十六、王子と姫とサーカスと・4

拝啓 わたしのプリンス様


 梢に小鳥のさえずる頃、いかがお過ごしでしょうか。

 あなたの居ない毎日は、とっても退屈です。まるで城中の灯火がすべて吹き消えてしまったよう。お庭のお花も色褪せて感じられます。いい匂いのする風も、なんだか頬に冷たいばかりです。このところ気候が良く、青空が続いていますが気持ちはちっとも晴れません。空の色は涙の色に似ていますね。お日様みたいなあなたの髪が恋しいです。

 最近、とても嫌なことがありました。いいえ、嫌なことなんかじゃありません。最低です。最悪です。こんな酷いことがあって?

 ええ、そうです。あなたも聞き及んでいることでしょう。わたしに許婚いいなずけができました。

 信じられない!

 あんな人、大嫌いよ。

 知っているかもしれませんが、その人は隣の国の王子様です。王子様ですって!? とんでもない。あたしの王子さまは彼だけなのよ! 知ってるでしょう?

 なのに、お父様はあの人を「王子」だと言って、わたしの「許婚」を紹介したのです。なんてこと! 許婚なんて、お父様がお許しになってもあたしは許さないわ!

 その人は金髪です。でも、あなたの金髪とは全然違います。だって、可笑しいのよ、毛先は金色じゃないんですもの。あなたの髪より少しは素直なかたちをしています。丸く頭を包んでいてね。あなたの髪はわたしと同じで、ちょっとばかり強情ですものね。でも、太陽みたいに美しくてよ。燦々ときらめいて、輝かしい、眩しい、黄金の絹糸でできてるものね。あたしたち、同じだわ。でもあの人の髪は違います。

 例えるなら……、そうね、ロウソクの火を思い浮かべてください。あの炎は上と下では色が違っていますね。根元は明るい黄色で、先の方は赤っぽく橙色でつぼまっています。あの人の髪はそれみたいなものです。毛先に行くほど金髪ではなく、茶色のような赤毛のような。少しも素敵ではありません。

 ええ、そうね。わかっていてよ。たとえあの人の髪が完璧に純粋な金髪だったとして、あなたの髪より素敵と思うことはないし、もしも、仮に、万が一よ、髪だけはあなたより素晴らしい金髪だと思ったとしても、だからと言ってあの人を素敵だと感じることはないでしょう。

 わたしの王子さまはただ一人です。

 隣の国の「王子」だというあの人は、多分、恐らく、彼に比べてなんら見劣りするとことはないのでしょう。年頃はわたしに彼より近いのだし、身分だってそうです。背はあまり高くありませんが、細身で姿勢が良いのでスラッとして見えます。白い隣国の王家の衣装も似合っています。淡い青色の縫い取りがあってね、裏地も同じ薄水色のシルクなの。肩には金婁が下がっていて、六つのボタンは銀製です。それだけはちょっと素敵。お洋服に罪はないものね。

 人柄は……よくわかりません。口をきいていないの。廊下ですれ違っても、わたしはあの人に見向きもしません。お食事の時だってそう。うっかり目が合うことがあっても、すぐにそっぽを向くようにしています。もちろん、わたしのお部屋へ入ることを許したりなんかしていません。

 だけど、そうね、多分だけれど、優しい人です。わたしがそんな態度を取っても、怒ったことがありません。でも、もしかして気が弱いだけかもしれないわ。いいえ、そんなことはないのでしょう。あの人の目は、わたしをしっかり見つめて、自分から目を逸らしたことはないのですから。

 そう、目。意志の強そうな、琥珀色の目をしています。明るい色です。笑顔も明るいものでした。お父様や他の方とお話しするとき、あの人は朗らかな笑みを浮かべ、快活そうな声を出します。初めてわたしが引き合わされたときも、あの人はニコニコと明るい笑顔を向けてきました。きっと、性格も明るい人なのでしょうね。

 優しくて明るい人は魅力的です。あなたがそうだったもの。でも、あの人は違う。

 あの人の性格がどんなによくても、容姿がそれなりに優れていても、身分が相応しいものであっても、ですがそんなことは問題ではありません。あなたなら分かってくれるわね。

 あなたの居ない毎日は、退屈だと書きました。嘘です。退屈どころではありません。あの人が来てからというもの、わたしは毎日とても嫌な気分です。不幸だわ。こんなことってある? どうしてそばに居てくれないの? あなたも、彼も、あたしにあんな男を宛がって、勝手にどうぞと放置するのね。ひどいわ。嫌いよ。大嫌い!!


