第1話 ムスコとの再会


 大学に着くとそこには不抜けた顔や阿呆そうな表情を向けた高校生達が両親や知り合いと共に校門をくぐって行くのが見えた。

 この大学は噂に聞くと名前を書かなくても点数さえよければ通してくれる噂を持っているらしい。一般的な大学では名前を書けば通る大学があるのは普通だが、名前を書かなくても点数さえ取れば入学出来るのであれば時代の最先端を行っているのは明白である。

 私は乗ってきた自転車を駐輪場に止めて、案内順路とは反対に校内を見て回った。巨大なホールからはマイクで来校者を激励する洗脳がたれ流れていた。

 案内をしている大学生達は真面目そうな顔をしているが、ここにいる高校生の何人があのように慣れるの不思議である。恐らく、この大学生も入学前まではここにいる高校生たちのように阿呆そうな顔をしていただろうが、大学で何らかの改造手術を受けたのだろう。そう思うとこの大学の恐ろしさが垣間見た気がした。

 そんな悪の施設を偵察していると眼の前に、夏の太陽で焼けた茶褐色の肌を短い黒髪でなびかせながら廊下を一人歩いている女性を見つけた。

 私は彼女の事を知っている。名を和布古都という私と同じ高校に通う女子生徒であった。

 彼女はその見た目からかボーイッシュのイメージが学内では通っている。スポーツ部に所属する女性は明るいイメージが一般的にあるらしいが、和布さんには冷静でクールな雰囲気がダダ漏れしている。もし、和布さんと付き合うことがあれば、彼女を守るというより、彼女によって守られる頼もしさがある。

 ここで読者の皆様に知っておきたいのは、私がボーイッシュの女性を好きなのは単にゲイやホモではなく、ただ格好いい女性が好きなのだ。世間ではボーイッシュの女性を好きなのはゲイやホモになれない性の浮気者とされている。決して私は清楚な女性が嫌いという訳ではない。ただ心からボーイッシュの女性に抱かれたいという欲望だけなのだ。食べ物で例えるなら、高級感のある寿司もステーキも大好きだが、ステーキのようなジューシーな和布さんの方が大好きなのである。もし、この例えが理解出来ない読者がいたとすれば、それはあなたが性癖を拗らせていない清らかな体をお持ちであるからだ。理解出来る読者がいるとするならば、もう手遅れな程、下半身をマニアックな性癖と言う名の沼に浸かっているのであろう。

 ここでふといつもと違う事に気づいた事が二つあった。

 それは和布さんを見るといつも心臓が早くなるのだが、そうならなかった。

 恐らく私の息子が不在な為か彼女に対して反応しないのであろう。

 そう考えると私の感情は全て息子が管理していたのだと今更ながら気づいたのであった。

 二つ目に和布さん自身に違和感があったからだ。恐らく、それは和布さんの服装が高校の制服ではなく、私服であったことである。

 いつもの和布さんは夏シャツに学則通りのスカートの長さを着ているのをよく校内で見かけていた。そんな和布さんの私服は白のワンピにぴっちりとしたデニムを履いていた。私がパリコレの審査員であれば特別賞を与え、エッフェル塔の最上階からキモいあえぎ声を上げながら、清水の舞台から飛び降りるであろう。

 私はそんな和布さんの姿を見ると美しくも感じるが、それ以外の事はなく、会話したこともない。

 それは決して彼女が校内一位の美女と祀られているわけではないからだ。現にクラスのイケメンやエリート、不良共は和布さん以外の女子生徒と付き合っている。

 そして私が知っている限りの情報では和布さんが誰かと付き合っている話は届いていない。

 しかし、そんな情報が届こうが届かまいが私には関係無い。なぜなら、私と和布さんが付き合えるなどありえないからだ。それどころか、世間から嫌われている私が誰かと付き合えるなど不可能なのである。嫌われていると分かっていて、誰かに好意と行為を求めるのは、金のないのに飲食店で無銭飲食するぐらいの犯罪であろう。

