第2話 ラフカディアという来訪者

 ムスコとの再会後、私は尿意を感じ、校内を出る前にトイレに向かい扉の前に立った。

 しかし、ここで思ったのが息子のいない状況で私は男女のどちらのトイレに入るべきか悩んだ。

 ママは私を女と認識しているようだから、やはり女性トイレに入るべきであろう。しかし、入った途端に中にいた女性に「キャー、ノビタサン ノ エッチ!」というシチュエーションになってしまう可能性もゼロではない。ならば、普段通り慣れた男子トイレの個室で用を足すのが一番ではないかと思うが、その逆パターンに陥るのもあり得る。男性もまた女性がトイレに入って来たとき、乙女のような悲鳴を上げる事がある。例えば阪急電車のトイレでは一日千件もの同様の事件が発生しているのは皆様、イカ臭い読者もご周知の事であろう。

 ここで私は一つの決心が付いた。せっかく、女性なのだから女性のトイレを視察するのも悪くないのではないかと思い私は意を決して扉に手を伸ばした。

「少年、そこは女子トイレだぞ」

 背後から声をかけられた私は冷や汗を流した。

 私は後ろを振り向くとそこには一人の女性が立っていた。

 夏だというのに赤いジャケットを羽織り、大きなグラサンをかけていた。

 異国の人間か頭の可笑しい美大生か、はたまたアニメの世界から抜け出した萌えキャラだろうか、この日本では見られないオレンジ色の長髪をしていた。

 オレンジ色と言っても、ミカンやオレンジと言った柑橘類の色よりも明るくはないし、酸っぱい臭いもしない。無論、私は柑橘類が大の嫌いだ。食べれるとしてもパフェやケーキの具として入っているモノしか口にしない。

 さて、私はこの場合どうしたら良いのだろうか? 

 一目散に逃げるべきか、それとも目撃者を消すため常日頃に持っているタミヤスプレーで目潰しをするべきか悩んだ。そして私の導き出した答えはこれや!

 もたもたしながらカバンの中からスプレーを取りだし、サングラス野郎に吹きかけようとした。だが、その瞬間、二人の間で大きな破裂音が廊下で轟いた。

 見ると手に持っていたスプレーは爆発したように吹き飛んでおり、手のひらには切り傷が出来て血がポタポタと流れていた。

 そしてグラサン野郎の手には西部劇のカウボーイが持っている拳銃が握られていた。

 銃口からは硝煙が立籠めており、火薬の匂いがした。

「撃ちました?」

 私は気の抜けた声で尋ねた。

「多分、撃ったと思うぞ。そっちは死んでないかい?」

「恐らく、まだ死んでいないと思います」

「本当か? 私に言わせれば少年は社会的に既に死んでいるように思えるが・・・・・・もう一発、撃っとくか?」

「そうした方が良さそうですね」

 私たちは一体何の会話をしているのだろう。この時、私は焦りもしなければ漏らしもしなかった。こんなシチュエーション、私たち以外で誰が体験していようか。

 するとどこからtもなく、廊下の奥から誰かが、

「何の破裂音だ! 襲撃か? 河童を放て!」

 と複数人の声が響いてきた。

「どうやら、ここにいては不味いな――――そこの少年、私と共に逃げるかい?」

「逃げるったて、どこに逃げるんですか?」

 私はようやく理性を取り戻して聞き返した。

「とりあえず、そこの女子トイレに隠れるとしよう」

 不本意ではあるが、本初の目的通りに女子トイレに潜入することが出来たので断る理由がなかった。私はグラサン野郎の提案にうなずき、トイレに駆け込んだ。

 高校と違ってトイレは綺麗だった。

「とりあえず、一緒に個室に行こうか」

 ラフカディアは息切れしながら言った。

「キモオタ見たいに言わないでください」

 同意無き状態で僕達は狭い個室に入った。実際、これが逆ならば犯罪であろう。恐らく、読者はしてはいないと思うけど現実は多種多様な輩がいるせいで獄中からこの本を読んでいるト考えるならあり得ない話でもない。