――愛を込めて

不幸なあなたのプリンセスより





 読み終えるなり溜め息がでた。

 レースの透かし模様が入った白い便箋はほのかな花の香り付き。書かれた文字は美しく、いかにも貴族の子女らしい端整さとやわらかな筆跡で綴られている。二枚の便箋を折り畳んだ時にすべての角がぴったりと合うのも、いかにも丁寧で躾が行き届いている。

 が、しかし。なんと幼稚な内容だろうか。「大嫌い」で締めくくられた手紙を見たのは初めてだ。受け取った者は途方に暮れてしまうだろう。返事のしようがない。

 その手紙は机の上に置かれていた。

 机といっても執務用の堅苦しいものではない。平時、くつろいで過ごすときに本や茶器を載せたり、少しばかりの書き物をするのに使うローテーブルだ。幅は両腕を広げたよりずっと小さく、ソファの方がよほど大きいくらいのものである。つまり、何か物が置いてあればすぐさま目につく。

 その机に、手紙は開いた状態で置かれていた。封筒にしまうために一度たたんだものをわざわざ開いて、これ見よがしに机の中央に置かれていたのである。綴られた内容をあらためるのは当然の成り行きだろう。

 封筒らしきものは見当たらなかったが、読み始めてすぐ、自分宛の手紙でないことは察せられた。差出人が誰であるかも。確証はないが、恐らく予想は正しい。

「何をやっているんだよ、まったく……」

 思わず声に出して嘆いた。

 他人宛ての手紙を見せつける行為もさることながら、そのために他人の部屋へ忍び込むとはいかがなものか。もちろん、将来妻となる女性が未来の夫の部屋に入っていけないことはない。求められればいつでも応じるつもりでいる。が、しかし、求められた覚えはない。手紙は知らない間に置かれていた。

 嫌がらせなのか。嫌がらせなのだろうな。

 ついていた折り目の通りにたたんだ便箋を机に戻し、どっかりとソファに身を沈めた。腹は立たない。呆れが勝るせいだ。

 自身は彼女の婚約者としてここに来た。厳密には、まだなんの成約の儀も執り行っておらず、婚約「予定」者と言った方が正しいが、それは些末なことだ。彼女はこの国の王女様である。その王女様と結婚するために、自身は祖国を離れてやって来た。それぞれの国の王が決めたことであり、変更の予定はない。安易に変更される程度のことなら、そもそも約束なんてとりつけない。国家間とはそういうものだ。つまり、今更何を言っても仕方ないのである。

 そんなことは分かり切っているのに、こんな手紙を見せつけられて、いったいどうして欲しいのだろう? 正直、途方に暮れてしまう。これを受け取った人は困り果てるだろうと想像したが、それは自身も同じである。

 だいたい、彼女はこの手紙をどうする気なのだろうか。元から嫌がらせをするためだけに綴ったわけではないだろう。よくは知らないが、そこまでひねくれた性分の娘とは感じられない。手紙にもあった通り、彼女はろくに口もきいてくれやしないし、目も合わせようとせず、露骨にこちらを避けてはいる。が、冷淡を装おうとはしているものの、目を逸らした後は気まずそうな表情を浮かべるし、こちらの言葉を無視している時などは悔しそうに唇を噛んでいて、彼女自身、そうした行為を善くは思っていないのがありありと見て取れる。嬉々として悪事を働くタイプでないのは明白だ。ならば、この手紙も悪意を込めて綴ったものではなく、本来通りの意味での手紙として、恐らくは彼女の双子のきょうだいに宛ててしたためたものだろう。