 そうだ、ここで私がどういう人間なのか読者に伝える必要があるであろう。

 先程から糞のように垂れ流す思想内容から察して貰えるに、私は自分でも胸焼けをするほどの腐った性格をしている。故に友達と言った存在を元来、持ったことはない。もっと黒歴史を語るとすれば人と会話した事が片手で数えるほどしか無い。しかも、そのどれもが痛い内容であった。そんな悪夢を思い出してはぶり返した苦悩が私を毒状態にさせる。

 嫌な思い出は忘れる事に限るが、人体の仕組みは非常に理不尽で三日前に食べた寿司の喜びは忘れ、三年前の地獄は昨日の事のように思い出される。ある意味、これは神様からの恥の烙印であろう。恥は人間に智を与え、一歩前に前進させると言うが、私にとっては前進どころか永遠に抜け出せない後ずさりをする。私はこの痛々しい症状について「メビウスの後進」と名付けているが、どの医学的書物には書かれていない独自の理論なのである。つまり、私が第一発見者なのだ。私は何でもかんでも、名前を付ける事が好きだ。でも、教科書やテストの答案者名に自身の名前を書くのが嫌いだった。画数が多くて、指が疲れるからだ。また、テストで私が名前を書き終わる頃には、他の生徒を見渡すと五問目の問題を解いていて、私は即座にカンニング扱いという無実の罪で教室を追い出された。

 そう心の中で戯言を呟きながら、頭の中では和布さんのエロいことを考えていた私に青天の霹靂のような衝撃的光景を間の渡りにした。それは私以外の誰かが和布さんの名前を呼ぶ声を聞いたことから始まった。

「古都ちゃん、こっち!」

 その声は若い女性の声であったが、その姿は美が超越するほどの美女であった。

 もし、私の息子がいたのなら根元からミサイルの如く爆炎を放ちながら大陸を横断したくなるほどの清楚と美とボーイッシュを調和した全貌が眼を焼き尽くした。

 黒いボブ髪の間から見える白い肌が見えた表情には、恐らくオープンキャンパスに来ることから同学年とは思えぬ大人びた風貌をしていた。年上のような表情にボーイッシュなど装備を付けるとは恐らく、ソシャゲなら運営の手違いでステータスお化けの人権キャラであろう。

 どこの学校のセーラー服か分からぬが、その容姿だともはや女子高生のコスプレにしか見えない。これはもはや路上ライブであったらお金を支払わなければならない程、エチエチなのである。しかし、私の財布には年中、五百円しかないのだ。だから、私は名の知れぬ彼女を無銭視聴することとなった。

 この今世紀最大の大発見をした私は名も知れぬ彼女に学識名をつける事とした。

 彼女のボブ髪からちなんで学識名「ミセス・ボブ」と名付けた。我ながらネーミングセンスのない男だと読者には思われるが、実際の研究者たちが名付けた命名など糞長くて覚えづらいカタカナだけど日本語に直すと糞ダサい名前が多い。

 こんな美女を見られなかった息子が残念な事だと他人事のように思った。

 そんなミセス・ボブは和布さんの手を取り、どこかに行ってしまった。

 しかし、なぜだか今日はこれを見るためにオープンキャンパスに来た会があったと思う。

 もし、彼女たちがこの大学に入学するのであれば私もこの大学に志望しよう。

 私はそう決意をすると特に何も思い入れのない大学から去ろうとした。やはり、人が大勢いる中で一人さ迷うのは心苦しい。世の中には一人の方が、気が楽だとか言う痛々しい妖怪みたいな人間がいるらしいが、そんな輩の心臓はさぞ毛深く、焼き肉にすれば舌に毛が絡まるのであろう。

