2-3「早乙女英太の回想・2」
俺と百合先輩が付き合ってから、約一か月が経過した。
どちらから言ったわけでもないのだが、相手はあの百合先輩だ。
ほぼ毎日二人で昼を過ごしたり、先輩が頻繁にウチのクラスに来れば誰だって俺たちが恋人同士だということに勘づくというものだ。
「そういえばさ、早乙女くんはクリスマスはやっぱり唯野先輩と?」
「そりゃあそうでしょ!あれだけ美人な彼女がいるのに、ほっておく奴なんていないって。なあ、早乙女」
「……まあ、その予定だけど」
こうやってクラスメイトと話していても、俺が百合先輩の彼氏だということを誰も疑いもしない。
勿論、それは事実なのだから彼らは間違っていない。
俺自身、百合先輩の彼氏ということで周囲から羨まれることも多いが、同時にそれが誇らしくもある。
「いいなぁ、二人でクリスマスかぁー」
「もう予定とか、決めてるの?」
「い、いやまだだけど……」
ぐいぐいと来るこの陽キャの集団にはまだ慣れない。
でもこれも先輩に相応しい彼氏としての訓練だと思えば、別に苦ではなかった。
この一か月で、俺を取り巻く環境は大きく変化したと言っていい。
それまでは名前も知らないクラスメイトたちが、今ではこうして俺に話し掛けてくれているのだから。
今までいじられるだけでしかなかった俺が、こうして誰かとちゃんと話が出来ている。
そのことが、百合先輩と付き合えたことと同じくらい嬉しかった。
「えー、そういうのはもう今から決めとかないと!」
「そ、そういうものなんだ」
「そうだよー!ね、真凛?」
「……別にウチはどうでもいいけど。クリスマスも忙しいし」
相変わらず気怠そうに、八方さんはスマホをいじっている。
窓際に座っているからだろう、日差しで金髪がキラキラと輝いていた。
態度はともかくとして、見た目はやはり文句なしの美人だ。
最近女子高生の中で人気だというのも頷ける。
「あのさ、早乙女くん」
「あ、なにかな」
「ウチのこと、見過ぎだから」
「え……あ、ゴメン!」
八方さんに指摘されて、まじまじと彼女を見過ぎたことに気が付く。
つい八方さんが奇麗だったので、自然と見惚れてしまっていたのかもしれない。
こういうのは、本当に気を付けないとな。
「うわ……可愛い顔して言う時は言うんだね、早乙女くん」
「え?」
「……声、出てたけど?」
八方さんは呆れたように、ゆっくりと首を振った。
「そうやって唯野先輩も落としたのか!?」
「も、もしかして……」
「あんな美人な彼女がいるのに、早乙女ぇ!」
「い、いや今のは違くて……!」
「まあまあ!確かに気持ちは分かるよー。真凛って唯野先輩とはまた違ったタイプの美人だもんねー」
俺の弁明も聞く耳持たず、周囲は勝手に盛り上がっていた。
前もやってしまったことがある、俺の悪い癖。
心の中で思っていたことを無意識に口走ってしまうらしい。
自分がやってしまったことを自覚して、一気に顔が熱くなるのを感じた。
「良かったじゃん、真凛―!」
「そういうの、ウザいから。それに……来てるよ、早乙女くん」
「……あ」
八方さんの視線の先には、百合先輩がいた。
いつも通りの笑顔のまま、迷うことなくこちらの席に近付いてくる。
「おはよう、英太くん。皆もおはよう」
「お、おはようございます、百合先輩」
「唯野先輩―!おはようございますー!」
「相変わらず滅茶苦茶美人だよなぁ……」
後輩たちの明るい挨拶と、周囲から聞こえるひそひそ話。
目の前で穏やかに笑う百合先輩は確かに、この学校一の美少女に違いなかった。
肩まで伸びた明るい茶髪に、大きな目が特徴的な端正な顔立ち。
スタイルも出るところは出ているし、それでいて痩せているところはしっかりと痩せている。
そんな百合先輩の彼氏である俺は、間違いなくこの学校一番の幸せ者に違いない……はずだ。
「ひそひそ話、聞こえてるぞー?でも、美人って言ってくれてありがとう」
「え、あの……はい!」
「佐藤、めっちゃ照れてるじゃん!ウケるんだけど!」
「し、仕方ねえだろうが!?」
「「ははは!!」」
誰とでも仲良くなれる明るい性格で、才色兼備の百合先輩。
今も浮かべているその笑顔の下に、どんな感情を秘めているのか……。
きっとこの場にいる俺以外は知る由もないのだろう。
「あ、申し訳ないんだけど……ちょっと英太くん借りてもいいかな」
「勿論です!ほら、早乙女くん!」
「くそぉ、この幸せ者めぇ!!」
周りに促されて、俺は席を立つ。そして百合先輩は俺の手をがっちりと掴んできた。
俺にしか分からないくらいに強く。
「それじゃまたね……あ、八方さん」
「……はい?」
「英太くんとこれからも“仲良く”してあげてね」
「……はぁ」
ほんの少しだけ、百合先輩の声のトーンが下がったことに俺以外が気付くことはなかった。
先輩誤解してますよ、と言いたかったけれどここで言えばややこしくなるに違いない。
腑に落ちない表情の八方さんに、百合先輩はもう一度だけ笑いかける。
「ふふっ……勿論、皆もこれからも英太くんと仲良くしてね」
「「はーい!」」
「じゃ、行こうか英太くん」
「は、はい……」
そのまま百合先輩は、俺の手を握ってどんどんと廊下を歩いていく。
この先何が起きるのか、なんとなく想像できてしまう俺は少しでも百合先輩を納得させる言葉を、今から考えるしかなかった。
昼休みの部活棟には、基本人が近づくことがない。
本校舎から少し離れているということもあるし、何より昼休みも練習するほど熱の入った部活はこの高校にはないからだ。
せいぜいグラウンドで遊ぶ生徒が少しいるだけ。
事実、外からはそんな生徒たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
「……ん」
「ゆ、百合先輩……」
「黙って、ね」
「は、はい……」
薄暗い部室の中に、窓から日が差している。俺たちはそんな部屋の隅っこで抱き合っていた。
抱き合っている、といっても正確には俺は立っているだけ。
百合先輩が俺に抱き着いてきて、匂いを嗅いだりしている。
それは普段の彼女からすると、明らかに異常な行動だった。
「あれだけ言ってるのに、まだ分からないんだね?どうして他の女の子なんかに目移りするかな。私じゃ、不満?」
「そ、そんなことーー」
--黙っててって言ったよね?
そんな視線を感じて、俺は途中で口を閉じるしかない。
ゆっくりと、まるで自分の物であることを確かめるように百合先輩は俺を抱きしめる。
「自分で言うのもあれだけどさ……私だって結構良い線言ってると思うんだよね。まあ、現役モデルには負けるかもしれないけど」
「や、八方さんは……」
「関係ないって?じゃあ、あの台詞はなんだったのかなぁ……」
どうやら先輩はさっきの会話を聞いてしまっていたようだ。
何も言い訳出来ない俺を見て、百合先輩の目の光が消えていく。
不味い、またいつものやつが始まるーー
「ーー英太くん、お願い」
「……百合先輩のことが、好きです」
「呼び捨て……ね?」
「……百合のこと、好きだ」
「私もだよ、英太」
「百合のこと、愛してるよ」
「うん、私もだよ……」
もう慣れてしまったその台詞を、何度でも繰り返す。
知ってしまった、百合先輩の本当の姿。
人懐っこくて心配性で、今まで恋愛なんかしたことがなくて……こんなにも嫉妬深い彼女の本性。
俺だけしか知らない、唯野百合がここにいる。
「……英太しか、いないの。私が私でいられるのは、英太しか。だから裏切らないで。こんな私を、見捨てないで……」
薄暗い部室に、弱々しい声が響く。
俺しかいない、俺しか百合先輩を愛せない。
それが一体どういう意味なのか、この時の俺には分からなかった。
ただ百合先輩に頼られているなら、俺が出来ることを精一杯したい……そう思った。
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