第32話「だんだん」

 そして金曜日。

「すみません、明日から行ってきます」

「うん、気をつけてね。あとお祖父さんお祖母さんによろしく」

「はい。では」


 隼人が出た後、事務所の電話が鳴った。

「はい、もしもし……はい、諸星は当事務所の所員ですが、え?」


――――――


 その日の晩は祖父ちゃん祖母ちゃんの家で打ち合わせついでに泊まる事になった。

 キクコちゃんも一緒に。


「てな感じでするからな」

 祖父ちゃんが大まかなことを話してくれた。

「うん。けど桐山家の人には言わなくていいの?」

 話に出てこないから聞いてみた。


「もう誰もいねえよ。いや遠縁ならいるのかもだが、そこまで行くと関係ないだろ」

「え? じゃあお墓は誰が?」

「俺ら兄弟で守ってるよ。いずれは墓じまいするかって話してたんだがな。いっそ喜久子ちゃんのお祖父さん、俺達の従兄弟に渡そうかとも思ったが」


「ごめんなさいだべ、それは無理だべさ」

 キクコちゃんがそう言って頭を下げた。

「そうだよな。外国じゃそうそう来れねえし、かと言って墓をあっちに持ってくなんてのもなあ。ごめんな」

 うん、異世界には持っていけないよ。

 もし持って行けたとしてもご先祖様達が嫌がるかもだし。

 とは言わなかった。


「んにゃ、もしご先祖様のお墓があってそれを守ってくれてる人と会えたら、お礼とお詫びしておいてくれってじっちゃからも言われてたべさ」

「詫びなんてとんでもねえよ。うちにとってもご先祖様なんだから気にしないでくださいって伝えといてな」

「はいだべ」


「祖父ちゃんや大叔父さん達が無理になったら俺が面倒見るよ。ずっとは無理でも、せめて与吾郎おじいさんの年忌で切りのいい時までは」

 うん、キクコちゃんやご家族の代わりに。


「ありがとな。だがそれは当分先だろから、ほんとにそうなった時また話し合おうな」

「うん」


「さあさ、今日は出前でなんだけど」

 祖母ちゃんが寿司桶を持ってきてくれた。

 それを食べながらいろいろ話をした。


――――――


 翌日、朝早くに家を出て電車や新幹線、特急列車等を乗り継いで半日がかりで目的地に着いた。


「うわ……」

 海と小さな山に挟まれた、愛媛県の最西端に近い所にある小さな町。

 明子ひいばあちゃん、与吾郎おじいさんの故郷。


「綺麗なとこだべさあ」

 キクコちゃんが辺りを見て言う。

「そうだね……あ、ちょっとあの写真見せて」

「んだ?」

 キクコちゃんから写真を受け取って辺りと見比べた。


「やっぱり。この写真、ここで撮ったんだ」

 建物があって港が整備されているが、山と海はそのまま。

「あ、ほんとだべさ」


「そう聞いてるぞ、ここは町の玄関口みたいなとこだからな」

 祖父ちゃんも辺りを見ながら言った。

「そうか、ここから旅立って行ったんだね。あ、そういやこの写真って誰が撮ったの?」

「俺の父ちゃんだよ」

「え、ひいじいちゃんがだったの?」


「ああ。父ちゃんは写真家になりたかったらしくてな。遠縁の写真家に教わって撮って、現像までさせてもらったって。そんで伯父さんと母ちゃんにあげたんだとさ」

 そうなんだ……俺、知らずにひいじいちゃんにも触れていたんだな。


「まあ、戦後のあれでそんな事言ってられなくなってやめたそうだが、俺らが結婚した後、趣味でまた始めたんだ」

「お義父さん、事あるごとに子供達の写真撮ってたわねえ。けどそれだけで他は口出ししないもんだから、楽と言えば楽だったわ」

「どうしてもで力になれる事なら手を貸すが、そうでなければ夫婦でなんとかせいだったからな」


 ひいじいちゃんってあれだなあ、見守る親父って感じだったのかな。


「だからって母ちゃんの介護まで自分だけでしようとすんなだったわ。結局無理が祟って母ちゃんより先に逝っちまった……」

