第22話「自分がやらなきゃだな」
しばらくして、落ち着いた二人が俺達に話しかけてきた。
「二人共ありがとうね、キクを連れてきてくれて、こうしてまた会わせてくれて」
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがと」
「あ、いえ。偶然というかここに、元の家があった場所にいてくれたのもあったからですよ」
「ええ。以前はよくここで昔を思い出していて、ここ何年かはあまり来てなかったんだけどねえ、今日はなぜか久しぶりに来たくなったのよ」
「そうでしたか」
もしかして、さっきの誰かがかな?
「ねえお母さん、今はどうしてるの? ずっと一人だったの?」
キクちゃんはやはり気になったのかな。
「ううん。一人じゃないわよ」
「え、じゃあ再婚なさったのですか?」
俺も思わず聞いたら、
「いいえ。そんな話もあったけどお断りしたの」
その後、お母さんはあの時からの事を話し始めた。
私達はあの日、飛んできた建物の破片で……。
私は重傷だったけどなんとか助かった。けどキクは即死だった。
その後で夫も戦死したと聞き、他に身寄りもない。
生きていても仕方ない、もう死のうかと思い川へ身を投げようと思った時にね、偶然通りかかった男性が止めてくれたの。
そして私が泣きながら理由を話したら、この場所へ行ってみなさいって地図を書いて渡してくれたの。
それで騙されたつもりで行ってみたらねえ、そこは孤児院のようなところでね、親を亡くした子供達がたくさんいたのよ。
キクと同じ年頃の子や、赤ちゃんまで……。
今でも不思議なんだけど、あの子達を見た途端、自分が守らなきゃってなぜか心の底から思ったのよ。
それでね、代表の方に私も一緒に面倒みさせてくださいと頼んだの。
そこから子供達の面倒を見つついろんな仕事してお金貯めて、皆をできるだけ学校にやって。
……あっという間に月日が流れて、気がつけば皆私をお母さんって呼んでくれて。
ほんと嬉しくて泣いちゃったわ。
「今はその子やその子供、孫達が交代で面倒見てくれてるのよ」
「そうだったんですね……」
ひいばあちゃんはどこも大変だったって言ってたけど、ほんとそうだったんだなあ。
「あんの、助けてくれた男の人はどうしたべさ?」
キクコちゃんはそこが気になったようだ。
「それ以降会えなかったわ。てっきり誰かのお知り合いかと思って代表の人や他の人に聞いたら、誰も心当たりが無いっていうのよ」
「そうだったべか。じゃあ、名前も知らねえべか?」
「ううん、たしか……そう、
「え?」
「蘇我のじっちゃ?」
まさかここで蘇我さんの名前を聞くことになるとは。
「あら、お知り合いだったの?」
「いえ、つい先日知り合ったんです。蘇我さんは京都宮津の生まれだそうで、ここへは友達の、この子のひいおじいさんの妹さんを探しに来ていたのだと思います」
蘇我さんは戦後すぐに広島に行ってたんだな。
おそらくその途中で孤児院を見つけていて、その後で……この人なら子供達を守るために生きてくれると思ったのかもな。
「そうだったのね、会ったという事はお元気なのね。よかったわ」
まあ、ボケてるようなボケてないようなだけど。
「ねえ、おねえちゃんのひいおじいちゃんの妹って、この辺りにいるの?」
キクちゃんが聞いてきた。
「わかんねえべ。ここじゃないかって思って来たけんど。蘇我のじっちゃは見つけられなかっだって」
「そうなんだ。名前は?」
「アキコだべ」
「あれ、隣のおねえちゃんと同じ名前だ?」
「へ?」
な、なんだって? あ、そうだ。
「キクコちゃん、お守り見せてあげて」
「あ、はいだべ」
キクコちゃんがポケットからお守りを出すと、
「あ、それと同じ物、明子おねえちゃんも持ってたよ」
キクちゃんがお守りを指して言った。
「そうだべか?」
まさか? いやもう少し聞いてみよう。
「あの、その明子さんの苗字は桐島?」
「そうだよ」
「ああ、明子ちゃんね。思い出したわ、懐かしいねえ」
あ、当たりだ!
「あ、あんの、おねえちゃんはずっとお隣さんだったべか?」
「ううん、おにいちゃんが兵隊さんになって戦争に行ったんで、おばさんの家でお世話になってるって言ってたよ」
「広島の生まれじゃないようだけど、お隣さんも遠いとこにいた親戚の子だとしか言わなかったのよねえ」
キクちゃんとお母さんが続けて言った。
しかしなんだろ、与吾郎さんと明子さんといい、何か出身地を言いたくない事情があったのか?
「あのね。わたしおねえちゃんからちょっとだけ聞いたの」
「え、教えてくれるの?」
「いいよ。おねえちゃんとおにいちゃんを会わせたいんでしょ」
「ありがと。それで何処なの?」
「海と山に挟まれた場所でね、浜辺に神社があって山にお寺があるって言ってたよ」
「うん分かったよ、ありがとうね」
そういう場所がどのくらいあるか知らないけど、海と山だけよりは絞られるよな。
「けんど、この辺りって、あれだったんだべ……?」
キクコちゃんが言いにくそうにって、そ、そうだ、その可能性も。
「私もかなり後で知ったんだけど、お隣さんも大怪我したけど命は助かったんだって。明子ちゃんは本当は中心地に建物疎開に行くはずだったんだけど、体調を崩して家で寝込んでいたのもあって怪我で済んだそうよ」
お母さんがそう言ってくれた。
よかったと言っていいのかだが。
「でね、戦後にお隣さん一家は親戚を頼って引っ越していったそうで、どこかまでは……」
「いえ、その時にじゃなかっただけでもですよ」
「あ、お父さんだ」
「え?」
いつの間にかそこに軍服姿の男性がいた。
体が透けているから、やっぱ幽霊。
あの人がキクちゃんのお父さんなんだな。
「もう、あんたは……もっと早く顔見せに来てよねえ」
すまなかったと口が動いた後、こっちを向いて頭を下げてくれた。
そしてキクちゃんと手を繋いだ。
「キク、会えて嬉しかったわ」
「うん……お母さん、元気でね」
二人共泣いていた。お父さんも。
そして、キクちゃんとお父さんは光り輝きながら消えていった。
「待っててね、私もそのうち行くからね」
いや、まだまだ長生き……とは言えなかった。
気が付くともう夕方だった。
「ほんとありがとね。長生きはするもんだわ」
「いえ、あのこちらこそです。失礼かもですが、貴重なお話を聞かせて頂いだので……あの、お送りしますよ」
「いいわよ。もうじき迎えが来るから」
そう言った時、俺より少し年上くらいに見える男性がやって来た。
「おばあちゃん、お待たせ……あ」
男性が俺達を訝しげに見ていた。
「ああ。この人は探偵さんなんだって。人を探してたんだけど、ちょうど私の昔のお隣さんだったのよねえ」
「おばあちゃん、あんまり知らない人と話さないでよ。すみません、これで」
そして俺達を睨んで舌打ちし、お母さんを連れて去っていった。
「なんだべあの人、態度悪いべさ」
「お年寄りを騙す詐欺師かと思ったんだろな。あの人を責められないよ」
うん、今は……いや昔からいたんだろうけど。
……これでいいのか。
多くの先人が進んだ道の果てが、これで。
……いや。
キクちゃんのお母さんのように、自分がやらなきゃだな。
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