第31話「……このやり取りも」
その後で風呂に入り、水被って頭を冷やした。
ふう……ああ、どうしよ。
生まれてこのかた彼女なんていないってか、女の子を好きになるって事自体なかったし。
そりゃ普段は茶化して言うし所長はいいなあって思うけど、いざそうなると……。
……キクコちゃんは俺に好意を持ってくれてるよな、けどそれ恋愛感情なのかな?
たんに勇者という「アイドル」に憧れてる子って感じかもだし。
ああ、どうしよ。
「隼人さん、今日こそ背中流すべさ」
キクコちゃんの声がした……え?
「こら、入ってくるなって、あれ?」
見るとキクコちゃんはすっぽんぽんじゃなかったが。
「これならええだべ?」
「いいというか、なにその恰好?」
身に纏っているのは昔のスクール水着だった。
「こっちじゃこれ着て背中流すんだって伊代さんが言ってたべさ。そんでこれ着せてくれたけんど、なんか鼻息荒かったべなあ?」
副所長、あんたいったい何を吹き込んでるんですか!?
てかあんたは女の子もありなんか!?
「ささ、遠慮せずだべ」
キクコちゃんがずいっと近づいて来た。
「え、いやその」
「させてくれだべさ」
目を潤ませて更に近づいてくる。
「う、う……うん、お願いします」
ここまでしてくれちゃ断れない。
後で撃たないでくださいね、与吾郎おじいさん。
「どうだべさ?」
「あ、うん。いいよ、ありがと」
ああ、誰かに背中流してもらうなんて無かったもんなあ。
「こうして見るとやっぱ大きい背中だべさ。ひいじっちゃは隼人さんくらい背が高かったけんど、じっちゃやおっとうは今のあたすと同じくらいなんだべ」
キクコちゃんがそう言った。
彼女は見た感じ、160cmあるかないかってとこ。
俺からすれば小柄に見えるが女性としては平均かな。
男性だと平均より小さい方か、向こうの平均知らないが。
「って、じゃあお二人はひいおばあさんに似たの?」
「いんや、ひいばっちゃもひいじっちゃと同じくらい高かったらしくて、なんで自分は両親と同じくらいにならなかったんだってじっちゃがぼやいてたべさ」
「ああ、少し分かる気がするよ。俺もとうとう父さんの身長追い越せなかったから」
父さんは174㎝で、俺よりほんの少し高かった。
「そうだったべか。あたす、隼人さんのおっとうにも会ってみたかったべ」
「ん……」
もし父さんが今も生きてたら、キクコちゃんをどう思っただろな。
家にいてもいいなんて言ったかな?
「あ、次は前もあら」
「ううん、背中だけでありがとうだよ。というか断固阻止させてもらう」
俺が少し睨みながら言うと、
「むう~。んじゃ、出るべさ」
キクコちゃんは不満気だがおとなしく出て行った。
「ふう、そっちまでされたら暴発するよ」
それともされたかった?
……って何最低な事考えてんだ、俺は!
俺は冷水シャワー被って念仏を唱え、風呂から出た。
――――――
翌朝。
今回は裸見てないからか出てこなかったな。
いや妹のひ孫だって分かったから?
「今日は家の掃除と洗濯した後、伊代さんと出かけてくるだ」
朝食後にキクコちゃんが言った。
「うん。あ、なんかあったら電話してね。かけ方分かるよね」
「分かるだ。じゃあいってらっしゃいだべ」
「うん、行ってきます」
「隼人君、すまないけど今日は最悪徹夜になりそうだよ」
出勤するなり所長が申し訳なさそうに言った。
「もしかして例の件ですか?」
「うん、尾行して証拠写真を撮るから」
「分かりました。あ、家に電話してきます」
「という訳で、今日は遅くなるから晩御飯はいらないよ。あと先に寝ててね」
キクコちゃんに電話した後、
「すみません……って何か?」
なぜか所長がニヤけ顔になっていた。
「いや、普通に夫婦の会話に見えたんでね」
「……!」
「ははは。冗談は置いといて、ほんといい顔になってきたよ」
「え?」
「隼人君は最初の頃より笑ってくれるようになってたけど、本当の笑顔があまり見られなかった。でも最近はそれがよく見られるようになったよ」
そうだったのか。自分では分からなかった……。
「キクコちゃんのおかげだね。本当に良かった」
「……ええ」
そうだよな、本当に……だからかな。
「さてと、開始は夕方からだからそれまで交代で仮眠しようか」
「はい!」
夕方になり、所長の車で目的地へと向かった。
不倫調査で、ターゲットは依頼人の夫。
目的地はラブホテル。
調査の結果夫はここを何度も使用していた。
待つこと二時間。
交代で車の中にいるとはいえやっぱ寒いわと思っていたら、夫が不倫相手とやってきた。
すかさず物陰に隠れ、ホテルに入っていく瞬間までを写真に収めた。
「これで証拠になりますよね」
「うん、メールなどの記録も依頼人さんが保管してあるから、もう終わりだね」
「ですね……しかしなんで不倫なんかするんでしょうね」
「結婚したら合わない事に気づいたってのはあるけどさ、それなら離婚してからにしなだよ、自分勝手としか言えないね。僕はそんな気まったく起こらないし」
「そりゃあれだけ仲良ければですよ」
「隼人君もキクコちゃんとなら、絶対無いよね」
……いや、それ以前に俺達は。
その後、事務所に戻って書類作成などをしていたら深夜になった。
「ふう、今日はこのくらいにしておこう。あ、明日は昼からでいいからね」
「分かりました。じゃあ」
帰ろうと思った時、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「あれ、誰だろ?」
「キクコちゃんだったりしてね」
「そんなバカな……って」
ドアを開けるとそこにいたのは、所長が言ったとおりだった。
「お疲れ様だべさ。事務所に帰ってたのが分かったんで、お夜食持ってきたべさ」
そう言って手提げ袋を見せてくれたが……。
「いや、先に寝ててって言ったのに。それに夜道は……危なくないか。けど魔法がバレたらやばいだろ」
「やっぱ余計な事だったべか」
キクコちゃんがしょんぼりしていると、
「それ、僕の分もあるの?」
所長が割って入ってきた。
「え、当然だべさ」
「ありがとうね。それじゃあいただいてから帰ろうか。隼人君もいいよね?」
「え、ええ」
持ってきてくれたのは少し大きめのおにぎりが二つと水筒、なぜかスチロールのお椀と割り箸。
「おにぎりをお椀に入れて、お出汁入れて、ほぐして……はいどうぞだべ」
出してくれたのは、湯気が立ってて暖かそうなだし茶漬け。
「お、それもしかして伊代に習ったの?」
所長がそれを見て言うと、
「そうだべ。これならすぐあったかいもの食べられるし、お腹にもたれないから夜食にぴったりだって」
「うん。こういう冷える日に夜遅く帰ったら作ってくれるんだ」
「そうだったんですね……ありがと、キクコちゃん」
「んだ」
キクコちゃんは照れくさそうにしていた。
食べ終わって家に帰る途中で。
「キクコちゃん、遅くまで待っててくれてありがと」
「いいんだべ。あたすだけ先に寝るのがちょっとだったべさ」
「初日は遅くまで寝てたじゃん」
「ぐぬぬ、だからだべさ」
「はは。さて、明日は昼からだから、キクコちゃんもゆっくり寝ててね」
「そうさせてもらうだ……ふああ」
眠そうにしているキクコちゃんも可愛いな。
……このやり取りも、あと十数日程なんだな。
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