第14話「当たり前のようにそこにあるものも、いつかは」
その後、資料を一通り読んだがヨゴロウさんの名は無かった。
ヨゴロウさんらしき人が写った写真もなかった。
そう都合よくはいかないか……。
「この人達、皆戦争で若えうちに亡くなったんだべか?」
キクコちゃんがアルバムを見て尋ねる。
「大半はね。帰ってこれた人もいたけど、今ではもう少なくなったよ」
ひいばあちゃんが寂しそうに言った。
「ひいばあちゃん、何度もその話聞かせてくれたよね」
「そうね。隼人のお父さんと隼人はちゃんと聞いてくれたわね」
「うん。ひいじいちゃんは運がよかったのか悪かったのか、当時体を壊してたから戦争に行かずに済んだんだよね」
「ええ。でも友達が何人も戦地で亡くなって。自分がそこにいたからといって何かが変わった訳じゃないだろうけど、それでも胸が苦しかったと言ってたわね」
分かる気もする。
もし俺がひいじいちゃんの立場だったら……やっぱ同じこと思ったかもしれない。
「ところでひいばあちゃん。このヨゴロウさんって人、本当に知らない?」
「知らないねえ。あたしは男友達少ないし」
「ひいじいちゃんの友達だったとかって無い?」
「そうねえ、あたしが知ってる限りじゃヨゴロウさんなんて人はいないわ」
「そうなんだ……あ、この女の人はアキコさんって言うんだけど?」
「なんか見た事ある気もするけど、少なくとも友達付き合いがあった人じゃないわね……あとね、この写真に映ってる景色も見た事ある気がするわ」
「え、ど、何処?」
「何処だったかしら……ごめんね」
ひいばあちゃんはゆっくり頭を振った。
「ううん。いいって」
ひいばあちゃん、元気とはいえもうかなりの歳だしな……。
「でも本やテレビとかじゃなく、実際に見たと思うんだけどねえ」
「ねえ。今まで行った事ある場所で海のある所、覚えてるだけでいいから教えて」
その後、ひいばあちゃんに聞いた場所を調べてみた。
「ネットの地図で見た感じでは分からんかったが……うん」
SNSではまだ特定に至ってなかったが、ひいばあちゃんが行った事ある場所と一致しているのが三箇所あった。
曾祖母が後ろの景色を見たことあるらしく、この三箇所のどれかかもしれないと聞きましたと追記してっと。
「どれも違うかもしれんが」
「とにかく行ってみるべさ」
「隼人、そろそろ晩御飯の用意しようと思うけど、どうする?」
ひいばあちゃんが聞いてきた。
「あ、それなら俺が出すから近所の寿司屋さんに行く? それとも出前にする?」
「ああ、あそこはもうやってないわよ」
ひいばあちゃんは手を振って言う。
「あれ、そうだったの?」
「ええ、大将はもう歳だし跡継ぎもいなかったからねえ。去年お店畳んだのよ」
「そうなんだ……あそこのって結構好きだったんだけどな」
当たり前だけど、皆歳を取る。
当たり前のようにそこにあるものも、いつかは無くなるんだな。
「そうだわ。ちょうどいい機会だし、このお寿司屋さんで頼んでいい?」
ひいばあちゃんが棚に置いてあったチラシを見せてきた。
「ん? あ、ここってネットで注文できるね」
「そうなのよ。電話でもいいみたいだけど、ネットの方が向こうも楽よね?」
「たぶんね。あれ、ひいばあちゃんはネットできるの?」
「できないから教えて」
「うん」
「ひゃああ、これで注文できたべか?」
キクコちゃんがスマホを眺めながら言った。
「そうだよ。こうやって住所と名前書けば届けてくれるんだ」
「こげな便利なもんさあるなんて、日本ってすっげえべさ」
「あら、喜久子ちゃんのお国には無いの?」
ひいばあちゃんがまた首を傾げた。
「あたすんとこは田舎だもんで、無いべさ」
「あらあら、まだそんなとこもあるのねえ」
おお、見事にごまかしてくれたな。
そして、三十分もしないうちに配達の人が来た。
キクコちゃんが珍しそうにはしゃぎながら見るもんだからちょっと引いてたな、ごめんなさい。
「このお寿司うんめえべさ~」
キクコちゃん、ほんと可愛い笑顔だなあ。
「そういえば、そっちには寿司もあるの?」
「あるべさ。ひいじっちゃが流行らせたって聞いたべ」
「あらら。ひいおじいさんって凄い方なのね」
いやほんと凄いよ。
てか寿司握れたのか、ヨゴロウさんは?
「こっちにいた頃、漁師さんからお魚捌くの教わったって聞いたべさ。あたすも小さい頃に教わったべ」
「ああ、漁港の人だったらそうなのかもねえ」
うーん、実際はどうなんだろな?
今日はというか、いつも来るときはひいばあちゃん家に泊まる。
俺はお泊まり用の部屋で、キクコちゃんはひいばあちゃんの部屋で寝ることになった。
「あたす、ひいばっちゃの事はあんまり覚えてねえんだべ。あたすが四歳の時にだったから。だからひいばっちゃがいる隼人さんがちょっと羨ましいべさ」
「あらそうなの。そう言ってもらえると嬉しいわね」
「よかったべ。あ、ばっちゃはいっぱい孫さんひ孫さんいるんだべな」
「ええ、皆可愛い子よ」
そう言って笑みを浮かべ、
「ひいおじいさんの妹さん、見つかるといいわね」
「んだ。けんど……」
「ああ、もう結構なお歳だからよね。けどもしそうだったとしても、きっと喜んでくれるわよ」
「……ありがとだべ、ばっちゃ」
「ええ。さ、寝ましょ」
後でそんな事を話していたとキクコちゃんから聞いた。
翌日の朝。
「それじゃ、また来るね」
ひいばあちゃんは玄関まで見送りに来てくれた。
「ええ。今度は喜久子ちゃんをお嫁さんにだったらいいわね」
ひいばあちゃんがなんか言いやがったが、
「あのね、俺達はってかキクコちゃんはまだ十七歳だよ」
「来年ならいいでしょ」
「それでも今はまだ早いわ」
「あんの、あたすじゃ嫌だべか?」
キクコちゃんが悲しげに言う。
「え、いやそういう訳じゃなくてね」
「むう~、貰ってくれてもええのに」
「だからさあ……」
「ふふ。さ、そろそろ行かないと間に合わないんじゃないの?」
ひいばあちゃんがそう言ってくれた。
「あ、うん。じゃあまた」
「お世話になりましたべさ」
俺達は次の目的地へと向かうべく、駅へ歩いて行った。
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