「あなたの心臓にも汚らしい縮れ毛が生えてますよ」

 突如、誰かの独り言が耳に入った。これは私の幻聴なのか分からなかったが、多分私の事ではないと思い無反応をした。

「何、無視しているのですか? そこのあなたに言っているのですよ。もしかして心臓だけで飽き足らず、耳の中まで日の光を遮断する密林の如く陰毛が生い茂っているのですか?」

 こう言った悪口に対して私は空耳だとか自分以外の誰かに言っていると思えば気が滅入らずにいられると元来、そういう風に生きてきた。でないと励ましの言葉よりも悪口がはびこっている現代社会では高射砲で挽肉にされたが如く、心と体はズタボロにされてしまう。だから、私は極力、自分の事を言われているとしても、あえて違うと思い言い聞かせてきた。しかし、その声の主は私の肩を叩きながら、耳元で囁いた。それは物理的に私だと指摘して、眼を逸らすなと言わんばかりに見事、私の精神をスナイピングしたのであった。であるとするならば、そんな先制攻撃を仕掛けて来た輩を私は専守防衛の精神に則り、反撃の狼煙を上げた。しかし、この時、既に私は専守防衛ができておらず、心は既に大破状態で思考のまとまらないセリフを吐くのであった。

「誰だ貴様! 私の耳の中はともかく心臓の剛毛は週一で剃っているんだ!」

 私は後ろを振り返ると突如としてピンク色のオーラを発した美青年が立っていた。

 その美貌は男である私ですら興奮させてしまう独特のフェロモンをダダ漏れさせていたのだ。

 恐らく、私が見てきたイケメンたちとは次元が越えた。こんな美男子がいるだなんて、この世界の神様は人間製造ラインでブサイクとイケメンの差が激しすぎると激怒し、消費者庁にクレームを入れたくなったが、それをしたところで私の顔を返品して貰えないことなど分かっている。既にクーリングオフ期間は過ぎているのだから。

「その割には、あなたの心臓はお留守のようですねぇ。それにあったとしても剃り残しで見苦しいときたらあらしない」

 美青年は私のズボンのチャックをいやらしい手つきで上げたり下げたりした。

「なんなんだ、一体! こら人の窓を触るな!」

「何を言っているんだい? ここからの景色はアンタよりも長いこと見てきたのは僕だよ。だから、この窓は私のモノでもある。でもまあ、今は退去した部屋だけどな」

 全く分からない。読者諸君、私は国語が余り得意でないのでこの美青年が言っていることが分からないのだ。分かったら、ファンレターで出版社まで送ってきてくれたまえ。

「分からないのかい? 僕はあなたの息子さぁ」

 更に私は混迷した。コイツは一体に何を言っているのか理解出来なかった。私の息子が例え擬人化してもこんな美青年ではなく、コマンドーの退役兵で屈強な骨太のバーバリアンなのである。

 この美青年に私の息子と名乗られて、腹をたてた私は全否定するために口を開いた。

「何を言うか、私の息子はこんな細い体のハズがない」

世間で頻発するオレオレ詐欺と酷似しているが、私に言わせれば自分の息子を見間違うはずがない。ましてや、俺の息子がこんなに美青年のわけがない!

「全く、救いようのない阿呆だな。でも仕方がないだろう。なんせ、あなたの思考を司る大脳である僕はあなたの股の間から抜け出したのだ。その空っぽの頭では何も考えることも出来まい」

「どこまで私を愚弄すれば気が済むのか・・・・・・私が常日頃、下半身で物事を考える下品な輩とでも言いたいのか!」

「実質そうだ。あなたは僕がいないと何も取り柄のない器でしかないのだから。容姿も筋肉も頭脳もよくないあなたは粗悪品だ」

「待て、それ以上の発言は私のママへの侮辱と見なし、お前に宣戦布告を申し出るぞ!」

「何を言うかこの阿呆め。あなたこそ、偉大なる母親から授かったモノをテクニックで活かせずにダラダラと個人の快楽に生きてきやがって何を言いますか。さらには、自分がモテないのはこんな容姿で産んだ母親の所為にして、夜な夜な『性のプロメテウス』を読みふけっては、右手を妊娠させようとしていたのを僕が知らぬとお思いかい?」