 それを、こんなふうに使ってしまうとは。読まされた人間が破り捨てる可能性は考えなかったのだろうか。普通、怒るだろう。ちっとも怒っていない自身が言うのも説得力に欠くかもしれないが、普通は怒る。書かれているのは殆ど自身に対する悪口だし、――もっとも、それについては徹底しきれておらず、多少褒められている気がしないでもないが――婉曲な表現ながら意中の男性が他にあることまで記されている。怒らないわけがない。読み終えるなり破り捨てたとしても少しも不思議ではないはずだ。それとも、弱小国家の末席王子には大国の姫に盾突く気概などないとでも? いや、彼女はそうは考えていないだろう。そういう考え方をする娘でないことはなんとなくわかる。それにしても、だ。

「はぁ……」

 投げやりな視線を机の上の手紙に向けながら、何度目かのため息が出た。自国に居た時は、こんなに溜め息をついたことなどなかったのに。どちらかと言えば、少々脳味噌が足りないくらい明るい人柄で通っていたはず。

 破り捨てようとは毛ほども思ってはない。破ったところで書かれた内容が覆るわけでもなし、彼女を泣かせてしまうだけだ。そう、きっと泣くだろう。もしも手紙を破られたら、そうされてもなんら不自然でない状況にもかかわらず、彼女は泣くのだろうと思う。それは可哀想だ。可哀そうに思う必要などない気もするが、それはそれとしてやはり、可哀想に感じる。いい気味だとほくそ笑む気にはならない。

「参ったな……」

 結局、その一言に尽きた。





 コン、コン、コン、と控えめなノックが鳴った時、姫は机に向かっていました。猫脚の、赤みを帯びた木目の美しい丸い天板を持つ机です。揃いの椅子はやはり猫脚で、優美な曲線でどこもかしこも出来ています。クッションを置かなくてもとても座り心地がよいのが姫のお気に入りです。

 椅子に座った姫の周りには、たくさんの紙屑が転がっていました。どれも白の便箋で、光に透かすと繊細なレース模様が浮かび上がります。薔薇の香り付きです。でも今は、丸められて床に転がっています。手紙の書き損じでした。

 姫は大好きな王子に宛てて、一通の手紙をしたためました。使った便箋は二枚です。綺麗に二つに折りたたんで、一度は封筒にしまいました。ですが、ふと思い立ってそれを取り出すと、姫は書いたばかりの手紙をある場所に置いて来てしまいました。どうしてそうしようと思ったのか、あとになるとはっきりとはわかりません。

 手紙を置いてまた、自分の部屋に戻ると、しばらくはテラスから庭を見下ろして過ごしました。頭の中はさっき置いてきた手紙のことでいっぱいです。それで、仕方なく、もう一度手紙を書き直すことにしました。王子宛ての手紙を違う人のところに置いて来てしまったのですもの。新しく書かなくては手紙が出せません。

 姫はもう一度同じ手紙を綴るつもりでした。ですが、どうしても同じにはならないのです。それで、何度も何度も書きかけては、丸めて床に放り出してしまっていたのでした。

 ノックの音を聞いた姫は、弾かれたように顔を上げました。一瞬、手紙を呼んだ王子が早速訪ねて来てくれたのかと思ったのです。でもそんなはずはありません。すぐに気づいて、表情を悲しくさせました。姫の頬を美しい金色の絹が包んでいます。前より少し長くなった金髪です。前、というのはつまりいつのことでしょう? 王子が居なくなってしまった日のことでしょうか。姫にもちょっとわかりません。

 一対の大きな宝石みたいな青い瞳で、姫はじっと扉を見つめました。お付きの侍女にはしばらく一人にしてくれるよう言いつけています。急用ができて伝えに来たのでしょうか? いいえ、そんなはずはありません。なぜなら、姫にはつつがなく暮らすほかに、城でなすべきことなどないからです。

(まるで籠の鳥だわ)

