第20話「やっぱ勇者様だったべさ」
そこにいたのは、いや浮かんでいたのは……。
黒い煙のような塊で、よく見ると目と口らしきものも見えるものだった。
「あ、あれってもしかして悪霊?」
「悪霊というより、それを作り出すものだべ」
「え?」
「あれが、悪しき縁の塊が魂を惑わせてこの世に留めて悪霊にするんだべ。そすて更なる不幸を作り出すって、お師匠様から教わったべ」
「そ、そんなもんがいたのか?」
「んだ。たぶんキクちゃんをずっと彷徨わせていたのは、あいつだべ」
……なんて奴だ。
「ほう、我らの事を知る者はもう誰もいないと思ったのだがなあ」
うわああ喋ったあ!
「んじゃ、昔はいただべか?」
キクコちゃんがそれを睨みながら聞いた。
「ああいたさ。だが長い年月の間に徐々にいなくなったわ。魔法と共にな」
へ?
「ち、ちょっと待って? 魔法も昔はあったの?」
ヤバい相手なのに俺も思わず聞いてしまったら、
「そうだ。今やただのおとぎ話だと人間達は思っているがな」
なんか律儀に答えてくれた。
「たしかにそうだわ。ってなんで消えたんだよ、まさかあんたらが?」
「いいや、我らが手を下すまでもなかったわ。散々救ってもらったにも関わらず、それすら異形とほざいて狩りとってなあ」
え?
「さて、貴様らがいるとまた知られるかもしれん、だから消えてもらうぞ」
そう言った後、黒い煙が大きく広がり、辺り一面を覆っていった。
「な、なにこれ!?」
「貴様らも永遠に彷徨うが……む?」
「えーい!」
キクコちゃんの体が光ったかと思うと、それが煙をかき消すように広がっていった。
「さあ、逃げるべ!」
「あ、ああ!」
俺達は一目散に駆けだした。
「ぜえ、ぜえ……」
気が付けば人気のない広場にいた。
どこをどう走って来たのか……って、
「ふふふ、逃げられると思ったか?」
あの黒い煙がそこにいた。
こいつ先回りしてたのか!
「あれは浄化魔法だったけんど、全然こたえてねえべ」
キクコちゃんが奴を睨みながら言った。
「雑妖なら倒せただろうが、我らには効かぬわ」
「そんなら、これはどうだべさ!」
キクコちゃんの掌から光の玉みたいなのが出て、それが奴に当たったが……。
「無駄だ。光の精霊はその力を失いつつある。人間達に忘れられているからなあ」
奴がそう言ったが、
「え、精霊ってそういうもんなの?」
「んだ。あたすんとこでもそう言われているべ。自然を忘れると精霊が消え、自然界のバランスが崩れて大災害や疫病が蔓延るって」
マジか……。
「ん? まあそれはともかく貴様ほどの魔法使い、消すのは惜しいな……そうだ、こうしてやろう」
奴の体?から薔薇の蔓のようなものが勢いよく伸びてきて、
「あ、ああっ!?」
「く、こんにゃろ、放すだべさ!」
それがキクコちゃんに絡みついた。
「貴様を我らが下僕にし、世で暴れさせてやるわ。そうすれば悪しき縁が増えて……ぬうっ!?」
「そうはさせんだべ!」
キクコちゃんの体が光っていて、その光が蔓を伝って奴にダメージを与えているようだった。
「ぐ、直接魔法力をとはやるな。だが……」
「うぎゃああ!」
奴がキクコちゃんを締め上げた。
「ってキクコちゃん!」
俺は近寄って蔓を取ろうと思ったが、
「できるとは思えんが、させんわ」
「うわああ!?」
黒い塊が飛んできたが、なんとか避けれた。
「う、う、それならせめて……隼人さん、受け取ってだべ!」
「え? おわっ!」
何か飛んできたかと思ったら、それはビー玉になったキクちゃんだった。
「は、早くキクちゃん連れて逃げるべさ」
キクコちゃんが苦しそうに言ったが、
「アホか、キクコちゃんだけ置いて逃げられるか!」
「そげな事言わんと、このままじゃ皆死んじまうだべ」
「ふふふ、逃げたければ逃げればいいぞ。見捨てた後悔の念もまた、我らの糧だからなあ」
奴が笑いながら言った。
くっ、どうすれば。
……あ?
――――――
あれは、幽霊屋敷と呼ばれている古い洋館を調査してた時だった。
「所長、今のって何ですか?」
「ん? これはね、魔を祓うおまじないみたいなものだよ」
「へえ、そんなのもあるんですね」
「うん。そうだ、もしかするとどっかで役に立つかもしれないから、頭の片隅に置いといてくれると嬉しいな」
――――――
「……よし」
俺は側に落ちてた棒切れを右手に持ち、目を閉じてあの時所長が口にしていた呪文みたいなのを唱えた。
「……セイコウショウライコンゴウハジャ」
「ふえ? 隼人さんが光ってる?」
「な、何? それはまさか……?」
「はああっ!」
俺は思いっきり棒を振りぬいた。
ば、バカな、それこそ遥か昔に……ギャアアアアーーー!
「……や、やったか?」
おそるおそる目を開けると、奴はもういなかった。
よかった、上手くいったようだ。
「隼人さーん!」
「うおっ!?」
キクコちゃんが俺に抱きついてきた。
うわ、柔らか……ってダメだダメだ!
「って大丈夫?」
俺はキクコちゃんを引き剝がして聞いた。
「大丈夫だべさ! それより今のあれって勇者様だけが使える、退魔の技だべ!」
「え、そうなの?」
「そうだべ! 隼人さんはやっぱり勇者様だったべさー!」
キクコちゃんが満面の笑みを浮かべて言ってくれた。
いや勇者の技って……。
それはともかく、なんだろ?
なぜかあれなら絶対いけるって心のどこかで思っていた。
……とにかく、これを教えてくれた所長に感謝だ。
「ん? あんら、キクちゃんが元に戻ってるべさ?」
「え?」
見るとビー玉になっていたはずのキクちゃんがそこに立っていた。
そして辺りを見て何か思っているようだ。
「ここってだいぶ変わってるけど、わたしのお家の近くだよ」
キクちゃんがこっちを見て言った、って。
「え、そうなの?」
「うん、こっちだよ。お母さんお家にいるかなあ?」
そう言って駆けて行った。
「あ、ちょっと待ってってば」
「隼人さん、追うべさ」
「あ、ああ!」
俺達はキクちゃんの後を追った。
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