第28話「やはり、そうだった」
ん……?
目を開けるとそこは、またあの海辺だった。
「兄さん……」
え?
声がした方を見ると、悲しげに海を見つめている七十代くらいかなって女性がいた。
あ、もしかしてあの人、明子さんか?
「あれからもうどのくらい経ったかしらねえ。兄さん、どこにいるの?」
おそらく明子さんが海に向かって言った。
異世界にいますよ、なんて言ったって信じられないだろうなあ。
いや与吾郎さんはすぐ理解できたそうだから、明子さんももしかするとだが。
「私ね、広島のおばさんの所にいたあの日、体調が悪くて寝込んでてね。そこであれが落ちてきたせいで家が崩れて怪我しちゃったの。けど運が良かったのかそれで助かったわ。だってもし普通に建物疎開に行っていたら……」
ほんと不幸中の幸いと言えばいいのかですよ。
「その後はおじさんおばさんと故郷に帰ったわ。広島じゃもう無理だっておじさんが言うから……今はそんな事ないんだけどね」
うん、そうだよな。
あとおじさんかおばさんが元は明子さんと同じ所にだったのかな。
「ねえ、私は結局あいつと結婚しちゃったわよ。向こうは名家だし『何があっても俺がお前を守るから』って必死に言われたんで断れなかったわよ」
あ、前に言ってた人か。
というか明子さん、そんな言い草だけど好きだったんでしょ。
「けど戦後の農地改革で落ちぶれてねえ。それもあって遠縁を頼って夫婦で関東へ行って、そこで一生懸命働いて子育てして、やっと落ち着いたわ」
え、そうだったんだ……。
農地改革ってよかったのかもだが、そうでない人だっていたんだよな。
「子供達はともかく孫達も大きくなってねえ。そうそう、今度長男の娘が結婚するの。会いに来てくれたけどいい青年だったわ」
へえ、よかったですね。
「……けど私、ひ孫の顔は見れなかったわ」
え?
「旦那は先に行っちゃったけど、兄さんは絶対生きているわよね。だからあっちで旦那やお父さんお母さんと一緒に待ってるからね。でもすぐ来ないでね」
あ……そ、そうか。
明子さんは、もう……。
そう思った時、明子さんがこっちを見た。
「……できれば生きて会いたかったわ。隼人、家で待ってるからね」
そう言って笑みを浮かべた。
――――――
「はっ?」
起き上がって窓の外を見ると、もう日が昇っていた。
「待ってるって? ……もし夢のとおりだとしたら、やっぱりそうなのか?」
台所に行くと、キクコちゃんがもう起きていて朝ごはんを作ってくれていた。
「おはようございますだべ。もう食べるだが?」
「あ、うん。いただきます」
今日のメニューはごはんと味噌汁に、茄子とみょうがの和え物ときんぴらごぼう。
ってあれ、きんぴらごぼうはともかく和え物なんて買ってなかったが?
「昨夜のうちに作っておいただ、あと常備菜は前に作っておいて、冷蔵庫に入れてあるべさ」
いつの間に……いや、ほんとありがたいわ。
俺だと出来合いですますよ、それ。
食べ終わって、
「いやほんと美味しかったよ。ってそろそろ行かないと」
「んだ。じゃあすぐ着替えて支度するべ」
「おはよう。報告のメールは見てるけど、実際どうだった?」
事務所に入るなり所長が聞いてきた。
「あ、はい」
俺は報告書を元にここまでを話した。
「なるほど。隼人君の母方の誰かかもなんだね」
「はい。なので午後から祖父母に会って聞いてきます」
「うん。そこがゴールだったらいいね」
「ええ」
「所長さん、ありがとございますだべ」
キクコちゃんが頭を下げて言うと、
「まだ早いよ、終わってからね」
所長が笑みを浮かべて言った。
午後になり、事務所を出て最寄り駅へ。
そこから電車一本で三十分程、降りた駅からバスで十分程で祖父ちゃんと祖母ちゃんの家に着いた。
うちより広くて庭もある家。
表札には当然「風森」とある。
母さんはここじゃなくて前に住んでいた家で生まれ育ったって聞いてるが、どこだったか……。
もしかすると、だな。
インターホンを押すと、出て来てくれたのは祖母ちゃんだった。
「よく来たね。ああ、その子が話してた依頼人さん?」
「諸星喜久子だべ、こんにちは」
キクコちゃんが挨拶すると、
「あらら、苗字が同じなのね」
「そうだよ。これも何かの縁だってなって俺が担当してるんだ」
「そうなのね。しかし外国の子なのに日本語上手ねえ」
「あたすんとこは日本語喋れる人だらけだべ」
「そんな所もあるのねえ。あ、ごめんなさいね、どうぞどうぞ」
祖母ちゃんに促されて家に入った。
居間に着くと祖父ちゃんが待っていた。
家の外見は新しいが、畳敷きでここだけはなんというか昭和のままだ。
仏壇もあるので手を合わせ、そしてちゃぶ台の前に座った。
すると祖父ちゃんがいきなりこう言った。
「隼人、元気そうだな。しかし探偵だなんて行く先々で死人に会う職業に付きやがって、お前がその死人になったらどうすんだ。いや変な注射打たれて子供に戻ったらどうすんだよ」
「アニメと現実をごちゃ混ぜにすんな!」
たまにボケた事も言いやがるんだよな、この祖父は。
「や、やっぱりそうなんだべか……あわわ」
キクコちゃんが震え出したが、違うから。
「隼人、危険な事は無いのよね?」
祖母ちゃんも心配そうに聞いてきた。
「うん。てかそんな依頼は来ないよ」
「そう、よかったわ。もしあんたまでってなったらと思うと……」
祖母ちゃんが少し悲しげに言った。
そうだよな、祖父ちゃん祖母ちゃんからすれば、娘がだし。
「大丈夫だって。それより早速聞きたいんだけど、キクコちゃん」
「はいだべ」
キクコちゃんは胸ポケットから写真を取り出し、ちゃぶ台の上に置いた。
「この男性知らない? 桐山与吾郎さんって人で、女の子は明子さんなんだけど」
俺が与吾郎さんと明子さんを指して聞くと、
「……なんでこの子がこれ持ってんだ?」
祖父ちゃんはジッと写真を見た後、逆に問い返してきた。
「いや、彼女はこの男性のひ孫さんでその妹さんを探してるんだけど……あ、誰か知ってるの?」
俺がそう言うと、
「知ってるというかこれは俺の母ちゃんだぞ」
祖父ちゃんが明子さんを指し、顔をしかめて言った。
……ああ、やはりそうだったんだ。
明子さんは、俺の曾祖母だったんだ。
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