ひみつきち・オブ・ザ・デッド

おかざき

おれたちのひみつきち

 ビニールシートを外し、枝に固定された木の板に、ググっと強く体重をかけてみる。

 よし、ビクともしない!

 おれは振り返ると、木の下からこちらを見上げるスグルとアキトに大きく手を振った。

「OK! おれたちのひみつきちは、二年経っても問題なしだ!」


「なぁタクミ、今年の夏休みどうするよ~?」

 汗でベトベトになったシャツをつまみ、パタパタとさせながらアキトが言った。

 今日は一学期の終業式だった。昼時には終わり、いつも通りおれとスグルとアキトの三人は、一緒に学校から家へと向かっていた。

 度の強いメガネをかけ、ヒョロリと身長の高い、帰宅部のスグル。

 五年の途中で野球部を辞めてから、急に太り出したアキト。

 そして、美術クラブ所属のおれ、タクミ。

 部活もクラスもバラバラだけど、家が近所で幼稚園から一緒だったおれたちは、なんとなくいまでもよく遊んでいる。

 そしておれたち三人は、毎年夏休みはどこかに遠出していた。おれかアキトの親が車を出し、キャンプに行ったり遊園地に行ったり。去年は海だった。

 そういえばあしたから夏休みだって言うのに、今年はまだなんにも決めていない。

「あぁ、どうしよっか。小学校最後の夏休みだもんなぁ」

 おれがアキトにそう返すと、アキトは深くうなずいた。

「だろ? どうせなら泊まりでずっと遠くい行ってみたいよなぁ」

「遠くって、たとえば?」

「……草津の温泉とか?」

 お前はおじいちゃんか!

「だって動くのだるいし。マジあっちぃよ……。いま雨降っても傘差さないね、おれ」

 上を向いたアキトにつられておれも空を見上げれば、そこには雲一つない快晴が広がっていた。盆地にあるここ沢見市は、夏暑くて、冬寒いのが特徴。少し前に梅雨が明けてからは、日に日に暑さが増していた。

 アキトほどじゃないけど、おれもシャツの内側は汗でビッショリだ。

 よし、決めた。今年も海だな。でなきゃプールの遊園地。

 去年行ったかどうかなんて関係ない、たったいま行きたいとこが正解だ!

 おれがそう言おうとしたとき――

「あのさ……」

 急にうしろから声がした。おれたちの数歩後ろをついてきていたスグルだ。

「ごめん、今年の夏休みはほとんど遊べないと思う」

 いつも声が小さいスグルだけど、今日は一段と小さかった。

「夏期講習もあるし、今年は別で家庭教師も来るから」

 ゲッ、マジですか。おれとアキトは顔を見合わせた。

「受験勉強って大変なんだなぁ……。俺にゃ絶対ムリだ」

 となりでアキトが心底気の毒そうな顔をした。

「もう受験まで半年ちょっとだからさ。夏からラストスパートなんだって」

 まるで他人事みたいにそう言って、スグルは頬を掻きながら苦笑した。

 特に門限がない(といっても暗くなったら怒られるけど)おれたちと違って、スグルは夕方五時までには帰らないとダメと決まっている。

 それでも、塾がない日は門限ギリギリまでよく遊んでたわけだけど。

 せっかくの小学校最後の夏休みなのに、三人揃ってどっか行くのは無理か……。

「まぁ、今日は大丈夫だし、どっかで遊ぼうよ。プールとか?」

 スグルはおれたちを追い越して先に進む。もう家まであと少しだ。

 その肩越しに見える道路は、逃げ水でゆらゆらと揺れていた。その先には山が見える。

 と、そのときだ。おれはその山を見て思い出した。

「なぁ、四年のときに作ったひみつきち覚えてる? 今日、あそこ行ってみないか?」


 自転車で三十分(途中アキトが休憩って言わなけりゃ、あと十分は早く着いたと思う)。街を出て、途中から道路を外れて山の方へ。そのまま雑木林の中に入って、さらに少し進むと……あった!

 雑木林の中で大きめの木が一本。根元から段々と見上げていけば……。

 枝の上に何枚もの木の板を通し、ロープでグルグルに巻いて固定した天上の床が見えた。

 二年ぶりだし少し不安だったけど、案外すぐに見つかったな。

 おれが最初に登って確かめたあと、下ろした昇降用のロープを伝って、アキトとスグルも上に登ってきた。

「お? 意外と小さいな……こんなんだっけか?」

「ぼくたちが大きくなったんだと思うよ」

  ギシィ……!

