第19話「彷徨う少女」

 翌日。

 一致していた場所である厳島神社の近くへ行ってみたが、やはりここという決め手がなかった。

 ななしのさんのご親戚の紹介もあって何人かに話は聞け、戦地に行ったお爺さんにも会えたが、

「うーん……同じ部隊で仲の良かった奴ならともかく、全員となるともう覚えてねえから、その人がいたかどうかは何とも言えんわ。すまんなあ」

 お爺さんはそう言っていた。

 他の人も知らないようだし、ここはどうやらダメのようだ。 


「残念だべさ……」

 キクコちゃんもガッカリしていた。

「あと一ヶ所あるんだし、次こそはだよ。そうだ、せっかくだからあちこち見物していく?」

「……んだ」




 まずは原爆ドームに行った。

 初めて来たけど、こんなふうなんだな。


 これは世界遺産になっていて、核兵器の恐ろしさを伝えるもの。

 昔は取り壊されそうになったみたいだが、当時一歳で被爆された方の日記が六十年程前に知られ、そこから永久保存へと進んだとか。

 その人、その年に十六で亡くなったんだよな。

 ……なんて言えばいいんだろ。

 忘れちゃダメという思いがここに集まっている、と言えばいいのか……。


「……恐ろしさが、悲しさが感じられるべ」

 キクコちゃんが震えながら言う。

 ここにいた人は一瞬だったそうだから、苦しまなかったかどうか……なんて言えないよな。


「あ、思ったんだけど、そんな魔法は無いの?」

「あるけんど禁呪法だべ」

「……それもそうだよね。そろそろ行く?」

「……んだ」

 俺達は黙禱した後、そこを後にして町を見物した。



 キクコちゃんは気を取り直してあれこれ見ては声をあげていた。

 途中の店に売っていたもみじ饅頭も美味しそうに食べていて、それでこっちも気が軽くなった。

 うん、ありがと……。


「あんら? あの子……」

「え?」

 キクコちゃんの目線の先を見ると、路地裏に小学校低学年くらいのおかっぱ頭の女の子がいた。

 というか、この寒空の下で上がシャツ一枚、下は薄そうなズボンって……まさか虐待放置子?

 てか誰か声かけろよなって、関わりたくないんだな。


「キクコちゃん、ごめんだけど声かけてあげて」

 俺がだと変質者だと思われるかもだし。

「はいだべ」

 キクコちゃんが女の子に近寄り、声をかけた。


「あんの、どうかしたべか?」

「え、うん、お母さんとはぐれたの」

 女の子が振り向いて答えた。

「……そうだったべか。あんの、ここでちょっと待っててくれだべ」


 キクコちゃんは女の子をそのままに俺の方に戻ってきた。


「え、どうしたの?」

「隼人さん、あの子生きてねえべ」

「え? どういう事?」

「幽霊だべさ、あの子」

 なんだって?


「……いや、俺に霊感なんて無いはずだが。だってはっきり見えているんだし」

「思いが強いと誰でも見える程になるんだけど、こっちはおんなじじゃねえのか?」

「そうなのかもしれないけど、俺は見たことないよ」

 声は聞こえたけどさ。


「それよりあの子、自分が死んだと分かってねえべ。だから成仏出来ねえんだべ」

「そっか。ねえ、霊を成仏させる魔法って無いの?」

「昇天魔法ってのがあるけど、それ使えるのは神官さんだべ、あたすには無理だべ」

 やっぱそこも漫画やゲームと一緒なのか。


「じゃあ、お母さんに会わせるしかないのか」

「んだ。もう少し話を聞いてみるべ」


 今度は俺も一緒に行き、話しかけた。

「あの、俺は隼人って言うんだけど、お嬢ちゃんのお名前は?」

古橋ふるはしキクだよ」

 女の子、キクちゃんが笑みを浮かべて答えてくれた。

 どうやら変なおっさんとは思われてないようだ。


「あんら、あたすの名前と似てるべさ」

 キクコちゃんがやや嬉しそうに言う。

「あれ、お姉ちゃんもキクなの?」

「あたすはキクコだべ」

「そうなんだ。なんか変なしゃべり方だね~」

 だな、なんかいろんなとこの方言が混ざってるし。


「変だべか? あの、キクちゃん何歳だべ?」

「八歳だよ」

「おっかあのお名前は?」

「えっと、サヨ」


「ねえ、一緒にいたのはお母さんだけ? お父さんは?」

 俺も聞いてみたら、

「兵隊さんになって遠くへ行ったの」

「は?」

 兵隊さんって、まさか……?


「……あのさ、今日は何年の何月何日か、言える?」

「昭和二十年八月六日だよ」

 よりにもよってその日かよ。


「どしたべさ?」

 キクコちゃんが俺の顔を覗き込んできた。

「亡くなったのが本当に昭和二十年だとすると、キクコちゃんのひいおじいさんがそっちの世界に行ってから一年ほど後だよ」

「え? ってごとはこの娘は」

「八十年近くこの世を彷徨ってる事になる。それに八月六日はあれがここに落ちた日だ。もしかするとお母さんも……」


「それなら迎えに来ているはずだ。だからさ、まだおっかあは」

 キクコちゃんが言うが、

「あの子は八歳だから、お母さんはあの当時結婚できる年齢から考えて、若くても二十四歳、だとしたら今は百歳以上……いやご存命の可能性はあるけど」

「やっぱこっちでも長生きな方だべか?」

「うん。けどもし運よく会えたとしてもだよ。信じてくれるかどうか」

「信じてくれたらそれはそれで、悲しませる事になるべさ」

「だよな……。なんか良い手が無いかな」

 

「ん、できるのはこのくれえだべ」

 そう言ってキクコちゃんはキクちゃんの額に手をやった。

「あれ、眠い……?」

 キクちゃんが目を閉じ、

「うおっ!?」

 一瞬光ったかと思うとキクちゃんの姿は無く、足元にビー玉のようなものが落ちていた。


「え、今のって何?」

「これは彷徨っている魂を眠らせて保護する術だべ。本当はこうやって神官さんのとこに連れて行って、成仏してもらうんだべ」

 それを拾い上げたキクコちゃんが言う。

「へえ……しかしお母さんが生きてるとしても、なんで他の誰かが迎えに来ないんだろな?」


「未練が強すぎて説得しても聞がねえってのもあるみてえだべ。あとは」

「何? ……!?」

 なんか急に背筋がゾクッとした。


「……あたすも見たのは初めてだけんど、こんなに強い邪気だったべか」

 キクコちゃんが冷や汗をかきながら俺の後ろを睨んでいた。


 おそるおそる振り返ると……え?

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