第8話「何で君がここにいるんだよ?」
次の日の朝。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃいだべ」
俺はキクコちゃんに見送られて家を出た。
古い住宅地や大通りを歩くこと十五分。
着いた場所は、八階建ての古びたビル。
狭いエレベーターで最上階まで行き、出てすぐの所にある一室が職場。
ドアを開けようと鍵を差し込むが、もう開いていた。
今日も先に来てたのか。
「おはようございます」
「隼人君、おはよう」
返事をくれたのはこの事務所の所長、
優しい顔つきで体は細く見えるが、脱いだら凄い痩せマッチョである。
歳は俺より三歳上の二十五歳。
聞けば大学には行かず親戚の職場で修行させてもらって、二年前に起業したって。
暖簾分けみたいなもんだよ、とか。
俺も大学は行ってないけど、所長とは全然理由が違った。
「隼人君、いつも言ってるけどゆっくり来ていいんだよ。始業時間は九時半なんだからさ」
今は八時半である。たしかに早いけど、
「そう言われてもですね、所長が朝早くから働いてるのに僕がのんびり来る訳にはいかないでしょ」
下手したら徹夜するしな、この人は。
「気を使わせてごめんね。今の案件が片付いたら僕もゆっくりするからさ」
所長が申し訳なさそうに言った。
「はい。そうだ、この件について纏めたんですけど」
俺は家で作っておいた資料を鞄から取り出し、所長に渡した。
「どれどれ。うん、いいね。じゃあこれを元に調査しようか」
「はい」
その後、電話対応や別の資料を作ったりしているうちに昼休みとなった。
「じゃ、ちょっと出てきま」
トントントン、と玄関のドアをノックする音が聞こえた。
「誰か来たみたいだね」
「予約は無かったですよね、てかインターホンに気づかなかったのかな?」
ドアを開けるとそこにいたのは、
「あ、お疲れ様だべ」
「……何でここに?」
手提げ袋を持ったキクコちゃんだった。
「お弁当持って来たべさ。隼人さん、何も持ってってなかったみてえだし」
そう言って手提げ袋から巾着袋を取り出して見せてくれた。
「今から近くの弁当屋さんに買いに行くつもりだったんだ。てかよくここが分かったね」
「魔法で探知したべ」
「あまり魔法言うな使うな」
「あれ、その娘知り合い?」
所長が聞いて来た。うわ、どう説明しよ。
「あたすは隼人さんの親戚で、諸星喜久子っていうもんだす。前まで外国に住んでたんだけんど、今は隼人さんのとこでお世話んなってるんだべ」
お、機転が効くな。
「へえ。苗字一緒だから従妹とか?」
「うんにゃ、互いのじっちゃが従兄弟同士なんだべさ」
「隼人君、そんな親戚と付き合いあるんだ」
「ええ、まあ」
祖父ちゃんの従兄弟なんて一度も会った事ないし、両親の従兄弟ですら殆どありませんよ。
「で、手を出したの?」
所長がニヤリと笑みを浮かべて言う。
「怒りますよ」
「冗談だよ。君がそんな奴ならとっくに彼女の一人や二人いるよね」
「はいはい、生まれてこの方いませんよ。それにひきかえ所長はいいですよね。あんな美人の奥さんいるんですから」
「あんら、所長さんは結婚してるだか?」
キクコちゃんが興味津々に聞いてきた。
「うん。二歳上の幼馴染でね、遠い親戚でもあるんだよ。君達と同じだね」
「そうで……って、俺はキクコちゃんとは」
「あ、キクコちゃんはお昼食べたの?」
所長、急に話を変えないでください。
「散歩ついでにどっかでと思って、自分の分も持ってきたべ」
キクコちゃんはそう言ってもう一つ巾着袋を見せた。
「はは。よければここで食べていって。それとせっかく来たんだから見学していけば?」
「え? いいだべか?」
「いいよ。隼人君もいいよね?」
「え、ええ」
まあ、見せられないものは気を付けよう。
「そういや何のお仕事してるんだべ?」
キクコちゃんが小声で聞いてきた。
「探偵だよ。去年所長に拾ってもらってね、今は修行中」
ズサッ!
キクコちゃんはいきなり顔面真っ青になって後ずさった。
「え? ど、どうしたの?」
「た、探偵って行く先々で死人を出すっていう死神……ふえええ」
震えながら涙目になって言うキクコちゃんだが、
「おい、どこでそんな歪んだ話聞いたんだ?」
そりゃ漫画とかだとそうだろけど。
「え、違うだか? あたすんとこじゃそう言われてるべ」
「あのね、探偵ってそんなんじゃないよ。人探しとか身辺調査とか、まあうちはペット探しもしてるし、なんでも屋に近いかな」
よくテレビであるような殺人事件を解決とかは一回だけあったけど。
あの時の所長、カッコ良かったわ。
「っと、それは置いといてお昼食べようか」
「んだ」
キクコちゃんは来客用のテーブルで食べてもらう事にした。
自分の席について弁当箱を開けると、ご飯の上に梅干し、おかずは玉子焼きにほうれん草とゴマの和え物、焼鮭。
シンプルに見えて最高のお弁当だ。
「じゃあ、いただきます」
うん、美味い。
ほんとありがたいわ。
「そうだ、お茶入れるべさ」
キクコちゃんが立ち上がって言う。
「いやいや、お客さんにそんな事させられないから僕が入れるよ」
所長がそう言って手を振るが、
「そう言わんとさせてくれだべ。ちょっとでもお手伝いしたいんだべ」
キクコちゃんはやっぱり引かなかった。
「所長、キクコちゃんの言う通りにさせてあげてください」
「うーん、じゃあお願いね」
所長が軽く頭を下げて言った。
「んだ」
キクコちゃんは嬉しそうに給湯室に向かった。
「いい子だね、キクコちゃんって」
所長が給湯室の方を見ながら言った。
「ええ。来てもらって助かってますよ」
「うん、従兄弟の孫同士なら問題なく結婚できるもんね」
「だから僕達は……」
「え、あんないい子でも興味なし? あ、もしかして僕を? やめて、奥さんいるんだからね」
所長がニヤけ顔で引きながら言った。
ほんとこの人は……。
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