ハードラック・トラック
「と、とりあえずスグルは119番!」
「わ、わかった!」
唯一スマホを持つスグルに電話を頼み、おれとアキトは急いで木から降りた。
トラックにおそるおそる近づくが、扉が開く気配はなかった。
「やべぇよ、マジやべぇ……。どうするよ?」
おれに聞くなよ!
……いや、アキトが言いたいことはわかってる。
ドアを開けて中を確かめるかどうか、だ。
悩んでいるうちにおれたちは、トラックの正面側まで来てしまった。
「ヒッ……!」
声にならない悲鳴は、おれのものかアキトのものか……。
トラック正面の窓ガラスに大きな蜘蛛の巣のようなヒビ。しかも、それは真っ赤だった。ヒビの隙間からは赤い液体が垂れ、青いボンネットに赤い線を引いていた。
「こ、こ、こりゃやべぇぞ、マジで」
アキトが数歩後ずさる。おれもこれ以上見ていたくなくて、スグルがいるひみつきちの方に顔を向けた。
すると、おれの視線に気付いたらしいスグルは、腕で大きくバッテンを作った。
「だめだ!」
だめ?
「さっきから119番に電話してるんだけど、まったくつながらない! 近くの病院を検索して直接電話もしてみたけど、そっちも全然つながらないんだ!」
……わけが分からなかった。
わからないけど……とりあえず、この場に居続けたくはない。
それはアキトもスグルも同じはずだ。
街に戻ろう。そうアキトに言おうとしたときだった。
おれの耳に、とある音が飛び込んできた。
ガリ……ガリ……
音はトラックの方から。いや、中からだった。
横を見れば、アキトもトラックの方を見て固まっている。
おれの耳がおかしい……わけじゃないよな。
「い、生きてる……のか……?」
「……ってことだよな、たぶん……」
おれとアキトは、ゆっくりとうなずきあった。
生きているなら助けなきゃ。でも……。
その場からおれもアキトも動けない。怖くて足が動かなかった。けれど――
ガチャ
「あ!」
アキトが叫ぶ。
トラックの方を見れば、ドアがわずかに開いていた。
「アキト!」「お、おう!」
おれたちは再びうなずき合うと、ゆっくりとドアに近づいた。
そして、二人で一緒にドアの取っ手に手をかけた。
正面のガラスのヒビと血を思い出し、指がふるえる。
「せ~の、でいこうぜ」
「よ、よっしゃ」
ふかくふかく深呼吸して。
『せ~の!』
おれたちは勢いよくドアを開けた! そして、それを目にして……
「ぅ……おぇぇぇ!」
先に吐いたのは、アキトだった。となりで四つん這いになり、げぇげぇと吐いている。
口を押さえて、ギリギリのところで飲み込む。ノドが焼けるようだった。
ドアが開き、椅子から外へとダランと垂れ下がった腕。その先に……明らかにあり得ない方向に曲がった顔があった。見開いた目には、割れたガラスの破片が突き刺さっている。
遠くのスグルを見れば、腕が見えたのか、アキトが吐いてるためなのか。状況を察したらしくここからでも青ざめて固まっているのがわかった。
アキトの肩をつかんで、とりあえず立たせる。
やべえよやべえよ、を連呼するアキトの背中をさすりながらスグルと合流しに戻る。
アキトが先に吐いてくれてよかった……。自分より混乱してる人を見ると冷静になれるって以前先生が言ってたけど本当みたいだ。
だけど、このときおれは、まだ冷静でいられただけだった。この後それがわかったんだ。
……後ろから、声のようなものが聞こえた。
ア……アィ……アァア……
おれとアキトは同時に足が止まった。止まってしまった。
「……なぁ、タクミ。いまの」
「あぁ、聞こえた」
振り向かなきゃ。きっと生きてるんだ。でもあれで? 思い出しただけでも……。
でも助けなきゃ。助けなきゃ。けど……。
おれたちに動くキッカケを与えたのは、遠くからの、スグルの悲鳴だった。
「ひ……ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
スグルがおれたちを見て叫んでいる。いや、おれたちじゃない?
弾かれたように、おれとアキトは後ろを振り返った。
そして……今度こそ、おれたちも悲鳴を上げてしまった。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
ぶ ら ん
あきらかに首の折れた顔をユラユラと揺らして……。
トラックの運転手が立っていた。そして、
ア……アァァ……
うめき声を上げ、腕をこちらに伸ばし、向かってきた。
どう見たってそれは……死んでいるのに、動いていた。
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