第18話「あんな感じなのかな」
席についた後、ななしのさんが早速とばかりにお好み焼きを焼き始めてくれたのだが。
「あれ、そうやって焼くんですか?」
「そうよ。よそじゃ混ぜてでしょうけど、こっちじゃ重ねるのよ」
ななしのさんが手を動かしながら答えてくれた。
「そうだったんですか。いやその焼き方、うちの父が家で作る際にしてたんです」
てっきり混ぜるの面倒だからと思ってたが、広島風にしてたのか。
「あらそうなの? お父さんはこっちの方?」
「あ、いえ東京生まれですよ。ただ仕事で日本中あちこち行ってたんで、きっと広島にも来ていて、それで知ったんでしょうね」
父さんもそれならそうと言ってくれよ。いや今頃知った俺もあれか。
「あたすんとこにもこれと似たようなのあるべさ」
キクコちゃんがお好み焼きを見ながら言った。
「あ、そうだったんだ。それってどんなの?」
「小麦粉と山芋の生地に野菜くずを混ぜたもんだべさ。あと隠し味に出汁も入れるべ」
「そういうお好み焼きもあるわよ。けど隠し味って何? もしよければ教えて」
「そっだら後で作り方書いた紙あげるべさ。おねえさんなら作れそうだし」
キクコちゃんがそう言うと、
「あらありがとね。けど私、おねえさんて歳じゃないわよ」
ななしのさんが笑みを浮かべて言った。
「え、そうだべか? はや、いやダンさんと同じくらいにしか見えねえべ」
キクコちゃんが律儀にハンネで言い直してくれたが、
「さっき本名教えあったから気にしなくていいよ。って俺よりは上でしょうけど、充分おねえさんですよ」
てっきりななしのが本名かと思っていたが、苗字は
あとせいぜい二十代後半だろと思っていたら、
「私には成人した息子がいるし、その息子も二人の子持ちよ。そうそう、ずいぶん前に赤いちゃんちゃんこ着たわ」
ななしのさんがそう言……。
「な、なんだってぇー!?」
「嘘だべさー!?」
思わず二人で声を上げてしまった。
どう見てもそんな歳に見えません!
てか、いったいどこの十七歳様ですかあなたは!
「ふふふ。私、まだまだいけるのね。っとできたわよ、どうぞ」
「あ、はい。いただきます」
お好み焼きはほんと美味しかった。
キクコちゃんも満面の笑みを浮かべて食べている。
「お口にあったようでよかったわ」
「ええ。ってよく考えたら他のお客さん来ませんね?」
SNSではフォロワーさんも絶賛してたのに。
「ああ、今日はお休みの日なのよ」
ななしのさんが手を振って言った。
「あ、そうだったのですか。すみません」
「いえいえ。今日は子供達向けというか、こども食堂してたのよ」
「え、そうなんですか? それは初耳ですけど」
「ネットには出してないの。自分が出会ったり常連さんが紹介してくれた子で、ほんとにごはん食べられない子達だけを呼んでいるのよ」
「そうなんですか……」
誰でもじゃないのは言い方悪いけど、悪どいのも来るかもだからかな。
ニュースでもやってたし……。
「なんだべそれ?」
キクコちゃんが首を傾げていたので説明したら、
「……そうだべか。日本って平和な国と思ったけんど」
暗い顔になって俯いた。
「そうでもないかもね。昔も今も見えないところでは……私も何かできないかなって考えてこれならと思ってね、息子が独立したのもあってそれで始めたの」
ななしのさんがそう言った。
「っとごめんなさいね。さ、おかわりいるなら遠慮なく言ってね」
「あ、いや、一枚で充分ですよ」
これ結構ボリュームあるもん。
「あんの、あたすおかわりしていいだか?」
キクコちゃんが手を挙げて言った。
よく見るともう食べ終わっていた。
「ふふふ、いいわよ」
キクコちゃんは二枚目もぺろりと平らげ、それで満足したようだ。
ほんとよく食べるな、この子は。
その後はいろんな話を聞いた。
「最初にこども食堂に来ていた子達はもう大人になっててね、今でもたまに顔を出してくれて、要らないって言ってるのにあの時の分だってお金を持ってきてくれたり、食材を差し入れてくれるのよ」
ななしのさんがそう話してくれた。
「そうなんですね。やっぱり慕われているんでしょうね」
「だとしたら嬉しいわ」
「けんど、旦那さんや息子さんが拗ねないだが?」
キクコちゃんが首を傾げる。
「さっき言ったけど息子がもう独立した後でだったからね。もし自分が子供の頃だったらぐれていたかもしれないって冗談交じりに言われたわ」
「旦那さんは?」
「今は単身赴任で遠くにいるわ。もうじき定年退職するから、その後はここを手伝うつもりみたい」
「そうでしたか。ご家族の理解があってよかったですね」
「ええ。あ、話は変わるんだけど、目的はキクコちゃんのひいおじいさんの妹さんをだったのよね」
「はい。あ、もしかして何か心当たりが?」
「いえね、父があの写真と似ている場所の生まれだから、もしかするとって思ってそこの近くにいる親戚に聞いてみたんだけど、知らないって」
「そうですか……」
「けどね、他に知ってそうな人がいるみたいなの。だから明日探偵さんが訪ねて行くからよろしくって伝えておいたわ」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。あ、お茶入れましょうね」
気がつけばもう二十一時。
そろそろお暇することにした。
「あの、今日はありがとうございました」
「いえいえ。こちらも隠し味だけじゃなく、いろんなレシピ頂いたし」
ななしのさんがキクコちゃんから貰った紙を見せて言う。
「あたすんとこの名物料理も書いたべ。材料は日本にもあるもんばかりだべ」
「ほんとね。これならこども食堂でも出せるわ」
「子供達が喜んでくれたら嬉しいべ」
「きっと喜ぶわ。じゃあ、よければまた来てね」
「はい」
俺達はななしのさんの所を後にした。
「いい人だったべさ。ほんと皆のおっかあって感じだったべ」
キクコちゃんが思い返して言う。
「……母さんもあんな感じなのかな」
話していたのはほんの数時間だけど、なんというか暖かくて優しくて……。
「きっとそうだべさ」
「……うん」
あの声が空耳じゃなかったなら、キクコちゃんといればいつか会えるのかな。
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