第29話「どっかで分かってたからかもだべ」
俺も薄々そうかもと思ってたが、やはりそうだったのか。
明子さんは、俺のひいばあちゃんだったんだ……。
「そうだったべか」
キクコちゃんも薄々思っていたのだろう、あまり驚いてなかった。
「って、たしかひいばあちゃんは俺が生まれる前に亡くなったんだよね」
「そうだよ。隼人が生まれる二年前だったな」
「それより、この人がお義母さんのお兄さんって事は、喜久子ちゃんは親戚よね」
祖母ちゃんが与吾郎さんを指して言った。
「うん、そうなるよ」
「そうだな。母ちゃんが生きてたら、さぞ喜んだだろな」
祖父ちゃんが目を押さえて言った。
「……けんど、やっぱショックだべ」
キクコちゃんは残念そうに項垂れていた。
「病気一つせず元気だったんだがなあ。もう三十年程前だったな、脳溢血で倒れてそこから五年程闘病生活してたんだが……
七海とは母さんの名前。
「そうだったんだね。俺、全然知らなかったよ」
「俺もそこまで言わんかったしな。
聞いてなかった。今思えば父さんは母さんに関する話はあまりしてない。
きっと辛くて言えなかったのかもな。
「あんの、ここに来る前に明子ばっちゃの友達にも会ったんだけんど、ずっと音信不通で何も知らないって言ってたべさ」
キクコちゃんは先にそれを言おうと思ったようだ。
「あ、そうだった。ねえ、ひいばあちゃんの友達になんで連絡しなかったの?」
「ん? したはずだが……いや、母ちゃんが亡くなった時は近場にいてすぐに思い浮かぶ人にしか連絡してなかったな。喪中はがきは落ち着いてから出したはずだが、漏れがあったって事か」
「お義母さんが倒れる前から道路拡張で立退きを言われてたからね、お義父さんが亡くなった後で家での介護も考えてここに引っ越したから、その人の年賀状とかがどこかに紛れたのかも」
「ああ。その人に申し訳ない事しちまったな」
祖父ちゃんと祖母ちゃんが項垂れて言った。
「俺、後で連絡しておくよ。連絡先聞いてるから」
「いや、俺が話す。孫にじじいの尻ぬぐいはさせねえぞ」
こういう所が祖父ちゃんの良いところだ。
「あ、あんの、これにひいじっちゃの骨入れてあるんで、桐山家のお墓があったら入れてえんだけんど、どこにあるべか?」
キクコちゃんがお守りを見せて言った。
「ん? 今すぐは行けねえとこだよ。えっと日本の地名分かるのかな?」
祖父ちゃんがどう言おうかって顔して首を傾げた。
「……まさか、軍神宿があるあの町にあるの?」
俺がそう言うと、
「ああそうだよって、それは知ってたのか?」
「うん、ひいばあちゃんの友達に聞いたんだ」
「そうか。あそこは母ちゃんや伯父さんの生まれ故郷。父ちゃんもあそこの生まれで、うちの墓もそこにあって、その隣に桐山家の墓があるんだ」
「それも知らなかったよ」
いや、ひいじいちゃんが同じ所にいたのは夢で見てたけど。
「そうだなあ。お前が母ちゃんの法事に来てた時はまだちっこい頃だったから、聞いてたとしても覚えてないわな」
「そうだよね、父さんは覚えてる限り、こっちの法事には出てなかった。俺は伯父さん達に連れてきてもらってたけどさ」
「合わせる顔がないとか言って、なかなかうちに来てくれなかったよ」
「あの子が行方不明になったのは、次郎さんのせいじゃないのに」
そうだよな。けど父さんはずっと自分を責めてたみたいだ……。
「……次郎さんになんとかしてくれねえかって祈る時もあるが、向こうで会えてたらいいのにって思う時もあるよ」
向こうでってのも分かるけど、できるなら会いたいだろな。
「さて、納骨するなら坊さんにお経あげてもらわにゃあならんから、いつ出来るか聞いてみるよ」
祖父ちゃんがそう言って胸ポケットからスマホを取り出して、電話を始めた。
「って祖父ちゃん、いつスマホ買ったの?」
「あ? ずっと前から持ってたぞ。俺だってこのくらい使えるわ」
「ああ、そうだった。祖父ちゃんは機械強かったんだった」
その後、来週の日曜日ならとなった。
「俺達はいいが、隼人は仕事大丈夫なのか?」
「いいよ。そこまでが仕事だから」
「そうか。ほんといい所に拾ってもらえたなあ」
「うん」
「隼人、喜久子ちゃんもよければ晩御飯食べてかない?」
祖母ちゃんがそう言ってくれたので、そうすることにした。
「これ美味えべさあ、久しぶりに食べたべさ」
「え? あ、そうか。ひいおじいさんがか」
俺達が食べているのはさつま汁といって、白身の焼き魚と味噌をすり合わせ、だし汁でのばしたものをごはんにかけて食べるもの。
祖母ちゃんがよく作ってくれるんだけど、
「もしかしてこれ、ひいばあちゃんが?」
「そうよ。お義母さんに教わってねえ、皆好きだったからね」
祖母ちゃんが笑みを浮かべて言った。
「うちも皆大好きだべさ。それとひいじっちゃが故郷の料理だって言ってたべ」
「ええ。愛媛の郷土料理よ」
「そうだったんだって、ちょっと調べたら分かるよな……まだまだだよ、俺」
「まだこれからだろが、お前は。っとそれより喜久子ちゃん、与吾郎伯父さんの事、もう少し聞かせてくんねえか?」
祖父ちゃんがそう言ってキクコちゃんの方を向いた。
「んだ。ひいじっちゃは……」
その後キクコちゃんは当然ぼやかしてはいるが、与吾郎おじいさんの事をいろいろ話し、明子ひいばあちゃんの事も聞いた。
今までひいばあちゃんの話なんて聞いた事なかった(あっても覚えてない)ので、ほんとなんというかだった。
食べ終わって一通り話した後だった。
「隼人、ちょうどいい機会かもだからこれを渡しとくわ」
祖父ちゃんが傍に置いてあった、少し分厚い本を見せた。
「それ何?」
「七海の、お前の母さんの日記だよ」
「え……? そ、そんなのあったの?」
「ああ。次郎さんが七海が写っているアルバムと一緒にうちに預けてったんだ。『いつか踏ん切りがついたら取りに来ます』って言ってな……とうとう来やしなかった」
「そうなんだ……うん、分かった」
俺はその日記帳を受け取った。
「まあ、後でゆっくり読んでくれ。ちなみに俺達は読んでねえ」
「いつか隼人が読んだあとにって思ってたの。だから後で教えてね」
祖父ちゃん祖母ちゃんがそう言った。
「うん、分かったよ」
そして、家に帰る道中で。
「隼人さんとあたすって、ほんとに親戚だったんだべなあ」
「そうだね。あ、最初に所長に言った祖父ちゃん達が従兄弟同士っての、噓から出た実になったね」
「んだ。もしかすっと、どっかで分かってたからかもだべ」
かもしれないし、もしかするとあの声の人がだったりしてな。
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