 姫は思いました。今頃、王子はどうしていることでしょう。城から遠く離れた土地で、馬を駆っているかもしれません。広々とした草原で風に吹かれるのはどんなに気持ちがいいでしょう。或いは、剣術の稽古中でしょうか。幾人もの剣士を次々に倒して誇らしげに笑っているかもしれません。はたまた、領地運営や帝王学について、難しい顔をしながら教わっているところかもしれません。だとしても、退屈よりはマシでしょう。姫は暇を持て余しています。王子が居た頃は、毎日遊ぶのに忙しくて勉強なんて好きではなかったのに、今では暇つぶしに誰か教鞭をとってくれないかと願う程です。ですがもう、レディとして必要な教養は身に着け終えている姫に、勉強を教えようという人は居ません。

 コン、コン、コン。

 返ってこない応答に、先ほどより強めにノックがされました。姫は書きかけの便箋を、ちょっと乱暴な仕草で丸めます。床に散らかしながら立ち上がりました。

「はい。どなた?」

 返事をしながら鏡を覗きます。金細工が複雑なツタ模様を描いた大きな楕円形の姿見です。楕円の頂上では宝石の嵌め込まれた蝶々が向かい合わせに花の蜜を吸っています。

 鏡に映る姫の顔色はあまり冴えません。王子が居なくなってからというもの、姫はほとんど城から出なくなりました。日に当たる機会が減って、白い肌はますます白く、抜けるようです。侍女たちは羨ましいと褒めそやしますが、あまり健康的な感じではありません。体は前よりほっそりとして、胸とお尻がやや膨らんで、腰のくびれが目立ちはじめています。少女から大人の女性の体への過渡期です。ドレスに皺がないのを確かめて、姫は扉に向き直りました。

 扉の向こうからは逡巡するような間のあと、男性の声が届きました。

「扉を開けてくれないか。返したいものがある」

 それは紛れもなく王子の声でした。でも、姫の大好きな王子ではありません。大嫌いなほうの王子、王様が姫の許婚に決めた異国の王子です。

「……返すって、何を返すつもりなの」

 許婚の役目を返上してくれればいいのに。姫は心の中で言いながら、固い声を返します。また、扉の向こうで逡巡するような間がありました。

「君が置いて行った手紙だ。必要なものじゃないかと思って持ってきた」

 その言葉に、姫の顔がくしゃりと歪みました。

「どうしてよ。捨ててしまえばいいじゃない!」

 姫の声は甲高く、閉じた扉の頑丈な木材にぶつかりました。少し震えています。

「でもこれは俺宛てじゃないし、俺の持ち物でもない。勝手には捨てられないよ。間違ってるか?」

 ブンブンと激しく姫は首を振りました。もちろん、扉の向こうにいる人には見えません。あんまり激しく振ったので、姫の大きな両目の端から、小さな透明な欠片が飛び散りました。くらりとして、つま先の尖った艶やかな靴に包まれた両脚が踊るようなステップを踏みます。すぐにもつれて姫は床に倒れてしまいました。

 その音を聞きつけたのでしょう。姫の許しを得ないまま、部屋の扉が開かれます。床に伏した姫を見つけた王子がすぐさまそばへと駆け寄ってきました。

「怪我は⁉」

「触らないで!」

 助け起こそうとした異国の王子を、姫は強い言葉で撥ねつけました。瞬間、伸ばしかけた王子の手がびくりと震えます。姫の近くに片膝をついたまま、身を強張らせて押し黙りました。

「来ないで! 嫌いよ! 近づかないで!」

 自分で起き上がりながら立て続けに短く叫ぶと、それきり姫は堰を切ったように捲し立て始めました。

「どうして! わざわざ手紙を持ってきたりなんてするの⁉ 嘲笑うため⁉ そうでしょう⁉」

 矢継ぎ早に尋ねる姫は、ですが返事を待ちません。相手の顔も見てはいませんでした。耳を塞ぐように両手で頭を押さえながら、座り込んだ自分の膝に向かってしゃべっています。