 そうこうしていると爆発音を聞きつけた人達がトイレ前に到着し、トイレ内まで入って来た。

「さて、ここからどうしますか? 外に出れなくなってしまったではないか」

「どうしてだ?」

「だって、女子トイレに男子がいたら終わりじゃないですか? ここで物語を終わらして良いわけがない」

「任せろ、私に打開策がある」

 そう言うとサングラス野郎は手に持ったカバンの中をあさり始めた。そして一着の服を私に差し出した。

 それは冬用のセーラー服であった。

「恐らく、少年は変な奇術にかかっておるな。外見は男であるが認識上では女に見えてしまう」

「それがどうして女装する必要があるんですか?」

「お前は女が男装していたら、変だと気が付かないのかい?」

「それは確かに気づくと思います・・・・・・んっ、どうしてあなたは私が男性って分かったのですか?」

「そんなのは簡単だ。君から美しい美少年の香りが微かに下の方から漂っているからだ」

「嘘だァッ!!!」

「冗談だよ。私は眼が見えないから、視覚的に君を女だとは認識されないからだ」

 そう言うとグラサン野郎のトレンドマークであるサングラスを外し、私に眼を見せた。

 その眼は青白く瞳は私を見ているが、まるで見透かされている風に感じた。

「あまり、気分の良い物じゃないだろ」

「いや、そういう訳ではないです。ただ」

「ただ?」

「こう言うと失礼に感じるかもしれないですが。私はその瞳が怖いと同時に美しくも感じるのです」

「ほほ、口説かれるとは思っていなかった。妊娠してしまいそうです」

「前言撤回です。その性格のせいで汚らしいです」

 すると個室のドアを叩く音が鳴った。

「誰かいるのか? とっとと出てこい!」

 ドアの向こうには荒らげた声の主がいた。

「さあ、早くこのセーラー服を着るんだよ」

 私は仕方なく、そのセーラー服を着ることにした。

「絶対に見ないでくださいよ」

「見えないから安心しろ」

 私は上着を脱いで下着姿になり、セーラー服を来た。セーラー服のサイズは悔しい程にもピッチピッチでエチエチであった。

 脱いだ服はラフカディアのトランクの中に入れると個室のドアを開けた。

 扉の外には学ランを着た丸刈りとモヒカンの大学生たちが取り囲んでいた。

 その正面に立つ鉄マスクを付けた上半身全裸の人物が詰め寄ってきた。

 私は一瞬、女装がバレたかと思った。

「間違いない。二人とも女だ。連中じゃない」

 鉄マスクの男が言うと周りの連中は、女子トイレから出て行った。

「いや申し訳ない。私達は学徒会のモノですが、ここで破裂音が鳴ったとのテレパシーがあったので襲撃に着たのですが何か知りませんか?」

 私は首を横に振ると鉄マスクの大学生はガッカリしたようなため息をついた。

「そうでしたか、ようやく奴らを見つけたと思ったのに残念だ――」

「あなた達は」

 私が尋ねると鉄マスクは教えてくれた。

「学徒会ってのは昭和の学生運動に対抗すべく鎮圧と暴力を持って創設された団体なんだ。主な活動は、大学内での乱闘や素行の悪い学生達を粛清して、世界平和に貢献している。しかし、ここ最近、尻目の会との戦闘によって多くの学徒兵が命を落として、欠員が激しいんだ」

「尻目の会? まだ、そんな過去の集団が残っているのか」

 ここまで黙っていたラフカディアの口が開いた。

「あんた、尻目の会を知っているのか!」

 鉄マスクの男が荒げた声で訊く。

「ああ、しかし最後に見たのはベトナムの地で全員死亡が確認されたハズだが」

「いや、確かに尻目の会は去年からこのキャンパスを拠点として、学生達を襲撃している」

 その言葉から鉄マスク越しに深刻な状況が伝わってこなくも無かった。

「兄貴・・・・・・」

 女子トイレの扉が開くと同時に、血だらけの状態で鉄マスクの仲間が倒れ込んだ。

「アッシュ!」

 鉄マスクが叫びながら、駆け寄った。

「尻目の会――にやられた。奴らは・・・・・・」

 アッシュと呼ばれた鉄マスクの仲間はそう言うとそれ以降、何も言わなかった。

「オイ、どうしたんだよ! 奴らが何だってんだよ!」

「もう、楽にしてあげなよ。そいつ、死んでいるんだから」

 ラフカディアの口から信じられない言葉がでだ。

「でもよう、さっきまで普通に生きてたんだぜ!」

「どんな日常においても死はどこにでもある」

 ラフカディアの言葉に鉄マスクはアッシュの亡骸をトイレの便座に座らせると、

「仇は絶対に取ってやるからな。あんたらも早く、このキャンパスから離れるんだ」

 鉄マスクはそう言うとその場を後にして去って行った。

「どうしましょうか」

 私は状況が飲み込めず、なんとなくラフカディアに訊いてみた。

「助手がまだ校内に居ますので、合流次第、ここを去ろうかな。それに尻目の会がいるとなれば、とっととこの町から離れた方が良いからな」

「そんなに尻目の会って、やばい連中なんですか? 名前からは想像出来ないですが・・・・・・」

「ベトナム戦争の時、アメリカ軍を一週間で劣勢に追いやったヤバイ連中だ。私の友人も一人しか生きて帰ってこなかった」

「そんな連中が何で、日本なんかに」

「それは分らない・・・・・・」

 ラフカディアはそう言うと女子トイレを出た。

 私も後を追うようにラフカディアについていった。

 



 

 


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