第34話「……はあっ!?」
月曜日、朝から移動して帰ってきたらもう夕方だった。
飛行機ならもっと早いんだが、祖父ちゃん祖母ちゃんが嫌がるもんなあ。
上野駅で祖父ちゃん達と別れ、俺達は家に戻った。
「ふう、疲れた」
「隼人さん、改めてありがとございましただべ」
キクコちゃんが居住まいを正して言った。
「え、いいよそんな」
「んにゃ、言わせてくださいだべ」
「どういたしまして。それで……ほんとにギリギリまでいる?」
「いてもいいだべか?」
「うん、なんならずっといてもいいよ」
「そりゃ無理だべさ~」
キクコちゃんが笑いながら言った。
「分かってるって。じゃあ、あと十日程だけどよろしく」
「お願いしますだ」
本音出てしまったが、流された……ううう。
――――――
翌日。
「おはようございます。おかげさまで無事に……どうかしたんですか?」
出勤すると所長は無言で顔をしかめていた。
「ん、実は隼人君に担当してもらいたい依頼があるんだけど、ちょっと厄介かもしれなくてねえ」
所長がこっちを向いて言ったが、
「いや、させてください」
最近は殆どいなかったし、これからは一人でもなんだから。
「じゃあもうじき依頼人さんが来るから、覚悟してね」
所長がそういった瞬間、インターホンが鳴った。
「はい……え?」
ドアを開けると、そこにいたのは。
「あ、隼人さん。あの時はありがとうございました」
友里さんだった。
「え、えっとその、もしかして友里さんが依頼人?」
「はい、そうです」
友里さんが笑みを浮かべて答えた。
「え、なぜわざわざ東京で?」
「隼人君、まずは入ってもらってからね」
所長が俺の肩を叩いて言った。
「あ、すみません。さ、どうぞ」
友里さんにソファーに座ってもらい、お茶を出した後。
「すみません。最初は地元の探偵さんに相談したんですけど、『うちだと出張料金が高くなるから、あちらで依頼した方が少しは抑えられるかもだよ』と言われて」
「諸星の事に思い至って、うちに来てくださったんですね」
所長がそう言った。
「はい。隼人さんなら安心だと思って」
「ありがとうございます。それで依頼内容は」
俺が尋ねると、
「はい、十年前に失踪した母を探してほしくて」
「え?」
あ、そういえば友里さんと話した時、お母さんの話は出てなかったな。
「えっと、失踪の理由は? 差し支えなければ」
「はい、まず母は父が介護施設を開くことに反対したんです。それで何度も話し合ったそうですが……」
「お互い譲らずとなったとかで、怒って出て行ったと?」
「はい。時々は母方祖父母経由で私宛に手紙が来るので、生きているのは分かっていますがどこにいるか……消印が東京の郵便局なので、東京かその近辺かもと思っていますが」
「そうですか。それは少し時間がかかるかもです」
「はい、構いません」
「失礼ですが、今まで探そうとは思わなかったのですか?」
所長が尋ねる。
「……以前までは父の道を反対した事と、私を置いて出ていった事もあって恨んでました……けど、隼人さんと喜久子さんと会った後、ふと思うようになったんです」
どんな気持ちで出て行ったのだろうかとか、今どうしているのだろうか。
私の事、どう思っていたのか……となった時、母からの手紙を、それまで読みもしなかったけど捨てられずにもいた手紙を読み漁りました。
私を心配する言葉、置いていった事を謝る言葉。
節目のお祝いの言葉、祖母から聞いていたみたいで、父と同じ介護士となったのにやめろとは言わず、「大変だと思うけど、体に気をつけて」と。
読んでいくうちに、私を置いていったのはやむを得ずで、ずっと思っていてくれていると分かって……気がつくと涙が出ていました。
そして、もう一度会いたいと思うようになったんです。
友里さんはそう言って一通の封筒を取り出し、目を潤ませた。
「そうでしたか……うん、なんとか探してみます。あ、そうだ。お母さんのお名前は?」
「七海です」
え? 母さんと同じ名前?
「あ、あの、どうかしましたか?」
友里さんが不安気に言う。
「あ、いえすみません。それと写真ありますか?」
「はい、随分昔のですけど」
そう言って手提げバッグから写真を取り出した。
「へえ、友里さんはお母さん似なんですね」
そこには友里さんがもう少し歳を重ねたらって感じの女性が写っていた。
「以前まではそれ言われると腹が立ちました」
友里さんが寂しげな笑みを浮かべた。
「あ、すみません。それで手がかりは手紙と写真だけ」
住所なんて当然書いてないし、さてどうしたものか。
「その消印、上野郵便局のですね。だったらこの近くです」
「はい、調べてみたらそうでした」
所長と友里さんが言った。
……すみません、見落としてました。
「じゃあまず近辺からで。隼人君、後は頼んだよ」
「あ、はい」
「すみません。調査料金っていくらくらいですか?」
友里さんが聞いてきた。そりゃ気になるよな。
「え、そうですね……所長、このくらいですかね?」
俺は手書きで基本料金とおおよその成功報酬を書いて見せた。すると、
「こんなもんだね。けど今回も隼人君の実習をさせてもらうという名目で、無料でいいよ」
はいいい!?
「え、いいのですか?」
友里さんが目を丸くして言う。
「はい。彼はいずれこの事務所を背負って立つのですから、先行投資です」
「え。所長、それはいくらなんでも」
「こら、そのくらいのつもりでやりなさい」
所長が俺の頭を軽く小突いた。
「は、はい」
「あ、あの、ありがとうございます。正直借金してでも、と思ってたので」
友里さんがしどろもどろに言った。
「おそらくそうだろうと思ってましたよ。それと楠木さんも一緒に探すつもりで来たんだろうから、滞在費もバカにならないだろうですしね」
へ?
「はい、喜久子さんが隼人さんと一緒にだったんで、私もできれば一緒にと」
……は?
「ええ、一緒になら見つけやすいかもですね。それで滞在日数はどのくらいを見ていますか?」
「最大で今月の二十五日までです。期間限定ですが経験者の方が数名来てくれて、ちょうどそこまでの休みが取れたんです」
「そうでしたか。それと滞在場所はどちらに?」
「あ、えっと……今ってホテルや旅館はどこも高いし、ウィークリーマンションというのがあるのは知ってますが、どうもよく分からなくて……ネットカフェか激安ホテルとかに泊まろうかなと」
友里さんが何やら恐ろしい事を言った。
「……あのね、そんな事したら危ないってば」
所長が口調を崩して呆れ顔で言った。そりゃそうなるわ。
「あ、そうだ。近くにウィークリーマンションあるから、今からでも聞いてきましょうか?」
俺がそう言うと、
「いや、それよりいい所があるよ」
「え? どこですか?」
「隼人君の家だよ」
……はあっ!?
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