第27話「もしそうだったら」
「あ、すみません。そろそろ」
お暇しようかと思った時だった。
「隼人さん、もう一つ言わねえとだべ」
キクコちゃんが俺の手を引いて言った。
「あ、そうだった。あの」
俺はわんどりーむさんの奥さんのお祖父さんの事を話した。
「あら、また懐かしい名前が出てきたわね。元気にしてるの、あの子?」
アマさんが笑みを浮かべて言った。
「お孫さんの旦那さんが言うにはお元気だそうです。ただちょっとボケてるとも」
「そうなのね。ふふ、あの子はよくうちに来てたわ」
「そういや来てたな、弟とは同級生でもあって仲良くしてたなあ」
お爺さんが顎に手をやって言う。
「ええ。あんたが出てった後も、就職して鹿児島へ行くまでは来てたわ」
アマさんがそう言うとお爺さんは無言で胸を押さえた。
ああ、結構気にしてるんだな。
「っと、その後も時々近所の子供達を招いたりしてたんだよなあ」
「ええ。せっかく平和になったのに寂しい思いしてる子がいるなんてって思ったからねえ」
二人がそんな事を言ったが、
「あの、どういう事ですか?」
俺が思わず聞くと、
「いやな、両親揃って忙しい家がいつの時代にもあるんだよ。それでうちの母はその子達の面倒見てたりしてたんだ」
「お祖父さんお祖母さんがいる家はいいんだけど、いない家も結構あったからねえ。家に帰っても誰もいないのはと思ったのよ」
二人が続けて言った。
「そんな事をされていたのですか」
「ああ。だからあいつは、弟はずっと独身だった。自分が結婚したら子供達が来れないし、かと言って家を出たら母さんが一人になってしまうって言ってな……俺がここにずっといたらとも思ったよ」
お爺さんが少し悲しげに言った。
「そうね、申し訳なく思ってるわ。あたしの我儘のせいで……」
「いや自分も慕われてるように感じられたし、悪くなかったってあいつが言ってたぞ。葬式の時はあっちこっちから世話になったって、たくさんの人が集まってたから……報われていたんだろな」
そう言って二人は目を閉じた。
「……あんの、ここって仏壇ねえべか?」
キクコちゃんがそんな事を尋ねた。
「え? ああ、うちは無いんだが位牌ならそこに置いてあるよ」
お爺さんが低い箪笥の上を指して言った。
そこには二つの位牌が置かれていた。
もう一つはアマさんの旦那さんなんだろな。
「んじゃ……お疲れ様でしたべさ」
キクコちゃんはその前に座って手を合わせた。
俺も遅れてさせてもらった。
「ありがとね。二人共こんな可愛らしい子に手を合わせてもらって、きっと喜んでいるわ」
アマさんが笑みを浮かべて言ってくれた。
――――――
そろそろ遅くなりそうだったのでお暇することにした。
「あの、いろいろありがとうございました」
「いやこちらこそ。キリさんの消息が分かるかもなんだから」
見送りに出てくれたお爺さんが言う。
「はい、けど……」
「母は覚悟しているよ。だがもしそうだったとしてもな、その後どうしていたかだけでも知りたいはずだよ」
「分かりました。それでは失礼します」
俺達は家を後にして、今日の宿泊先へ向かった。
「あたすも覚悟しておくべさ。けんどせめてこれをお墓に入れさせてくれたら」
キクコちゃんがお守りを手にして言う。
……大丈夫だと思うよ。もしそうだったらね。
「しかしアマさん、子供達を放っておけなかったんだろけどなあ」
「天橋立ん時も言ったけんど、こっちは村全体ってねえんだべな」
キクコちゃんが寂しげに言った。
「うん。昔は地域でってのもあったそうだけど」
今だと通報されたりするだろし、押し付ける奴もいるからな。
それを世話した人達に注意されたって言ってたな。
「そうだべか……ん、それはそうと、今度はどこ行くべさ?」
「うん。一旦東京に帰って所長に途中経過報告して、その後で祖父ちゃんと祖母ちゃんの家に行くよ」
「分かっただ。あ、明日はこの辺り見て回るんだべな」
「うん。せっかく来たんだしね」
次の日、俺達は辺りを観光した。
天草四郎ミュージアムにも行った。
「こげな人がいただべか」
キクコちゃんが像を見ながら言う。
「うん。起こした奇跡が本当か分からないけど、たくさんの人に慕われていたみたいだよ」
俺も像を見ながら話すと、
「ほんとに奇跡起こせるなら一揆起こす必要ねえべさ。その力で領主やっつけちゃえばええだけだべ」
キクコちゃんが像を少し睨みながら言った。
「……たしかにね。だからこの人、慕われてたから総大将に担ぎ上げられたって感じなんだよな」
「そうだべか。しかす国民が苦しんでるのにどうにかしないってなんだべ、あたすんとこだとそんな領主がいたら陛下自らが成敗しに行くべさ」
自分でって、ああ魔法使いでもあるそうだし、強いんだろな。
こっちもそうだったら……ってそんな事させないようにだよな。
「そんで思い出したけんど、なんか上皇様が町のご隠居の格好してあっちこっちで悪代官成敗してるとかいう噂があったべさ。そんで本当なのか聞いたら笑ってはぐらかされただ」
それどこの黄門様?
「って、そろそろ時間だし、行こうか」
「んだ」
バスと電車を乗り継ぐ事三時間程で福岡空港に着いた。
熊本空港からは時期的だろうか予約いっぱいで取れなかった。
ただ比較的安いのが二席あったのがラッキーか。
俺は飛行機なんて殆ど乗らないから知らなかったが、かなり前から予約しておかないと高いんだな、下手したら新幹線の倍以上って……今後もし使う事あったら前もってにしよう。
搭乗手続きをして、時間が来てロビーに。
「なんだべあれ?」
キクコちゃんが金属探知機を指して聞いてきた。
「えっとね、あれは機内に金属など持ち込めないものを検知するものだよ」
「そっだらもんもあるべか。けどなしてそげな事するべ?」
「そりゃ空の上で凶器なんか使われたらだし」
言っててなんだが、これであってるのか?
離陸後。
「ひゃあ……空からだとこんなふうなんだべな」
キクコちゃんが窓からの景色を見て言うが、夕暮れ時だからまた違うだろな。
「あたすんとこでもこういうの、あったらええんだけんどなあ」
遠い未来ではできるかもだよ。
そして羽田空港に着き、電車を乗り継ぎ最寄りの上野駅。
暗くなった道を歩き、家に着いた。
「ふう、ただいま」
誰もいないと分かっていても、つい言ってしまう。
「ただいまだべさ」
キクコちゃんも同じように言った。
「さてと、晩御飯も買って来たし、食べてから風呂入って寝ようか」
「じゃあ、お風呂沸かしておくべさ」
「うん、お願いします」
……あと十数日か、こんなやり取りできるのも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます