2-7「僕とウチと・1」
「……まあ、大体そんな感じだな」
「そっか……」
眩しいくらいに輝く夕日を、俺とメグは見つめていた。
ここはゲームの世界、特にこの丘は24時間ずっと夕方なので時間がどれくらい経ったのか。俺には確認することが出来ないが、おそらく余裕で数時間は経ったに違いない。
それくらい長くて、辛い時間。そして同時に全てを吐き出して、少しだけ……ほんの少しだけ楽になれた気がした。
「悪いな、こんな話。やっぱりメグに話すような話じゃーー」
「ううん、いいんだよエイ」
「メグ……」
「誰にだってさ、話せないことや隠しておきたいことがあると思うんだ。周りの誰にも相談できないことだって、たくさんね。だからこの世界があるんだって僕は思う。この世界なら自分を隠したままで、誰にも言えないことを話せたりする時だってある。少なくともこの世界があったおかげで、僕は救われたんだ……エイ、君にね」
「お、俺?」
「ふふっ、きっとエイは覚えてないと思ってたよ」
「俺、なんかしたっけ?」
「まあその話は置いといて。とにかく僕は君に借りがある。だからこういう時くらい頼ってくれよ。この世界で、僕らは一番の相棒だろ?」
隣に座るメグはとても優しい口調で俺を慰めてくれる。
たとえ現実空間じゃなかったとしても、メグのその気持ちがありがたかった。
俺がメグを助けた……そんな覚えは全くなかったが、それでも頼れる相棒がいてくれて本当に良かった。
「メグ」
「ん?」
「……ありがとな」
「ふふっ、どういたしまして」
そうやって笑うメグに、少しドキッとしてしまう自分が何だか恥ずかしかった。
くそっ、外見が良いエルフ族なんか選択してるからだ。金髪碧眼の美少女に微笑まれたら、誰だってときめいてしまうだろう。
「あーあ、スッキリしたら何か腹減って来たなぁ」
「もしかしてしばらく食べてないの?」
「んー……最後に食べたの、いつだったっけなぁ」
「えー……そんなに引きこもってたのか、エイ」
「だって最後に外に出たのはそれこそ、先輩と別れた時だしなぁ」
「そ、それって一週間くらい前じゃ……」
「まあ、大体そのくらいだな」
「うっわー……」
すすす……と距離を取るメグ。どうやらドン引きされたようだ。
確かにもう一週間以上、最低限の生活以外は常にAWO、この仮想空間にログインしていた気がする。勿論外には出てないし、学校も行ってない。
冷静になってみると自分が相当ヤバい奴だということを自覚し始めた。
「い、いや待て。ちゃんと風呂には入ってるし飯だって死なない程度には食ってる」
「いやいや、そういうことを言ってるんじゃなくてさ……。だからか、全く」
メグは深いため息をつきながら、やれやれといったジェスチャーをする。普段からあまり使い道がないモーションだなとは思っていたが、まさかこんな時に日の目を見ることになるとは。
「だからって、なにが」
「それはこっちの話。とにかく、スッキリしたからには一回外に出なよ。リアルだってある程度はちゃんとしておかないと、この先もこの世界を遊べないだろ?」
「あくまでも優先されるのはAWOなのか……」
「あったり前だろ?その為に生きているって言っても過言じゃないんだからね」
「あはは、相変わらずだなメグは」
あれだけプライベートの……決して面白くもない話を聞いた後でも、メグは変わらずにいてくれる。改めてメグが居てくれるありがたさを俺は実感した。だからなのかもしれない。
「で、ちゃんと出られそうなの、外」
「……正直、わっかんね。今でも先輩のことを考えると、冷静じゃいられなくなりそうで……もし外で会ったらって思うと、どんな顔していいか分かんねぇかな」
「まあ、そうだよねぇ」
「頼れる相棒が現実にも居てくれたら、俺も心強いんだけどな」
「え……」
ちょっとした冗談のつもりだった。勿論AWOに限らず、こういう世界でリアルの詮索がタブーなのは重々承知していた。
それに出会い目的やオフ会目的の奴を、メグが毛嫌いしているのも昔から知っていた。
でも心細くて、つい言ってしまったんだと思う。だからメグが無言になった瞬間に、やってしまったとすぐに後悔した。
「あ、今の無しな。別にほんの冗談だから気にーー」
「――いいよ」
「……へっ?」
だから思わず聞き返してしまった。まさかそんな答えが返って来るなんて思いもしなかったから。いつもみたいに明るいノリに持っていけるって思っていたから。
「だから、良いよ。会おうよ、僕たち。それで少しでもエイが楽になれるなら、別に構わないよ」
「い、いやでも……」
「何か問題でもある?」
「だって、メグこういうの嫌いだろ?リアルに干渉するなって、いつも言ってたじゃんか」
「まあね。でも相棒のためなら、僕だって出来ることをするよ。それにエイは別に出会い目的でこのゲームをやってるわけじゃないだろ?」
「いや、まあ確かにそうだけど」
「じゃ、決まりね。住んでるとこだって元々そんなに遠くないのは、お互い知ってるだろ?」
