エスケープ・フロム・ひみつきち

 音に反応し、背後を振り向くゾンビたち。

  ゥゥ……ア……アァア……

 おれたちは目を合わせ、無言でうなずいた。

 音を出すわけにはいかない。だが、アラーム機能はずっと鳴り響くわけじゃない。試した結果、1分経つと自動で止まってしまう。

 まずはスグルからだ。ロープをつかみ、慎重に降りていく。

 ゆっくり……ゆっくり……。足音をたてないように慎重に降りる。

 次にアキト。アキトも降り、おれもロープをつかんだ。

 そっとゆっくり、幹に足を当て、一歩、また一歩と降りていく。

  ピピピ…………

 そのとき、時計の音が止まった。マズい、一分経ってしまった!

 ギクリとして時計の方を見ると、ゾンビたちは時計が落ちた場所のあたりで固まっていた。けっこう離れた距離だ。大きな音をたてなければ、きっと大丈夫なはずだ。

 そう信じて、さらに慎重に降りていく。

 そして、一歩、地面に足を下ろした。久しぶりの草の感触を靴底に感じた。

 よし!

 無言でスグルとアキトが、グっとおれに向かって親指をたてた。

 おれも片手をロープから離し、ガッツポーズする。

 そして、もう片足も地面に下ろした――そのときだった。

  カシュッ

 小気味いい音だった。

 え? あまりに軽快な、軽い音。

 それは、いま下ろしたおれの足元から聞こえた。おそるおそる足を上げると。

 そこには……潰れたスナック菓子があった。しまった!

  アァァ……ィア……アァ…………

 うめき声が一斉に聞こえた!

「わるい!」

「とにかく走っぞ!」

 ゾンビの声を後ろに聞きながら、おれたちはトラックへと急いで走り出した。

「彼らは足が遅いし、これだけ距離が離れてるんだから大丈夫、きっと!」

 スグルが自分に言い聞かせるように叫んだ!

 おれたち三人がトラックに辿り着いたのは同時。あのときから運転席のドアは開いたままだ。まずは助手席側に乗るおれとアキトが飛び込もうとし――固まった。

  ゥゥ……アァァァ……

 クソ、あのときなぜ気付かなかったんだ! 運転手に完全に目が行ってしまっていた。

 助手席には、大人の女性……いや、ゾンビがいた。

 シートベルトが締められたままで、まともに動けないゾンビは、こちらに顔を、そして手を向けうめき声を上げていた。あわてて振り返れば、ゾンビの群れはひみつきちのあった木を過ぎ、こちらへと向かってきている。

 時間がない!

 シートベルトを外してこの女性ゾンビを外に出さないと!

「おれが逆のドア開けて、シートベルトを外す。だから注意を引いといてくれ!」

 急いで助手席側の席に回る。それと同時に、

「っしゃこいやぁぁ。バッチこ~い! ほら、スグルも!」

「え、お、おお! こ、こいやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 スグルのこんな大声、初めて聞いたかもしれない。おれは息を止め、なるべくゆっくりとドアノブに手をかけ、そっと開いた。

 目と鼻の先にいる女性ゾンビ。だが、ゾンビはアキトたちの方に向いている。

 おれは息を止めたまま、シートベルトのボタンに手を伸ばした。そして――

  カチッ! シュル!

 シートベルトが音をたて、一気に縮んだ!

 と、同時、ゾンビがおれの方に顔を向けた。おれはあわててドアから離れた。

  ア……ア……ィィア……ゥゥゥ……アァァ………… 

 聞こえるゾンビの声は目の前にいる女性からだけじゃない。

 もうゾンビの群れはトラックのすぐそばまで迫ってきていた……!

 もう少しだけ女性ゾンビをおびき寄せたあと、運転席側に回り込まなきゃいけない。

 おれが足に力を込めたときだった。

「おらぁ!」

「ひぃ!?」

 変な声が出てしまう。瞬間、女性ゾンビがジャンプしてきたのだ!

 ……じゃない、目の前の地面に倒れ込んだ。

 車の中にはこちらに足を向けたアキトがいた!

「急げ!」

「お、おう!」

 女性ゾンビの横をすり抜け、おれはトラックに飛び込むと、急いでドアを閉めた。

 正面の窓は大きなヒビ。中は……木に激突したときに出たんだろう、血でひどい惨状だった。でも、正直それどころじゃない。

 スグルが車のカギを回す。

  ブォン……

 これでかからなかったら終わりだ。祈るようにおれたちはカギを見つめた。

  ブォン……ブォンブォンブォンォンォンォン!

 エンジンがかかった!

 よしあとは――

  バン!

 おれのすぐ真横から大きな音がした!

 見れば窓に赤い手形。女性ゾンビだった。

  バンバンバンバンバン!

 運転席側からも音がする! 後ろからも!

 ゾンビの群れがここまでたどりついたんだ!

『スグル!』

「わ、わかってる!」

  キュルギュルルルキュル!

 トラックが音をたて、バックした!

  ゴッ! ガゴッ! ゴッ!

 いくつもの鈍い音がひびく。そして一瞬、おれがいる側が浮き上がり――

  ガダン!

 と音をたて、大きな揺れと共に再び高さが戻った。……まるで何かを潰したように。

 去年、海でやったスイカ割りを思い出しかけたが、深く考えないようにした。

 さらにトラックがバックし、ひみつきちのそばまで下がる。

「このまま道路まで行くよ」

 スグルがギアを変えた。今度はトラックが大きくカーブを描きながら前進。木の間を通って、雑木林の出口、道路の方へと進んでいく。

 成功だ!

「よっしゃ~!」「ヒャッホ~イ!」

 おれとアキトは勢いよくハイタッチ!

 振り返れば、半分壊れたひみつきちが見えた。

 そしてそれは、すぐに木に阻まれて見えなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る