第2章 付き合い始めた彼女の、様子がかなりおかしいんだが

2-1「早乙女英太、高校二年生の春」


 街外れの夕焼けの丘に、俺の姿はあった。

 この世界では珍しく、この場所だけはずっと景色が変わらない。

 はるか遠くに見える島々と真っ赤に染まった海が幻想的で、“AWO”内でも絶景スポットとして有名な場所だった。

 見晴らしの良い丘には、至る所にベンチが設置されている。

 周りを見渡すと今日も多くのプレイヤーがこの絶景を見に来ていた。


「…………はぁ」


 空いているベンチに座り込み、そのままぼーっと目の前に広がる真っ赤な海を眺める。

 この色を見ていると、どうしても“あの人”のことを思い出してしまう。

 それでも俺はこうして、毎日のようにこの場所を訪れる。

 理由は……分からない。ログインすると自然と足がこの場所を目指してしまうのだ。


「今日もいたね。おつー」

「……メグか」

「なんだよー、残念そうな声出して。隣、いいだろ?」


 メグはいつものように俺の隣に座る。

 このAnother World Online、通称“AWO”では一番人気の種族であるエルフを選択しているメグ。

 長い金髪に真っ青なその瞳は異世界が舞台のこのVRMMOに良くマッチしていた。


「今日は何してたんだ?」

「うーん、地道にレベル上げとレアドロップ周回かなー。今狙ってるのがさ、後2回で限突なんだよー。だから動画見ながら朝からだねー」

「相変わらずよくやるよな……」


 心底楽しそうに話すメグは、根っからのオタクだった。

 もうどんな風に出会ったのか忘れてしまったが、AWOを始めたころからの腐れ縁で今でもログインすればこうして俺の様子を見に来てくれたりする。

 こんな可愛らしい見た目をしているが、実はこのゲーム内では結構なガチ勢として名を馳せていたりする。

 俺からすればどうして俺のようなエンジョイ勢に構ってくれるのか、不思議で仕方ない。


「いやぁ、達成感というか……最早義務だよねぇ。一日でもログインしてないと禁断症状が起きるんだよ、これが」

「はは、本当に廃人だよなメグは」

「エイも今度一緒にやろうよ。これでもサービス開始からの仲なわけだしさ。最近全然ダンジョン潜ってないでしょ」

「ダンジョンどころか、ログインもここ数か月はしてなかったな……」

「そうそう!引退しちゃったかと思ってマジで心配したんだけど!」


 不満げに話すメグには申し訳ないとは思う。

 しかし最近は現実の方が忙しすぎて、ログインする暇がなかったのも事実だ。


「ゴメンゴメン。ちょっとリアルが忙しくてさ」

「出たー、リア充発言!エイだけは仲間だって安心してたのにー!」

「まあ安心してくれよ。その忙しい理由も、もうなくなっちゃったからさ」

「え……」

「あ……」


 つい口が滑ってしまったと、すぐに後悔した。

 この世界じゃお互いリアルのことは詮索厳禁なのが暗黙のルールだ。

 現実の辛いことや嫌なことを忘れるために、こうして異世界に没入するのだから。

 相手への詮索は勿論、自分からベラベラと現実の話をするのもあまり好まれることじゃない。

 特にメグのようなガチ勢ほど、そういうのには厳しいものだ。


「す、すまん。今のは無しで……」

「……別にいいけど?」


 だからこそメグのその言葉に、俺は耳を疑った。


「い、いやでも……」

「聞いて楽になるなら、幾らでも聞いてやるよ。なんか最近、エイの様子がおかしいとは思ってたんだよね。だからこうやって現れそうな時間になったらたまに顔出してたんだよ」

「そうだったのか……つーかよく分かったな、俺がここにいるって」

「何言ってんだよ、僕らのお気に入りの場所だろここ。最初の頃はよくここで待ち合わせしてたじゃんか」

「……そういえば、そうだったよな」


 今ではこんなにも差が出来てしまったけど、俺たちは最初の頃からずっと一緒にいた仲間だった。

 少なくともメグはそう思ってくれている、その事実が嬉しかった。

 打ちひしがれている今の俺には、ありがたかった。


「さ、AWO屈指の最強プレイヤーであるこのメグに話してごらんよ?」

「はは、AWOの実力はリアルじゃ関係ないだろ」

「ま、まあそうかもしれないけど……でも僕はエイの相棒なんだからさ。辛いときは頼れよな」

「……ありがとな、メグ」


 真っ直ぐなメグの言葉が、今は心に沁みた。

 正直、俺はメグのことを……リアルのメグを全くと言っていいほど知らない。

 俺たちはこの世界ではもう長い付き合いだが、現実では顔すら合わせたことはないのだ。

 だから俺はメグが何歳かも知らなければ、男か女かも知らない。

 メグの気持ちはありがたいが、本来ならばこんなプライベートなことを話すべきではないのだろう。


「……少し長くなるんだけどさ、聞いてくれるか」

「任せろ。どうせそんなこったろうと思って、今日のノルマはもう終わらせてあるからな」


 それでも今の俺は、誰かに……いや正確には俺のことを知らない誰かに聞いてほしかった。

 ただ何も言わず、側で聞いてほしかったんだ。


「去年の冬くらいなんだけどな……」


 決して沈むことのない夕日の中で、俺はメグに話し始める。

 とても幸せで、そして間違っていたこの数か月間の話を。

 俺と、百合先輩との恋人“ごっこ”をーー


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