第10話「こんなものじゃないだろ」
あっという間に時間が過ぎ、窓の外はもう暗くなっていた。
「さてと、今日はおしまいにしよう」
「あ、はい」
「キクコちゃんの歓迎会もしなきゃだしね」
へ?
「えと、いいんですか?」
「さっき奥さんにメールしたら、いいって言ってくれたよ」
「いえ、あの」
「大丈夫だよ。そうでなかったら言わないって」
「あ、それもそうですね」
キクコちゃんが横で首を傾げていたが、後で説明するか。
事務所から数分歩き、着いた場所は。
「ひゃあ、なんだべここ?」
キクコちゃんがそこを眺めながら言う。
「和風レストランだよ。あ、どう言えばいいかな?」
「それで分かるだべ。大きな町にあるべさ」
「じゃあ大丈夫だね。さ、入ろう」
所長の後ろに着いて行き、中に入ると待たずに席につけた。
なんか運がいいことばかりだが、キクコちゃんといるからかな?
「綺麗な絵だべな~」
メニューを見ながら言うキクコちゃん。
ヨゴロウさんの写真見せてもらった後で聞いたが、魔法で目に映る人の姿や風景を写し取る術があって、それらをまとめて絵と呼んでいるみたいだ。
「エビ天ぷら美味えべ。お刺身も美味え」
キクコちゃんは運ばれてきた料理を口に運んでは笑みを浮かべていた。
「ようこそ日本へと思ってここにしたけど、知らない料理出す所がよかったかな?」
所長が尋ねる。
「うんにゃ、久しぶりだったんで嬉しいべさ」
満面の笑みで答えるキクコちゃんだった。
……いやほんと可愛いわ。
「そういえば肉や魚食べるの禁止なんだね」
所長がさっき言っていた事を話した。
「んだ。魔法で作れるんだけんど、本物がいいべ」
「やっぱ本当のより美味しくないのかな?」
「んだ、どうしても味が落ちるべ。世界一の魔法使いと呼ばれているお師匠様でも、完璧に作るのは難しいんだべさ」
「隼人君、行く先で美味しいもの食べさせてあげてよ」
「ええ」
そうだよな、せっかく来たんだし。
満足してたとはいえ、最初が牛丼でごめんなさいだし。
その後、所長がキクコちゃんに色々と尋ねた。
「ねえ、キクコちゃんのお師匠様ってどんな人?」
「もうおじいちゃんだべ」
「へえ。じゃあキクコちゃん以外にもお弟子さんが?」
「今はあたす一人だべ。お師匠様は弟子を滅多に取らない人だけんど、あたすは弟子にしてくれたべさ」
「やっぱ才能があるからかな?」
「そう言ってくれたけんど、たぶんひいじっちゃへの恩返しもあるんだべさ」
「あれ? 恩返しって何?」
俺は思わず聞いた。
「なんでもお師匠様は若い頃から優れた使い手だったって。でも、それがあって人を見下すようになったって」
そんなある日、ひいじっちゃの事を知ったそうだべ。
聞いたこともない技術や知恵で人々の役に立ってて腹立たしく思ったそうだべ。
だからひいじっちゃに決闘申し込んで、痛めつけてやろうと思ったって。
けんどひいじっちゃに睨まれただけで体が動かなくなって、声も出なくて呪文唱えられなかったって。あの気迫は超一流の戦士ですら出せないって言ってたべさ。
「そして投げ飛ばされた後で聞いたそうだべ、大和魂を」
キクコちゃんがそう言うが、
「あの、ひいおじいさんはよく決闘受けたね?」
「ひいじっちゃが言ってたべさ。あの時のお師匠様は誰からも本気で怒られたことないように見えたから、お灸をすえてやろうと思ったって」
「いやさ、魔法怖くなかったの?」
「あんなもん爆弾と比べたら大したことないわって笑ってたべさ」
……ヨゴロウさん、あなたマジでチートですよ。
もしあなたがそっちの世界に行かなかったら、日本が勝ってたんじゃないか?
「おや、馬鹿がいるね」
所長の目線を追うと、そこには店員さんと何か揉めている団体客がいた。
「あの、こんなに注文されるとちょっと」
「どうしようが勝手だろが!」
テーブルにはどう見たって食べきれないだろってくらいの料理があり、それをスマホで撮ってるけど、ユーチューバー?
そう思っていると、所長がその席に向かっていった。
「ねえちょっと、他の人に迷惑でしょ」
「なんだって!」
スマホ持った奴が怒鳴る。
「聞こえなかった? 迷惑だから静かにしてくれない?」
「うるせえ!」
別の奴が所長に殴りかかったが、
「ほいっと」
「うわあっ!?」
所長はそいつを何でもないかのように投げ飛ばした。
「て、てめえ!」
また別の奴がって、うわ、ナイフ握ってる!
「よっと」
「うおっ!?」
所長はナイフを叩き落とし、流れるように奴を抑え込んだ。
って凄え!
「はい、暴行殺人未遂っと。店員さん、警察呼んで」
「う、うわあああ!」
他の奴らが慌てて逃げていった。
「ありゃ、食い逃げも追加だね。ああすみません、お騒がせして」
その後で警察が来て俺達も事情聴取を受けた。
店員さんの証言と防犯カメラのおかげで正当防衛となったし、被害届も出した。
帰り道で。
「所長って剣道に柔道、拳法もやってるんですよね」
「そうだよ。ご先祖様が武士だったからってのもあるけど。それより君だって剣道は経験者だろ?」
「俺はさっさと辞めちゃいましたよ。稽古キツ過ぎて」
それも本当だけどそれだけじゃないです、とは言えなかった。
「ひいじっちゃがあんなの見たら、がっかりしてただべ」
キクコちゃんが涙目になって言った。
そうだよな。
ひいおじいさんや皆さんが守ろうとしたものは、こんなものじゃないだろ。
「そうだ。明日僕は依頼人さんのとこ行って終わりにするから、隼人君はキクコちゃんと昼からうちに来てくれないかな?」
所長がそう言ってきたが、
「え、いいんですか? あの」
「奥さんも了解済みだよ。それともう大丈夫だから、顔見せてあげて」
「あ、はい。分かりました」
「あんの、もすかして奥さん、具合悪いんだべか?」
キクコちゃんが不安気に言う。
「半年程前に事務所で突然倒れてね。そこから療養中だったけど、もうだいぶ良くなったよ」
「ありゃ、奥さんも働いてたんだが?」
「うちの副所長だよ。最初は二人で始めたんだ」
「ひゃあ。幼馴染で結婚して、二人で同じ仕事して……いいなあ~」
キクコちゃんがうっとりとしていた。
いや、たしかに羨ましいかな。
「はは、ありがと。それじゃあおやすみ」
所長は手を振って俺達と反対方向へと歩いて行った。
「さてと、俺達も帰ろうか」
「んだ」
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