいでしょ!」

 俺がそう言うと、

「なんで? 既にキクコちゃん泊めてるじゃないの」

 所長がニヤニヤしながら言った。

「あ、いやそれは」


「……そ、そうなんですか?」

 友里さんが若干引きながら言った。


「ええ。彼女なんかもっと無謀で、宿の事なんか全く考えてませんでしたから。それで隼人君が見かねて泊めたんですよ」

 所長が友里さんの方を向いて言った。

 まあ、それは少し本当ですけど。 


「あ、あの、やましい気持ちじゃなくて、苗字が一緒だったんでつい親戚みたいに思って」

「苗字は偶然だけど、実際に親戚だったんだよね」


「あれ、どういう事ですか?」

 友里さんが首を傾げる。

「あ、いや、キクコちゃんのひいおじいさんの妹って、僕の曾祖母だったんですよ」

「そうだったんですね。あ、もしかしてひいおばあさんはもう?」

「ええ。僕が生まれる前でしたから、全然知りませんでしたよ」


「それでもよかったでいいんですよね。しかしそんな偶然もあるんですね……あの、やはり私もお世話になっていいですか? その偶然にあやかりたいですし」

 そう言った、って。

「えっとあの、いいのですか? キクコちゃんもいますけど、俺は成人した男ですよ」

「構いません。そんな事言ってたら介護士できませんから」

 いやそれとこれとは違うだろ!


「まあ本当は僕んちにだろけど、伊代がまだ本調子じゃないんでね。それとも高いホテルに泊まってもらう?」

 所長がまたニヤニヤしながら言う。


 そういや借金してでもって言ってたし、あんまり貯金無いのかもしれないな。

「う……わ、分かりました」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 友里さんは深々と頭を下げた。


「さて、早速調査に行ってもらおうかな。ついでに東京を案内してあげて」

「あ、はい。っとその前に荷物を家に置いてもらって、キクコちゃんにも連絡しておかないと」

「そういえば、喜久子さんはまだ日本にいるのですか?」


「ええ。最初の帰国予定の日まであちこちを観光してもらおうとなったんです。今日は副所長、所長の奥さんに名所へ連れていってもらってますよ」


「そうでしたか。あ、まだ隼人さんの家に泊まってるのですか?」

 友里さんがちょっと睨むように言う。

「そ、そうですが」

「ああ、それはよかったかもです。電話かメールでと思いましたが、直接言えるならと思ってましたから」

「え、何か話したいことが?」

「はい。それは喜久子さんがお帰りになった時に」


――――――


 所変わって、都内某所。

「そうなんだべか、んだ。あたすはお世話になってる身なんだから、隼人さんの言うとおりにすっべ」

 キクコはそう言って電話を切った後、ため息をついた。


「あら、どうしたの?」

 伊代が尋ねる。

「前に会った女の人が家に泊まる事になったべさ」

「あららら、それはまた凄い事になったわね」

「んだ……」

 キクコは暗い顔になって項垂れた。

 

「キクコちゃん、大丈夫だからね」

 伊代はそう言ってキクコの背を擦った。

「あの子は二股かけたりしないし、あっちに転んだりしないわよ」

「……あたすはずっといられないべさ」

「え?」

「だったら……」

 キクコは涙目になって俯いた。


「諦めちゃだめ」

「え?」

 キクコが顔を上げて伊代を見る。

「あたし達の『お母さん』はね、ずっと昔から旦那さんの事が好きだったの。けど旦那さんの心はお母さんに向いてなかった……お母さんは気づかれてないと思ってたようだけど、叶わない思いだって泣いてたのも知ってたわ」


「そ、そうだったべか。それでなして結婚できたべか?」

「詳しい事は言えなくてごめんなさいだけどね、お母さんはある時、大ピンチだった旦那さんを陰ながら助けていたの。そして、それを知った旦那さんがコロッと行ってプロポーズしてくれたんだって」

「え、そうなんだべか。お母さん、よかったべさ。……けんどあたすは」

「あのね、お母さんがこんな昔話してくれたことあるの」


――――――


 俺は友里さんを家に連れて帰り、とりあえず居間に荷物を置いてもらった。


「二階に空き部屋があるんで、そこ片付けてきますね。友里さんは休んでてください」

「あ、そんな。泊めてもらうのですから私もお手伝いします」

 友里さんがそう言うが、

「いやちょっと見られたくないものもあるんで、それが片付いたらお願いします」

「……ええ、分かりました」



 空き部屋とは父さんの部屋で、だいたい片付いてはいるのだが……。

「父さん、何思ってこれをだったんだ?」

 それはメイド姿で長い髪の女の子のフィギュアが入ったケース。


 片付けてもよかったんだがそのままにしておいた。

 なんか悪い気がして。けど人に見せたくはねえよ。


「ごめんなさい、しばらくここにいて」

 フィギュアにそう言った後、友里さんを物置代わりになっている母さんの部屋に置いた。


 そして友里さんを呼びに行き、布団を出したりして、


「すみません、こんないい部屋をだなんて」

「いいですよ。さて、一休みしたら行きましょうか」

「はい」


 向かった先は郵便局。

 その辺りで写真を見せて聞き込みしたが不発。

 なので範囲を広げてみたが……。


「そう簡単には見つからないですね」

 友里さんが残念そうに言う。

「ええ。あ、そろそろ日も暮れますし、戻りますか」

「あ、はい。喜久子さんももう帰ってますよね」

「ええ」


――――――


「おかえりなさいだべ。それと友里さん、いらっしゃいだべさ」

 家に帰るとキクコちゃんが玄関で出迎えてくれた。

「はい、お邪魔します……あの、お二人にお話があるんですが、いいですか?」

 友里さんが軽く頭を下げた後、そんな事を言った。


 居間に行き、そこで友里さんから蘇我さんが亡くなった事を聞いた。

 キクコちゃんは大泣きして……。


「蘇我さんが言ってましたよね、食い残すなって……あれは」

 友里さんが目を潤ませて言い、


「……悔いを残すな、という事です、よね」

 俺も大泣きしてしまった。




 しばらくして、俺もキクコちゃんも落ち着いてから話を再開した。

「母を探しに来たのは、私も悔いを残さないようにと思ったのもあったんです」

「そうだったんですね。ええ、見つけてみせますよ」

 俺がそう言うと、


「あたすも悔いを残さないようにすっべ」

 キクコちゃんがそう言った。

「はい。それと喜久子さん、負けませんから」

「んだ。負けねえべさ」

 二人共笑みを浮かべているが、なんか凄い圧が感じられる? 

 てか何の話だ……って、え?


 あの、まさか二人共?


――――――


「どうなるだろね、いったい」

「あんたね、何してくれてるんだい。隼人君にはキクコちゃんでしょうが」

「いやいや、これも隼人君が決める事だよ」

「……そうかもだけどね」

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