「馬鹿だと思っているのね。自分で自分を不幸だなんて言って、くだらないと思っているのでしょう。大事に甘やかされて育ったお姫さまが馬鹿な我が儘を言っているって」

 王子はあまりの剣幕に、目を瞠って姫を凝視しています。言葉を挟む隙はありません。

「そうよ、あたしは姫なのよ。大きなお城に住んで、毎日ご馳走を食べて、立派なベッドで毎晩眠るの。貧しい人に比べたらちっとも不幸なんかじゃない。豊かに贅沢に暮らしているわ。だけど、だから何だって言うの?」

 姫は顔を覆い隠しました。時々裏返る声は、嗚咽しているようです。あんまり捲し立てるので、息が乱れて肩が大きく上下しています。

「食べる物がなければ、食べ物があれば幸せなのにと思うのでしょう。寝る場所がなければ、屋根のあるところで暮らせたら幸せなのにと思うのでしょう。素敵な家を手に入れたら、素敵な服も着られたらいいのにと願うのだわ。素敵な服を身に着けたら、自慢する友達が欲しくなる。友達がたくさんできたら、特別な相手が見つかればいいと願う。その人と結ばれたら幸せなのにと願うのよ。満足なんてしやしない! 人間は貪欲だわ。あたしだっておんなじよ。それの何がいけないの⁉」

 王子は姫を宥めようと手を伸ばしますが、背中に触れそうで触れない距離で、それ以上は伸ばせません。苦しそうな顔をして、髪を振り乱す姫を眺めるばかりです。

 姫の言うことはあながち間違ってはいません。ですが、それを不幸だと嘆いたところでどうなるというのでしょう?

「あなただって一緒のはずよ。知らない国に連れて来られて、知らない女の夫になれと言われて、知らない人ばかりの知らないお城で暮らして、幸せなはずがないでしょう? あたしの手紙を読んで傷つかなかった? あたしはあなたが嫌いなのよ⁉ はっきりそう書いたはずだわ。あなた以外の人が好きなの。それを知ってどうともないの? だから手紙を届けに来たの? どうせ政略結婚なのだから気持ちがなくても全然平気? それであなたは幸せなの? 最低だわ! 信じられない。大嫌いだわ! 嫌い! 嫌い! もうどこかへ消え失せてしまってよ!」

 そこまで言うと、さすがに姫の言葉も尽きてしまったのでしょうか。再び倒れ込むように床に突っ伏して、泣き咽びだしました。まるで駄々をこねる子供みたいです。

 王子はしばらく呆然とした様子で見守っていましたが、やがて肩を落として溜め息しました。

「つまり、君は俺を傷つけたくてあの手紙を置いて行ったってこと? 俺は怒り任せに手紙を破り捨てればよかったのか?」

 ぶんぶんぶん、と姫は床に顔をこすりつけるように首を左右に振りました。

「じゃあどうして欲しかったんだよ」

 姫は返事に詰まりました。姫にもわからなかったからです。どうしてあんなことをしたのか、それでどうしたかったのか。戻ってからじっと考えて、それらしい理屈をつけてみましたが、本当のところでは納得していませんでした。

「……わからない。ただ、こうしたら良いんじゃないかと思いついてしまったのだもの」

 弱々しく告げた姫の声に、王子はふうと息を吐き出しました。次いで、険しい表情や呆れ顔や嘆かわし気な表情などを浮かべてみますが、どうも違うなという様子で首を傾げます。最後に、少し困り顔に似た笑顔を浮かべました。

「なんにせよ、君が初めてまともに返事をくれたのは僥倖、かな」

 言って、王子は姫に右手の平を差し出しました。姫は伏せていた顔を少し持ち上げて、ようやく王子の顔に目を向けます。そこに眩しい、でも眩しいだけではない笑顔を見つけて、驚きに目を開きました。

「怒ってないの?」

「怒ってはいないね。呆れてはいるけれど。大国の王女様がこんな癇癪持ちとは意外だった。でも、こうして会話できているのだから一歩前進だ」

 なんて前向きな言葉でしょうか。それこそ呆れてしまうくらいです。

「やっぱりあたし、あなたのことが嫌いだわ」

 言いながら姫は王子の手に手を預けました。

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