それはずっと前に偶然分かったことだった。何かの会話の拍子で、俺とメグの住んでいるところが一駅しか違わないことが分かったのだ。
その時はお互い笑いながらもしかしたらすれ違っているかもしれないね、なんて冗談を言い合ったものだが……。
まさかこんなことになるなんてその時は予想もしていなかった。
「いや、でもなぁ……」
「なに、嫌なの?」
「嫌ってわけじゃないけど」
「じゃあ決定ってことで!時間は……もう夕方だから夕飯ってことでいいよね」
俺がもたついている間にどんどん話を進められてしまい、結局メグと一緒に飯を食う約束をしてしまった。しかも数時間後に、だ。
確かにいつまでもうだうだしていても仕方ない。無理矢理にでもどこかできっかけを作らないと、今の俺は一歩すら踏み出せないのだから。
「駅前のファミレスに7時、か」
久しぶりにAWOを抜け出して、ぼーっと天井を眺める。
この一週間近く、ずっとあの世界に逃げていた。でもこれ以上はもう逃げてはいけないのかもしれない。
そういう意味では、メグと会うということは多少荒療治だとしても今の俺には必要なことに違いなかった。
「……支度、しないとな」
久しぶりに、本当に久しぶりに外に出るための準備をする。
ふと、ずっとベット脇に置いてあったスマホが目に入った。一応学校にはインフルエンザってことで休む連絡をしている。だからまだギリギリ怪しまれてないとは思う。
けれどもしかしたら慈美や、クラスメイトから連絡が来ているかもしれない。そんな軽い気持ちで画面を開いた俺はーー
「…………なんだよ、これ」
画面に表示された“唯野百合”という文字から目が離せなかった。
おそるおそる確認すると着信履歴いっぱいに連なる“唯野百合”と言う文字。おそらく別れたあの日から、一週間以上も絶え間なく続いている。ゆうに100件以上は超えているように見えた。
「うわっ!?」
突然鳴り響くスマホを、思わず落としてしまう。画面にはまるで俺が取ったのを見計らったかのように“唯野百合”の文字が表示されていた。
怖い、と思ってしまった。心配してくれているという嬉しさなんて、全く考えもしなかった。
ただ怖いと、そう思ってしまった。
「……止まった」
時間にすれば、僅か数十秒だっただろう。でも俺にはそれが恐ろしく長く感じた。
なぜだろう、理由はないのにも関わらず百合先輩のことを真っ直ぐ見れそうにない。
この数か月ずっと一緒にいたはずなのに、たった一週間離れただけで彼女のことが全く理解できなくなっている。
「……とりあえず、メグと会わないとな」
ゆっくりと深呼吸をして、俺は急いで身支度を整える。スマホは置いていくことにした。
今は先輩のことは考えたくはない。少しでも先輩と繋がるものから、今だけは離れたかった。
夕方のファミレスは休日といえど閑散としていて、すぐに席へと案内してもらえた。
メグとの約束通り、入って一番窓側の席に座る。メグの言った通り、この時間なら指定された場所に座るのは簡単だった。
ちらっと席を見たが、まだメグは来ていないようだった。
「ご注文が決まりましたら、ボタンでお呼びくださいー」
「分かりました……ふぅ」
久しぶりに出た外は、勿論特に何かが変わったわけじゃなくて。
でもたった一週間しか経っていないのに、一人で歩く道は随分と味気なく感じた。
この数か月が、余程濃かったのだろう。何よりも女装せずに私服で外に出る自分を見て、違和感しか覚えなかった。
そしてそのことが、何よりも悲しかった。
「……おまたせ」
そんな感傷に浸る間もなく、後ろから声を掛けられる。
その声は少し低かったがどう聞いても女子のものだった。それを聞いてようやく、メグと初めて会うという緊張感が俺を支配し始める。
数年間も一緒にAWOで冒険している相棒だが、勿論リアルで会ったことなんてない。会うことなんてないと思っていた。
メグの中身が男だろうが女だろうが、俺たちの友情にはなんの関係もない。今でもそう思っている。
でもいざ会うとなるとやっぱり緊張は当然にするわけで。たとえメグがどんな奴で会っても関係ない、関係ないんだ。そう思えば思うほど、俺の緊張は高まっていく。
メグはすっと俺の横を通り、そして目の前の席に座るーー
「…………え」
「……なんていう顔してんの、エイ」
「えっと……え?」
「ああ、それともこう呼んだ方がいい?」
遠くから見ても分かるくらい目立つ金髪は、夕日に照らされてキラキラと輝いている。
そして特徴的な碧眼は、それがカラコンだと言われなければ分からないくらいに彼女に馴染んでいた。
何よりも整った顔立ちとその外見は、メグが使っているAWOのキャラにそっくりだ。
確かに“彼女”を初めて見たときに何となく似ているな、とは思った。でもまさかこんな偶然があるなんて、誰が予想できるだろうか。
「…………八方、真凛?」
「なにかな、早乙女英太くん?」
――目の前に座る彼女は、俺のことを“エイ”と呼んだ彼女は……間違いなくクラスメイトの八方真凛だった。
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