三十一、羽根
リンリンと鈴が鳴っていた。
どこで?
リンリン、リンリン、繰り返し鳴り続けている。
でもよく耳を澄ますと、鈴とは少し違って聞こえる。
リリリン、リリリン。
金属の、細かなパーツの、精巧な噛み合いが、僅かに震えて摩擦して立てる音にも聞こえてきた。
どこから?
耳を澄ます。
やがてそれは、高らかに囀る鳥の鳴き声に呼応していることに気づいた。
鳴き交わしている。
鈴鳴るような小鳥の歌声。
いつか聴いた歌はこう語っていた。
翼があれば空を飛べるのに。
空を飛んで自由になれるのに。
悲しみを忘れ、飛んでいけるのに。
翼があればいいのに。
きっとそうだろうと自身も思った。
ある日、羽根を生やした人を見つけた。
男か、女か、大人か、子供か、わからない。
うっすらと向こう側の景色が透けて見える美しい羽根を持っていた。
全身は黒く艶やかだった。
その人は、少し歩むと飛び立った。
飛び立とうとした。
地面から、両足が少し離れて、羽ばたき、浮かんだ。
風が来る。
透ける羽根が風を受け止め、僅かに震えて、
その人はコロリと転がった。
生やした羽根を下にして、仰向けに引っくり返った。
何度やっても同じだった。
歩く、飛び立つ、浮かぶ、宙返る。
風が吹くたび、羽根が受け止めるたび、コロリと無様に引っくり返る。
引っくり返って、ジタバタともがく。
もがいて、焦って、アタフタとして、みっともなく起き上がり、また、転がる。
羽ばたくほどに、飛び立つほどに、その人はだんだん後退していった。
前に進まないどころじゃない。
ゴロンと背中側から後ろに転がって、そこからまた飛び立つけど風に圧されてゴロンとなって。
これはダメだ。
見ているだけで分かった。
あれではどこにも向かえないし、辿り着けない。
生きてもいけない。
ある夜、羽根を生やした人に出会った。
白くてキラキラで銀をまぶした美しい羽根を背負っていた。
男か、女か、子供か、大人か、知らないけれど立派だった。
大きな円い瞳をしていた。
幾重にも世界を見渡せそうな目をしていた。
その人は優雅に飛翔していた。
何重にも旋回していた。
永遠に旋回していた。
白銀に煌めく月に惹かれて、ずっとずっと踊っていた。
どこまで行っても届きやしない。
細い両手を高く差し伸べて、ずっとダンスを踊っている。
望みのままに舞い上がり、飛翔して、旋回し、全身に月の光を浴びて飛び回っていた。
同心円で。
グルン、グルン、と。
永劫に回り続けるかに思えたその人は、不意に気づいたように行く先を変えた。
綺麗に輝く白銀の月は、黒々と夜を湛えた池の水面にも浮かんでいた。
立派な羽根をひらめかせ、その人は月に向かって飛翔した。
グルン、グルン、と旋回し、やがてボチャンと月に沈んだ。
ゆらゆらと水が月光を撥ねている。
夜空では月が陽光を撥ねている。
ある明け方、囀る鳥の歌声を聞きながら、飛べない鳥のことを思った。
エミューとか、ペンギンとか、ダチョウとか。
それからペンギンは除外した。
あれはもう、鳥ではないような気がしたから。
鳥と言うより海獣に近い。
彼らの翼は空を飛べないけど水中をびゅんびゅん飛ぶように泳げる。
彼らの翼はもはやヒレだ。
クジラやイルカにあるのと同じだ。
トビウオはヒレで空を飛ぶ。
イルカは尾びれで海上を跳ねる。
ペンギンは翼で海中を飛び回る。
ダチョウの羽根はなんのために使う?
ある夕暮れ、リンリンと鈴が鳴っていた。
金属片の微かな振動。
それとも囀る小鳥の鳴き声。
或いは風にそよぐ風鈴。
翼もないのに飛んでく綿雲。
雷鳴が轟く。
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