メビウスの後進

無駄職人間

プロローグ 消えたムスコ


 夏休み最終日、私の「息子」はいなくなっていた。

 息子と言っても、それは私が腹を痛めた子でもなければ、愛する妻や愛人の子供でもない。無論、私はまだ男子高校生なのである。つまり、ここで述べる「息子」とは、生涯一番長い付き合いである男性シンボルの事をさしているのだ。

 シンプルにチン○ンだとか○性器とか書いていては下品極まりない作品となってしまう。

 ましてやこの事件簿をいつか処女作として小説の新人賞で世に出し、映像化したときに役者もしくは声優に何度も連呼させてしまうのは申し訳ない。、下品なのは私と読者だけで十分なのだ。

 話を戻すが、息子の家出に気づいたのは生臭い真昼のトイレで尿をたそうとした時であった。ズボンをズリ下ろすとそこには息子からの置き手紙なく、消えていたのだ。

 世間一般である女体化による現象ではなく、そこにはのっぺりとした凹みもない平らな裸足か無いのだ。もし、地上波でテレビに流れてもモザイクをかける必要が無いぐらい更地であったのだ。

 私は一度、便座に座り考えた。考える男の像のように考えた。そしてオシッコよりも先に言葉と同時に糞が漏れた。

「糞臭い・・・・・・」

 いや、違うだろ。問題はそこではない。私の下半身から家出をした息子とこの現象は一体何なのだろうかと言う事だ。

 ここで私は息子との思い出が走馬灯のように駆け巡った。

 私が最初に息子を意識したのは小学校の帰り道で一冊の書物を見つけたことだ。

 その書物は雨水によって表紙はカピカピとなり異臭を放っていたが、何かが私を引きつけるには十分であった。私の側を行き交う同級生や大人達はその書物を横目で見つつも立ち止まることはなかった。なぜだか、私はその場を去ることが出来なかった。動けなかった。その書物がスポーツと科学と文化が産み落とした禁書目録の如く、イケないモノだと本能で理解したからだ。私はこの書物のタイトルにちなんで「性のプロメテウス」と名を付けた。

 ふと誰かが私のふくらはぎを押えるモノがそこにいた。私はズボンの中に何かが住まっているのに気づき、大衆の前でズボンを下ろした。そこには一匹の大きなミミズが晴れた青空の天を仰いでいたのだ。

 それが私と息子との未知との遭遇であり、私と息子との反抗期は始まったのであった。

 それまでは普通であった日常で息子が所構わず天を仰ごうとし、ズボン越しで三角テントを築こうとしたのだ。しかし、それは私にとってバビロンの塔であり、許されざる偉業であった。

 誰がここに許可無く、建設して良いと言ったのだ。

 それから私は公衆の面前でストリップショーを披露する息子を隠そうとして周りの目を気にするようになっていたのだ。

 それからの戦いはこのプリズンから脱走し欲望をさらけ出そうとする息子と、それを忌み嫌い否定する私との十六年間の対立は悪夢であった。

 ちなみに先程の書物である「性のプロメテウス」は大事に持ち帰り今も現存していて、そこに書かれた擬音を幼初期から私の心の指針としている。

 そんな対立によって息子が家出をするとは信じがたいことだが実際に私の股の間で起きてしまったのだから、認めざるを得ない。

 とりあえず、私は尿の足せないトイレを出て、ママに消えた息子の所在について訊くことにした。

「ママ、私の息子が消えたのだが見てないか?」

 自分の息子をまるで眼鏡をどこにやったのか訪ねるように母に訊いた。ちなみに私の息子はトランスフォームしても着脱式には改装されていない。

 そんな問いに対して台所から帰ってくる母の返事はぶっ飛んでいた。

「何言ってんのアンタは。息子を作れるほど彼氏もいないでしょ」

「確かにそうではあるが、その息子ではないのだママ。ママが私と共に産んだチ○チンの事だ」

「アンタは橋の下でミカン箱に捨てられていた馬鹿娘一人であって、双子ではないはずだが」

「うーんとそうじゃないんだよママ、私が言っているのは――――ちょっと待て、ママ今なんて言った?」

 私はさりげなくママが言った言葉に違和感を覚え、訊き帰した。

「えっ、何よ一体。前にアンタを橋の下で拾ってきた話と違うって言うの?」

「いや、そこじゃなくて。私の事を女と言ったか?」

「だったら、ズボンを脱いで確認してみたらどうだい」

「それはさっきやった」

「で、どうだったの?」

「ツルぺったんですた・・・・・・」

「いいじゃないの毛がボウボウだと速乾性のパンティーを履いていても蒸れるんだよ。特にこんな夏場だとねえ」

「いや、違う。そうじゃない。何もないほどに平らなんだよ」

「どうせ大人になれば嫌になるほど生えてくるから。そんな事よりも早く大学のオープンキャンパスに言ってきなさい。今日が最終日なんでしょ?」

「そうだけど、息子がいないと・・・・・・」

「ちんこがついてようが無かろうがあんたの人生に影響はない。むしろ、進路の方が人生を左右する」

「ママァ・・・・・・」

 ママの正論に返す言葉もなかった。

 洗面台に映った私の顔を見た。そこには普段と変わりない自分の顔があった。しかし、不在の息子と女々しさだけは女らしさが付与されていたのであった。

 それからと言うモノ、私はいつもの服を着て家を出た。

 忘れ物はなかったが無くしたモノは見つからなかった。




 

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