第9話「証明されたよ」
キクコは慣れた手つきで茶葉を急須に入れ、ポットのお湯を入れたのだが、
「あれ、壊れてるべか? これお湯じゃなくて水だべ?」
ポットのコードが抜けていたので沸いてないだけであるが、キクコはそれを知らなかった。
あと抜いていたのを忘れている所長だった。
「じゃあ、やかんに水入れてコンロで……火が起こんねえべ? これも壊れてるだか?」
それは電気コンロだった。
隼人の家には無いのでやはり知らなかったし、彼もそこまで話していなかった。
「どうすっべかな。そうだ、よし……」
キクコが人差し指を立てて呪文を唱えると、
” おお、どのくらいぶりだろうか、呪が聞こえたのは。よし、力を尽くすぞ ”
「へ? きゃああっ!」
「え、キクコちゃん!?」
悲鳴が聞こえたので急いで給湯室へ行くと……。
「あ、あ」
やかんが真っ赤な炎に包まれてって、
「ゴラー! 魔法使うなって言っただろがー!」
「ほんのちょっと火を出すつもりだったけんど、精霊が張り切りすぎたんだべさ!」
「魔法?」
遅れてきた所長が言った。
「あ、しまった。いやあのその」
「ねえキクコちゃん。もしかして君、異世界から来たの?」
所長がなんでもないかのように聞き、
「あ、バレちゃったべ。そうだべさ」
キクコちゃんは隠そうともせず答えた。
「そうだったんだね、遠い所からようこそ」
所長が笑みを浮かべて言ったが……。
「あ、あの、所長?」
「ははは。僕は異世界や魔法の存在を信じてるからね」
俺の方を向いて言うけど、全く動じないのは大物だからか?
「それにさ、あんな大きな火が出ているのに火災報知器が鳴らないなんておかしいだろ。けど魔法なら納得できるよ」
あ、そういえばそうだ。
うう、俺もまだまだだなあ。
「あと、親戚の子ってのは方便で言ったんだね」
「う、すみません」
「いいって。じゃ、お昼食べながらこの世界に来た目的とか教えて」
その後、俺は所長にここまでの事を話した。
「なるほど。そういう訳なんだね」
「はい。仕事の合間になんとかと思って」
「それじゃ時間足りなくない? だってあと二十八日しか居られないんだろ?」
「あ……」
それは分かってるつもりだったけど……。
「隼人君。君に実地訓練がてら、仕事を一つ任せるよ」
所長がいきなりそんな事を言った。
「え? は、はい。あの、どんな内容ですか?」
「キクコちゃんの尋ね人を探す事だよ」
「へ?」
なんだって?
「もちろんひいおばあさんの家に行くのも出張扱いだからね。あ、メールで日報出してね」
そう言って所長はキクコちゃんの方を向き、
「彼の研修をさせてもらう代わりという事で依頼料は要らないけど、どうする?」
「あ、ありがとうございますだべ!」
キクコちゃんは深々とお辞儀した。
「所長、いいんですか?」
「いいよ。それとこれ、当座の軍資金ね」
手渡された封筒の中を見ると、そこには諭吉様と栄一様がたくさんいた。
「五十万円あるよ。足りないって事は無いと思うけど」
はい?
「ええええ!? そ、そげなお城が建つほどの大金を!?」
キクコちゃんが声を上げてのけ反った。
「ははは、こっちじゃそこまで行かないよ」
「そうなんだべか? ひゃあ~」
「ところでさ、そっちも通貨は円なの?」
あ、そういえばそうだ。
「んだ。これもひいじっちゃがおどれーたって言ってたべ。お札の模様は違うけんど、単位が同じだって」
そうなのかよ、てかお札なんだ。
金貨とかってイメージだった。
「しかし所長、こんな大金ポンと出せる程うちって儲かってるんですか?」
「結構ね。友達が紹介してくれるんで、開業以来赤字になった事ないよ」
凄えなあ……。
「ところでキクコちゃんの世界の事、もう少し教えてよ」
「いいべさ」
キクコちゃんの話を聞いていた所長は、最初は笑顔で聞いては時々質問していたが、だんだん考え込むかのように黙ってしまった。
「うーん。聞いていて思ったけど、ひいおじいさんが広めた事以外でもこっちと共通点が多いね」
所長が顎に手をやって言う。
「僕もそう思いました。あ、そういや日本語はひいおじいさんに習ったの?」
「それも言ってたべ。文字も言葉も同じだって」
そうなんだって、そう言えば図書館で普通に本読んでたわ。
やはり俺はまだまだだなあ。
「うん、キクコちゃんの世界はここと全く異なる世界というよりは、平行世界なのかもね」
「はい? 平行世界ってパラレルワールドですか?」
「なんだべそれ?」
「パラレルワールドとはある世界が分裂して二つに、あるいはそれ以上となってそれらが並行して存在する世界だよ」
所長が説明してくれた。
そういやネットでもそんなふうに出てたな。
「分裂してだべか?」
「うん、だから双方に同じ歴史や文明があったりする……あくまで想像だけどね。でも、異世界があるというのは証明されたよ」
そうだよな。ここにキクコちゃんがいるんだから。
「さてと、そろそろまた仕事しようか」
「あ、はい」
その後、キクコちゃんは見学どころか事務作業を手伝ってくれた。
……というかさ、キクコちゃんはパソコンに触れてないのに文書ファイルや表計算ファイルに勝手に文字や数字が打ち込まれていく。
あと勝手にフォルダ作ってファイルを整理していってくれている。
AIでもこうはいかんだろ、たぶん。
「ねえ、それも魔法?」
「んにゃ、この子が『自分でやりたい』って言ってたんで、あたすの魔法力あげて動けるようにしてあげただ」
「え、こいつ意思あるの?」
「あんれ? ひいじっちゃが元の世界ではどんな物にでも魂があって、年月が経つと付喪神になるって言ってたけんど?」
「……そういう話はあるけど、勝手に動き出すのはおとぎ話だよ」
いや、現代人が知らないだけなのかもな。
「あ、終わったから確認してくれって言ってるべさ」
「うん、どれどれ……完璧じゃねえか。ありがとな」
「どういたしましてって言ってるべ」
……うん、ほんとありがとな。
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