「うぉ!?」

 アキトが板の中央あたりを踏むと、板が軋む音がした。

「おまえ重いんだから、真ん中行くなって」

「わりぃわりぃ……って、だれがデブだよ!」

 いや、言ってないし……。

「でもまだ使えるなんておどろき。ビニールシートかけといたのが良かったのかもね」

 そう言いながらも、スグルはおそるおそる床の上に乗った。そして端の方でゆっくりと腰を下ろした。おれとアキトも続いて腰を下ろす。

 三人で座ると、もうそれだけでほとんどスペースが埋まった。

「涼しいな」

 アキトの言葉におれとスグルはうなずいた。

 葉っぱが日差しを防いでくれているからなのかな。思ったよりもずっと涼しかった。

 小学四年生の夏休み。工作の課題で、他のやつらとは違うものを作ると意気込んで三人で作った、木の上のひみつの場所。おれたちだけのひみつきちだ。

「これ、いまなら英語でSTARって彫るよね」

 床の真ん中をスグルが指差した。

 そこには三人で彫った星のマークと、【スタア】の文字があった。

「え~、そうか? それじゃRが余るじゃんか」

 アキトが唇を尖らす。

「でもなんだかカタカナでスタアってダサくない?」

 たしかに。スグルのス、タクミのタ、アキトのアで、スタア。三人で考えたときは盛り上がったけど、いま考えると英語で書いた方がかっこいいかもしれない。

「おれもそこはスグルに同意。せめてアは伸ばし棒のがよかったな」

「それ俺の名前違っちゃうじゃん!? アキトじゃなくてア~キトになるじゃん!?」

 アキトの嘆きと、おれとスグルの笑い声が重なった。

 笑い疲れたところで、おれたちは紙皿を取り出した。

「……やっぱ、三人で遊ぶの楽しいな」

 それぞれが持ってきたスナック菓子やチョコを皿に広げていくなかで、スグルがぼそっとつぶやいた。

「受験が落ち着いたらまた遊べばいいじゃん」

「いつ終わんの?」

「受験だから、二月の頭までかかるよ」

 まだ半年以上だ。その間ほとんど勉強なんておれなら耐えられない。

 同じことを思ったのか、アキトも長々とため息を吐いた。

「なげぇなぁ。中学別々のとこ行ったら、日曜ぐらいしか会えないってのに」

「う~ん……家から通えるところならいいけど、入るとこによってはそれも難しいかも」

 え、スグルの家、引っ越すの!?

 スグルは首を振った。

「親は引っ越さないよ、仕事もあるし。でも、入る学校によってはぼくは寮に行くかも」

 中学で寮に入る。そんなの別世界の話だと思ってた。思わずあ然としてしまったおれたちに、スグルはペットボトルを手渡してきた。

「まぁ、まだ先の話だし、いまはどうなるかわかんないよ」

 おれたち全員がボトルを持ったところで、スグルが最初にボトルをかかげた。この話はこれでおしまいってことだ。スグルがそのまま乾杯の音頭を取った。

「それじゃあ! かんぱ――

  ブー……ブー……

「あれ?」

 リュックサックから何か音がした。スグルのだ。

 あわててスグルはチャックを開くと、そこからスマホを取り出した。

「え、お前スマホ持ってたの!? いいなぁ」

 驚きの声を上げるアキトに、スグルは苦笑した。

「夏期講習で帰りが遅くなるからって、こないだ渡されたんだ。でも制限かけられててゲームも入れられないし、あんまり意味ないよ。……って、あれ、お母さんだ」

 スグルはスマホを耳に当てた。途端、

{スグル!? いまどこにいるの!?}

 な、なんだ!?

 こちらにまで聞こえてくるぐらいの、スグルの母さんの大声がひびいた!

 唯一腕時計をしてきていたアキトの方を見る。が、アキトはすぐに首を振った。

 掲げた黒いデジタル腕時計に表示された時間は2:40。まだまだ門限までは時間がある。スグルもそう思ったんだろう、戸惑うように言った。

「ど、どうしたの? いまタクミとアキトと一緒だけど……まだ門限までは――」

{それどころじゃないの! いい!? 早く街から――}

 ぷつりと……。

 そこで音声が止んだ。

「お母さん!? もしもし!? もしもし!?」

 スグルがあわてたようにスマホをタッチし、再び耳に当てる。

 数秒、数十秒……そして、スマホを耳から離すと、ゆっくりとおれたちの方を見た。

 何が何だかわからないという顔で。

「突然、電話が切れた。かけ直したけどつながらない……。一体なにが――」

「おい」

 突然、アキトがスグルの言葉をさえぎった。

「何か聞こえねぇか?」

 そう言われて、耳を澄ます。

  ブロロォ……

 聞こえる。車の音だ。こんな道路からかなり外れた場所で?

 しかも……

「なんだか、近づいてきてない?」 

 スグルの言葉に、おれとアキトはうなずいた。

  ブロロロロロロロォ……

 もうハッキリと音が聞こえた。

「でもなんでこんな場所で……」

  ザザザァッ!

 突然だった! 茂みから、大きな青いカタマリが飛び出してきた!

 森の中じゃ、見ることなんてないはずの青。

 あれって、トラック!? 青一色に塗られた小型トラックだ!

「なッ!?」

 それは、そのままおれたちのいる木の真横をすり抜けていき――

  ドゴンッ!

 振動が木の上まで伝わってきて、おれたちは思わず肩をすくめた。

 音が止んで少し経ち……おれはゆっくりと目を開き、音のした方に目を向けると。

 そこには、白い白煙を上げ、別の木にぶつかって止まった青いトラックが見えた……。

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