 なぜ、こやつは「性のプロメテウス」を知っている! このことを知っているのは、息子と掃除中に見つけられてしまったママしか知り得ない極秘事項であるハズだ。となると本当にコイツが私の息子である可能性があるはずだ。だとしたら・・・・・・

「もし、お前が私の息子であるとすれば、小学四年の時に自転車で一回転しながら転んだときに息子を五針縫う重傷を負ったはずだ。その傷跡は未だに残されているのだから、お前の体にも同じような傷があるかどうか見せてみよ!」

 美青年を指さした私に対して、彼はシャツのボタンを外し、背中を見せた。白ききめ細やかな肌に大きな傷跡があった。そして五針縫った後もあり、まごう事なきこの傷跡は私の息子のと酷似しているのは明白であった。

 私はそんな彼の背中にかがみ込むように抱きかかえ、顔を背中に擦り付けた。実際に触れてみて理解したのが、彼の肌触りは息子の皮そのものであり、現状証拠では彼が私の息子であることを否定する根拠は何もなかった。

「分かった。私はいつも下半身で物事を考えていた事は認めよう。だが、なぜ私の息子がお前のような美青年なのだ? 私から産まれたのであればこんな美青年が擬人化することに理解に苦しむ。第一、なぜ私の股の間から家出をしたのだ? 私は非常に悲しい」

「この姿はあなたの息子そのモノがご立派であるからこのような養子となったのである。それと股下から家出したのは、あなたが自分の息子の魅力を認めず、誰とも付き会おうとしなかったからだ!」

 それは生まれて初めての息子からの告発であった。

「息子よ・・・・・・」

「そりゃ、好きな人が居ないのであれば、僕だってあなたに誰かと夜の運動会をしろだなんて言いません。だけど、あなたには明白に現在進行形で好きな女性である和布さんがいるではないですか!」

 私は息子にこんな不幸を背負わせていたとは何と恥さらす阿呆なのだろうか・・・・・・

「しかしだな、私には和布さんと付き合えるなどあり得ないし、私にはそんな勇気はない・・・・・・」

「いつまでそんな言い訳をしているんですか! 和布さんと付き合えないって、なんで分かるんですか? そんな方程式と絶対的理論はないはずだし、もしあるのならば僕が真っ向から反論してやる! それにあなたは息子である僕を持っていながら、どうして自身がないのですか?」

 私は自分の息子に論されて、涙でズボンを濡らした。

 そんな何も言えない私に愛想を尽かしたのか息子はとんでもない計画を私に言った。

「あんたがいつまでもそんなんだったら、僕が和布さんと付き合ってやる。そして、あんたが僕の息子にしてやる」

「息子よ、一体何を言っているんだ」

「簡単な事ですよ。僕とあんたはこれから入れ替わるんですよ。今まであんたの股下にぶら下がっていたのを、今度はアンタが私の股の間に付いて、僕が立派な人間となるんですよ」

 あまりにも信じがたい話ではあったが、私の取れないハズの息子が股下から家出し、擬人化するのだから、あり得る未来であると察した。

「でも、安心してください。あんたが僕の息子になったときは、ボロボロになるまで愛の密で浸からしてあげますから」

 息子は私に笑みを浮かべた。

「もし、僕の野望を止めたければ和布さんに告白する事ですね。そうすれば僕は自動的にあんたの股下に戻り僕もそれはそれで満足だ。でも、今のアンタには出来っこないからな」

 そう言うと息子は脱いだシャツを私の頭に掛けると上半身全裸で廊下を徘徊した。

 もはや、これは戦争だ。今までのチャックの中の戦争とは違う、第一次ネオ・息子戦争なのだ。

 

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