第12話「見つかることを祈るよ」

 夕食後も話は弾み、気が付けばもう二十時を過ぎていた。

「あ、もうこんな時間。そろそろお暇します」

「うん、じゃあ気をつけてね」

「キクコちゃん、よければまた来てちょうだいね」

「はいだべ」

 俺達は所長と副所長に見送られ、家を後にした。




 もうすっかり暗くなった道。

 少し風があって冷たい。

 キクコちゃんはコートまで貰ったみたいで、暖かくしていた。

 ってコートくらい俺が買えばよかった。


「伊代さんの料理ってすっごく美味しかったべさ。あのポトフってのも日本のだべか?」

 キクコちゃんがそう言ってきた。

「え? ううん、他の国のだよ。そっちには似たようなのは無い?」

「うーん、あつめ汁とはまた違うべなあ。よそに行けばあるかもだけんど、あたすは知らねえべさ」

「そうなんだ。そっちの世界も広いんだね」

「んだ。あ、あれってお二人のお母さんの得意料理だって言ってたべな」

「うん。ほんといいお母さんなんだなあ」

 ちょっと痛い人っぽいけど、お二人をとても大事にしていたんだなって聞いていて思ったよ。

 ……いいなあ。


「そういや隼人さんのおっかあは一緒に住んでいないようだげんど、どこにいるんだべさ?」

 キクコちゃんが気になったのか聞いてきたが、

「……知らないよ」

「へ?」

「俺が五歳の時に行方不明になった」

 そう、母さんはある日突然いなくなったんだ。

 まるで最初からいなかったかのように。


「ご、ごめんなさいだべ」

 キクコちゃんが慌てて謝ってきた。

「いいよ。もう殆ど記憶にないし……可能な限り探したし捜索願も出したけど、全然だったって、父さんが悲しそうに話してくれたよ」

 俺が見てないところでは泣いていたって、後で祖母ちゃんが言ってたな。

 

「そのおっとうが亡くなって、ずっと一人だったんだべな」

「一年半前だったよ。過労で倒れて……その後に俺が働いてた会社が倒産してね。父さんが家と財産を残してくれたおかげで、しばらくは何もしなくて済んだけどさ」


 俺さ、自分のしたいことが分からなかったんだ。

 あれこれやってみても、どうも長続きしなくて……。

 昨日言ってた剣道はきついのもあって踏ん張れなくて。


 それもあって大学行く気になれず、高卒で入った元の会社は自分でもできそうと思ったけど、いざやってみると……。

 けど徐々にできるようになってきて、上司も先輩も褒めてくれてやりがいを感じられるようになったのに……。


 その後は職探しもせず、ただ毎日フラフラ外を歩いてた。

 これからどうしていいのか、またやりがいがある事に出会えるか分からなくてさ……。


 友達も少なくて、その時にはもう皆と疎遠だったから相談できなかった。

 母方の祖父ちゃん祖母ちゃんが隣の県にいるけど、やっぱ心配かけたくなかった。


 そんなある日だった。

 公園のベンチに座ってぼうっとしてたら、所長が声をかけてくれたんだ。


――――――


「ねえ君、どうかしたの?」

「え? いえ別に」

「そう。何か全て無くなって、これからどうしたらいいか分からなくて彷徨ってるように見えたんで。ごめんね」

「……あの、その通りです」

 ズバリ当てられるなんて、そんなに顔に出てたのかな?


「ん、それならうちに来ない? ちょうど人を雇おうと思ってたんだ」

「え、なんのお仕事されてるのですか?」

「探偵だよ。もっといいところが見つかるまでの繋ぎでもいいから、どうかな?」


 そして俺は事務所に入った。

 所長と副所長はゆっくり丁寧に仕事教えてくれたよ。

 ほんとお二人にはよくしてもらってるよ。

 時々はご飯食べに連れてってもらったりとか、いろんな事を話したりとか。

 副所長が倒れるまでは今日みたいに家に呼んでくれてたよ。 


 探偵を生涯の仕事にしたいかどうかはまだ分からないけど、今はとにかくこれで一人前になりたいって思ってるよ。

 

 って、そうだよな。

 自分で言って気づくなんて。

 先はまだ分からないけど、今はこれでだよ。


――――――


「隼人さん、いい出会いがあってよかっだべさ」 

 キクコちゃんがそう言ってくれた。


 もしあの時所長に会えなかったら、俺はどうなってただろうな。

 想像したらゾクッとする。

「うん、ほんとよかったよ」

「あたすも所長さんに会えてよかったべさ。なんか伝説にある戦士様みてえだなって思っだし」

「あれ、そうなの? むしろ所長が勇者のような気がするけど」

「うーん、所長さんってなんか勇者様というより、それを助けて戦っている戦士様って雰囲気がしたべさ」

「そうなんだ。じゃあ副所長が勇者?」

「んだ。伊代さんは勇者様に近い感じだべ」

「そうなんだね」

 つか、二人共勇者な気もするけどね。


「さてと、明日もまた仕事で、明後日にひいばあちゃんの所へね」

「んだ」


 そうだ、さっきの事であともう一つある。

 父さんが亡くなったあの時、母さんがいてくれたらなあなんて思ったんだ。

 だからもう望みは薄いかもだけど、せめてどこでどうしていたかくらいは分からないかな……。



「……隼人さんのおっかあも見つかるといいべなあ」

 キクコちゃんが呟いた。

 聞こえないように言ったつもりだろけど……うん、ありがとね。


――――――


 翌日、終業時刻。

「隼人君、気をつけて行ってきてね」

 帰る前に所長がそう言ってくれた。

 明日からは長期出張、何も得られなくても十日後には一旦戻る予定である。


「はい。あの、ほんと何から何まですみません」

「いいんだよ。じゃあ、見つかる事を祈ってるよ」

「ありがとございます。では、お先に失礼します」

 俺は事務所を出て、家に向かった。




「ほんと祈っているよ。キクコちゃんだけじゃなく、君のも見つかる事をね」

 所長は隼人が出た後のドアを見つめながら呟いた。

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