第26話「だとしたら?」

 俺達は居間に通された。 

 戦前からある古い家だそうで、土壁に木の柱に畳敷きと雰囲気が昭和の家って感じ。

 そこで待っていたら小柄で優し気なお婆さんがお爺さんと入ってきた。

 そして挨拶して事情を話した後、写真を見せたら……。


「ああ、たしかにキリちゃんだわ。それに与吾郎お兄さんも。懐かしいわねえ」

 お婆さんが笑みを浮かべて言った。

 当たってたようだ。


「あの、お二人の苗字は桐山さんで間違いないですか?」

「ええ。お兄さんは兵隊さんになって、そのまま帰って来なかった……けど外国で生きていたのね」

 お婆さんはキクコちゃんを見つめて言った。


「ひいじっちゃは去年亡くなっただ。そんで妹さに形見渡そうと思って来ただ」

「そうなの。去年だと兵隊さんに行ったのは終戦二年前で、たしか十九歳だったから……百歳、長生きしてたのね」

「んだ。足腰は弱ってたけんどずっと元気だったべさ」

「そう、お兄さんもキリちゃんに会いたかったでしょうね」

 本当にそうだよな、っと。


「あの、桐山明子さんが今どこにいるか、ご存知ですか?」

 なんかしばらく会ってないっぽいようだが。


「……ごめんなさいね、知らないのよ」

 お婆さんが目を閉じて頭を振る。

 やはりそうか。

「そうですか。けどお付き合いはあったのですよね?」

「ええ。終戦から数年後、キリちゃんが結婚して関東に行ってからは手紙のやり取りや電話での付き合いだったの。けどもう三十年以上前にね、手紙も宛先不明で戻ってきて、電話も繋がらなくなったのよ」


「え? それってもしかしたら」

「そうだったとしても喪中はがきくらい来ると思うんだけどねえ。本当にどうしちゃったのか」

「俺も一度手紙の住所を頼りに訪ねてみたんだが、道路拡張でその辺りの人は立ち退いたらしくて、どこに行ったかまではな」

 お爺さんが続けて言ってくれた。


「そうですか……あの、もしよろしければ桐山さんの最後の住所、教えてもらえませんか?」

 そこでもう少し調べたら何か手がかりがあるかもだし。

「ああ。ちょっと待っててな、年賀状取ってくるよ」

 お爺さんはそう言って居間から出て行った。



「そうだ。あの、与吾郎さんと明子さんはここの生まれなんですか?」

 俺はお婆さんに尋ねた。

 たぶん親戚も知り合いもいないのだろうけど、もしかするとご先祖様のお墓がとか。

「ううん、愛媛の軍神宿がある町よ」

「え?」

 まさかここでその町の事を聞くなんて……。

 てかあそこだったのか、あの景色は。


「母の実家があそこにあってね、あたしも一時はそこに住んでいて、キリちゃんとは学校で友達になったの。それとあたし達は同じ名前だから、苗字を縮めて呼び合ってたのよね」

「桐島だからキリちゃん、ですね」

「そうよ。そしてあたしは旧姓が天城あまぎなんで、『アマちゃん』と呼ばれてたのよ」


 ほんとキリちゃんといた時は楽しかったわ。

 一緒に遊んだり勉強したり、いろんな事話したり。


 それとね、キリちゃんがよく笑いながら言ってたわ。

 こんな時代だけど、暗くならないようにしようって。


 お父さんは早くに亡くなって、お母さんも戦争が始まる前に病気で、その後はお兄さんも帰って来なくてだったのに……ほんと強かったわ。


 そんなキリちゃんを見てるとね、あたしも他の友達も皆、何があっても頑張ろうって思えた。

 そのおかげでその後も生きてこれたわ。




 お婆さん、アマさんがそう話した。


 明子さんだってほんとは辛くて泣きたい時もあっただろうに、強い人だな。

 与吾郎さんが向こう行った後、どんな人生歩んでたんだろな……。


「隼人さん、どしたべさ?」

「え? あ」

 いつの間にか目が潤んでた。

 なんだろ、なんか胸が……。


「そうそう、ご存知かもしれないけど、あそこは真珠湾攻撃の秘密訓練地だったのよ」

 アマさんが気を使ってくれたのか、また話し出した。


「あ、はい。それ曾祖母から聞いたことあります。あ、もしかして出身地を誰にも言わなかったのは?」

「そうかもね。訓練地だという事だけ黙っていればいいのに、お兄さんもキリちゃんも真面目というか、たまに融通が利かない事があったわねえ」


 あの夢の通りならそうでもなさそうだけど、それはそれなのかな。


「それは戦後四十年以上経った、最後に会った時も変わってなかったわね」

 アマさんがそう言……え?

「あ、あの、その後もお会いしてたんですか?」

「ええ。皆で同窓会しようとなってあの軍神宿に集まった時にね。直に会うのはもうどのくらいぶりだとかと話したり、あの頃の事を話したりして、年甲斐もなくはしゃいだわ」

 アマさんが懐かしそうに言う。

「その数年後だったわ、年賀状が戻ってきたのは」

「そうだったんですね……あの、もし会えたら聞いておきます」

 ご本人がもし……だったとしても、ご家族に。

「ありがとうね」



「お待たせ。あったぞ」

 お爺さんが居間に入ってきて、俺に古くなった年賀状を差し出した。

 俺はそれを受け取り、宛名を見たら……え?


「あら、どうかしたの?」

 アマさんが首を傾げて聞いてきた。

「あ、いえ。この苗字、母の実家と同じなんです」

 そこには「風森かざもり明子様」と書かれていた。

 それと住所は違うが、住んでる県が同じ。


「え、そうなんだべか? じゃあもしかすっと?」

 キクコちゃんが身を乗り出して言うが、

「そうかどうかは分からないよ。そうそう聞く苗字じゃないけど、母方以外いない訳じゃないし」


「隼人さんの母方はご健在なのだろ? 今どこに住んでいるんだ?」

 お爺さんも気になったのか聞いてきた。

「はい。祖父母は埼玉県の大宮にいますが、ずっと住んでいた訳じゃないって聞いてますし、その前がどこだったかは」

 そういえば聞いた気もするが思い出せない……くっそ。

 

「そうか。いやもしキリさんの身内だったらと思ったが」

「喜久子ちゃんはキリちゃんにも似てるけど、隼人さんは似てないわよ」

「いや、父親似で母親には全然似てない人もいるだろ」

「それもそうだけどねえ」

 お爺さんとアマさんがそう話していた。


 しかしもし……だとしたら?

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