第4話「駄目だべか?」

「あのな、一人暮らしの男の家に泊まる気か?」

 俺はやっとそう言えた。

「駄目だべか?」

 そんな目を潤ませないでよ。

「というかさ、俺に襲われるとか思わんのか?」

「勇者様がそんな事するはずねえべ」

 だから勇者じゃねえってば。

 てか、もしそうしても魔法で焼かれるか爆発させられそうだな。


 ……うーん、よし。

 

「分かったよ。放り出す訳にはいかないし、うちに来たのも何かの縁だよな」

「ありがとうございますだべ!」

 キクコちゃんは深々とお辞儀した。

「うん、部屋は階段上がって右手側を使って。客間で布団もあるから」

 そう言った時、俺の腹がぐうと鳴った。


「あんの、もすかしてご飯まだだべ?」

 キクコちゃんが言う。

 そりゃ帰ってきてそのままだったし。

「うん。キクコちゃんもまだだよね? 何か作るから部屋で休んでてよ」

「いんや、しばらくお世話んなるんだから、あたすが作るべ」

「それも魔法で?」

「普通に作るべさ。それで薪どこにあるべさ? かまどは何処だべさ?」

「調理器具の使い方教えるから、よく聞いてね」




 台所に入った後、キクコちゃんに一通り説明した。

「これはガスコンロって言うんだ。あ、ちょっと離れて」

 俺はコンロのつまみを回した。

「ひゃあ、火が出たべさ!?」

 おお、驚いてる。

「こうやって火力調整もできるんだよ」

 回しながら強火や弱火を見せてあげた。

「へええ。これ、便利だべなあ~」

 うん、そうだよなあ。

 誰が最初に作ったのか知らないけど、その人のおかげで今こうして便利に暮らせてるんだよなあ。


「へえ、これでごはん炊けるんだか?」

 炊飯ジャーをまじまじと見つめながら聞いてくる。

「そうだよって、そっちにもお米あるの?」

「大昔からあるけんど、美味しくないからってあんま作られてなかったみでえだべ。けんどひいじっちゃがいいお米作って美味しい食べ方広めだんで、皆真似するようになったそうだべ」

「あれ、ひいおじいさんって漁村で生まれたんだよね? だから家は漁師かと思ったけど畑専門だったとか?」

「それは教えてくれなかったべ。けど子供の頃に農家や漁師さんの手伝いに行ってたってのは聞いたべさ」


 うーん、ひ孫にも言えないってなんだ?

 ヤバいとこではないんだろけど。

 てか、米あるってどんな世界なんだよ。




 キクコちゃんは慣れた手つきで包丁を使い、大根の皮を剥いて切っていく。

 そして鍋に水を入れて出汁を取っていた。

「へえ。包丁や鍋はあるんだね」

 そっちはすぐ分かってたようだし。

「んだ。昔は錬金術で作ってたけど、数が出来ねえから高かったそうだべ」

「じゃあ普通の家にはなかったの?」

「お金持ちの家にしかなくて、殆どの人は石を削って包丁や鍬作ったり土器で煮炊きしてたそうだべ。けんどひいじっちゃが製鉄方法を広めたんで、そっから安い金属製品が出来て皆喜んでくれたって言ってたべ」


 ひいおじいさん、凄え物知りで器用だったんだな。

 俺なんかググって調べたって作れねえよ。




 できたのは炊きたてごはん、大根が入った味噌汁、切り身の焼き魚とおひたし。

「ひいじっちゃが好きだったもんだから、こっちの人にも合うかと思ったべ」

「皆が皆じゃないけど、俺は好きだよ。じゃあいただきます」

 手を合わせてから味噌汁をすすった。

「美味しいよ。うん」

 同じ材料のはずなのに、俺が作るより何倍もだ。

「よかったべ。じゃああたすも」

 キクコちゃんはそう言って魚に箸をつけるが、

「あ、魚食べていいの? 禁止されてるんじゃ?」

「禁止されたのは五年前からだし、それまでは食ってたべ。それにここは」

「はは、陛下も異世界の事までは知らんか」

「んだんだ」


 しっかし自分ちで誰かと晩飯食うのって、久しぶりだな。

 あと偶然だけど、食材いっぱい買っといてよかった。

 二人分でもしばらく充分だし。


「あ、そういや陛下って、王様の事?」

 もしくは皇帝かなと思っていたら、

「違うべ、天皇陛下だべ」

「はあっ!?」

 思わず茶碗落としそうになった。

「ひいじっちゃも最初はおでれーたと言ってたべ。別の世界にも天皇陛下がいるだなんてって」

 キクコちゃんが苦笑いしながら言った。

「そうだよなあ。てか、王様っていないの?」

「言い伝えでは大昔はたくさんの王様がいたんだけんど、仲が悪くて争いが絶えなかったそうだべ。けんど今から二千七百年くらい前に一人の王様が他の王様達をある時は説き伏せ、またある時は懲らしめて争いを収め、やがて世界を統一したんだべ。その王様が初代陛下だべさ」


 約二千七百年前か。

 って、あれ?

 日本も皇暦だと今ってそのくらいだよな?

 これ、偶然か?



 その後はこっちの事を少し話しながら箸を進め、 

「ご馳走様でした。あ、風呂沸かしてあるから入ってよ」

「え、お家にお風呂あるんだべか? やっぱ勇者様は大金持ちだべ」

 キクコちゃんがそう言った。

「いやいや、俺は金持ちじゃないって」

「そうなんだべか。じゃあこっちには普通の家にもあるべか?」

「うん。全部じゃないけど、だいたいあるかな」

「へえ~。あたすんとこじゃ村に一つしかねえ大衆浴場使ってるべさ」


 そうなんだ。

 しかしキクコちゃんの家って金持ちじゃないのか?

 ひいおじいさんがこっちの知識で大儲けしてそうなのに。

 そう思って聞いてみると、


「ひいじっちゃはお金儲けするの好きじゃなかったべ。よくあたすにも『金など生きていけるだけあればいい。それより徳を集めなさい』って言ってたべ」

「へえ。じゃあ、自分で作ったものをタダであげたり教えてたりしてたの?」

「最初はそうしてたみてえだけど、当時の村長さんに『ちゃんと代金取りなさい』って言われてからはそうするようになったって聞いたべ。んでそのお金で村に学校や診療所、さっき言った大衆浴場をこさえてくれだべ」

 彼女のひいおじいさんってホントいい人だな。

 あとその村長さんもいい人だわ。

 タダで貰ってこっそり売ってとか思わなかったんだな。

 いや、ひいおじいさんの人徳なんだろな。


「っと、お湯が冷めないうちに入ってよ」

「あたすは片付けした後で入るんで、お先にどうぞだべ」

「いや、片付けは俺がするって」

「いんや、お世話になる身だからさせてくれだべ」

 キクコちゃんは口調は柔らかいが、頑として譲ってくれなかった。

「うーん。じゃあお願いね」

「んだ」


 俺は部屋に戻って着替えを取り出し、風呂場に向かった。


 ……後でえらい目に遭うとも知らずに。

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