第21話「上手ぐいっでよかったべさ」

 キクちゃんを追って着いた場所は、住宅地の中にある児童公園だった。


「ここにわたしのお家あったけど、無くなっちゃってる」

 公園を眺めて寂しげに言うキクちゃん。

 もう八十年近くだし、それにあの時に吹き飛んだのかもしれない。

 この辺の家はどれも最近のっぽいから戦前から住んでいる人がいるかどうかだが、やるだけやってみるかと思った時だった。


「あ、お母さんだ」

「え?」

 キクちゃんが差した方を見ると、ベンチに座って子供達を見ている、コートを羽織ったお婆さんがいた。


「お母さん、もうすっかりおばあちゃんだね。けど元気そう」

「え? ……キクちゃん、もしかして?」

「うん、分かってるよ。わたしはもう死んじゃってるんだよね」

 そうか、あいつがいなくなったからなのかな。


「そうだよ。それでどうする?」

「見えないかもだけど、傍に行きたい」

「……うん、じゃあ」

 俺達はキクちゃんのお母さんの傍に歩いて行った。




「あの、少しいいですか?」

「はい?」

 お母さんがこっちを向いて返事をしてくれた。

「変な事聞きますけど、ここに誰かがいるの、分かりますか?」

 もしかするとって思いながらキクちゃんを指して聞いたが、

「私も目は悪いけどねえ、誰もいないってくらいは分かるわよ」

 お母さんはそう言って笑みを浮かべた。

「……そうですか。すみません」

 キクちゃんも覚悟していたとはいえ、悲しそうにしていた。


「いいえ。ところでなんでそんな事を?」

「あんの、ばっちゃの名前は古橋サヨさんだべか?」

 キクコちゃんが聞いた。

 人違いって事はないと思うが……。

「そうだけど、もしかしてお知り合いだった? ごめんねボケちゃってて」

 お母さんが申し訳なさそうに言う。

「んにゃ、今日初めて会うべさ。あんの、ばっちゃの娘さんにキクさんていねえだべか?」

「……え、なぜ娘の事を知ってるの?」

 キクちゃんの名前を出すとお母さんが驚きの表情になった。

「あの、もしかするとご不快な思いをさせてしまうかもですが、僕達の話を聞いてもらえますか?」

 お母さんが頷いたので、俺はここまでの事を話した。




「キクがそこにいるって?」

 お母さんは顔をしかめてキクちゃんがいる辺りを見て言う。

「はい。すみません、信じられないかと思いますが」

「ううん。あんた達が嘘言ってないってくらいは分かるわよ」

 頭を振って言ってくれた。


「そんで、ばっちゃに会えば成仏できるがもって思っただ」

 キクコちゃんが続けて言うと、

「そうなのね……キク、ごめんね見えなくて」

 お母さんは寂しげに俯いた。


「……また会えただけでもいいよ」

 キクちゃんがそう言うが、なんとかならないのか?

 魔法とかでそんなのがないのか聞いてみたら、


「見えねえとなるとあたすじゃどうも出来ねえし、お師匠様でもそんな魔法たぶん知らねえべ」

 そうだよな、できるならやってるだろし。


 ……。


「へ?」

 キクコちゃんが急に上を向いた。

「え、どうしたの?」

「ちょっと静かにしててけろ。……そっだら事できるだべか?」

 誰かと話しているようだが?


「んだ。じゃあ……隼人さん、キクちゃんに向けて両手をかざすだ」

「あ、うん」

 言われた通りに立つと、

「うっ!?」

 キクコちゃんが俺の背に抱きついてきた。


「そのままじっとしててけろ」

「あ、ああ」

 いや、背中におっきいのがあたってる……や、やばい。


「……やあっ!」


「うおおっ!?」

 なんか感電したような衝撃が起こったかと思うと、俺の両手から雷のような光が現れ、それが帯状になってキクちゃんの周りを囲った。


 そして、


「キク……?」

 お母さんが目を丸くしている。


「え、見えてるの? お母さん」

「……キク!」

 お母さんが涙目になってキクちゃんを抱きしめ、

「うん……やっと会えたよう」

 キクちゃんはお母さんの胸に顔をうずめて泣き出した。



 ってあれ、霊に触れてる?

「ふう、上手ぐいっでよかったべさ」

 俺から離れたキクコちゃんが胸をなでおろしていた。

「ね、ねえ、今何をしたの?」

「錬金魔法で一時的にキクちゃんの体こさえたべさ」

「え、そんな事できたの? てか錬金魔法って波長が合わないんじゃ?」

「そうだけんど、声が聞こえただ。隼人さんの中にある力を媒体にすればできるって」

「それって精霊さんが?」

 それと俺の力ってなんだ?

「精霊じゃなかったけんど、なんか前にも感じたことある雰囲気だったべさ」

「そっか。……誰だか知らないけど、ありがとうございます」


 いいえ、お礼を言うのはこちらですわ。

 

「え、この声はあの時の?」


 はい。彼女達を救ってくださり、ありがとうございました。

 私はもう限られた人に話すくらいの力しかないので……。

 まあ、お礼としてキクコちゃんの胸を押し付けるようにしてあげましたわ。

 今のは肩に触れてでもできましたから。


「あのですね……って神様でもそんなもんなのですか?」


 私はたしかに神と呼ばれていますが、本当は違いますよ。


「え、じゃあ何なんですか? 精霊さん?」


 ……私が誰かはいずれ分かるでしょう。

 では隼人さん。これからもよろしくお願いいたします。


「え、あのもう少しお話を」

 祈ってみたが、声はもう聞こえてこなかった。


「むううう、なんかおかしいと思ったべさ」

 キクコちゃんがむくれながら……あれ?

「聞こえてたの?」


「んだ。あの方、方法言うときちょっと笑いこらえてたべさ」

「そうなのかよ、なんかお茶目というかなんというか」

 女の人ならそういうのさせないだろ。


「むう、それより隼人さん、嬉しいならまた胸押しつけてあげるべさ」

 キクコちゃんがそう言うが、

「やめて、神様よりひいおじい様の方が怖いから」

 だから夢でも撃たれたくねえんだよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る