「そうだったんだ。ひいじいちゃん、ひいばあちゃん置いていくになって辛かっただろな」

「ああそうだな……さて、そろそろ行くか」



 着いた場所は、古びた平屋で少し広い一軒家。

 家の前には花壇があるが、今は何も植えていないようだ。

「ここは父ちゃんの生家だよ。関東に行く際に売ってその後は借家になってたが、母ちゃんが亡くなった頃にはもう借り手がつかなくなってたんだ。それで俺達が買い取って共同の別荘みたいなもんにしたんだよ」


「へえ、ほんと知らない事ばかりだよ。あ、ひいばあちゃん達の家はもう無いの?」

「もう少し向こうの方だったが、今は空き地になってるよ」

「そうなんだ……」


「この家、なんか『いつでも帰っておいで』って言ってる気がするべさ」

 キクコちゃんが家を見ながら言った。


「そうか。そう言ってくれてるなら嬉しいな」

「さ、入って掃除して、ごはんにしましょ」

 祖父ちゃんと祖母ちゃんが言った。


――――――


 翌日。

 朝から小高い山の上にあるお寺に行って、その横にってか山が殆ど墓地だった。


「ほら、こっちがうちで、そっちが桐山家だよ」

 祖父ちゃんが墓を指して言ったが、

「どっちも古いね」

「そうだな。江戸時代以前から続いてるらしいが、本当かどうかもう分からんわ」


 皆で草むしりや墓を洗ったりした後、お坊さんが来た。

 一通り挨拶した後、お経をあげてもらい、


「ひいじっちゃ、やっと帰ってこれたべな」

 キクコちゃんが用意しておいた壺にお守りを入れ、それを墓の横にある納骨室みたいなとこに入れた。

 そして皆で目を閉じ、手を合わせた。


 ……もし与吾郎おじいさんが長生きして帰ってこれても。

 蘇我さんやアマさんには会えたけど、ひいばあちゃんには生きて会えなかった。

 生まれ育った家ももう無くなっている。


 どっちが良かったんだろうか。

 そう思いながら目を開けると、


「え?」


 そこには写真の通りの与吾郎おじいさんと、明子ひいばあちゃんがいた。


 そして二人は笑みを浮かべた後、


” だんだん ”


 そう言い、すっと消えた。


「喜んでたようでよかったべ」

 キクコちゃんにも見えていたようだ。

「うん……」


 そう見えるけど、だんだんってなんだ?

 冗談で撃つ真似でもしたの?


「本日はお疲れ様でした。きっとひいおじい様もだんだんと言われているでしょうね」

 お坊さんがキクコちゃんにそう言った。

「え、あの、だんだんって」

 まさか見えてた? お坊さんだし。

「ああ、こちらの方言でありがとうという意味ですよ。テレビでもやっていましたから知っている人も多いかと」


 え?


 ……あの、分かるように言ってください。

 けど感謝してくれてたんですね。最初から。


「ねえ、喜久子ちゃんはいつ国に帰るの?」

 祖母ちゃんがそんなことを聞いた。

「もし見つからなくても二十五日には帰る予定だったけんど、どうすっかまだ決めてねえだ」

「そう、もしよければ目一杯いてほしいけどねえ」

「隼人さんさえよければ、そこまでお世話になりたいべ」


「え? あ、ああ。俺はいいけど」


「隼人、手ぇ出したら与吾郎伯父さんに祟られっぞ」

「しないって」

 一回夢でやられたし。


「さて、私達は別荘に戻るけど隼人と喜久子ちゃんはどうする?」

 祖母ちゃんが聞いてきた。


「ん? そうだなあ、せっかくだから辺り散歩してくるよ」

「あたすも一緒に行くだ」

「じゃあ行こうか」

「んだ」


 俺達はお寺を出て、町へ降りていった。

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