0-3「振り絞った勇気」


『――それでは、只今より陵南祭を開催します』


 校内中に響き渡るアナウンスと共に陵南祭、俺たちの学校の文化祭が始まった。

 俺のクラスは焼き鳥の屋台をやる。だが、今日の俺にとってはそんなことはどうでも良かった。


「ね、眠い……」


 一番仕事が少なくサボれそうな売り子役をしっかりと勝ち取った俺は、フラフラしながらも校舎裏に逃げ込む。

 早速校内は外から来たお客さんで溢れていた。

 流石に寝不足は身体に負担が大きいようで、やっとの思いで階段に座り込む。

 昨日徹夜で考えた、百合先輩への告白の言葉。確認のためにスマホのメモ帳を、もう一度確認した。


「百合先輩……」


 この陵南高校には、とあるジンクスがある。

 それは陵南祭の日に告白して付き合ったカップルは生涯堅い絆で結ばれる、というなんとも胡散臭いものだった。

 それでもそんなジンクスを信じて、多くの生徒が今日この日に想い人に告白をする。

 そういえば今朝登校した時も、なんとなくいつもよりクラスメイト達がそわそわしている気がした。

 きっとそれはこのジンクスのせいだろう。

 そして俺自身、そんなジンクスにあやかろうとする一人なわけだ。


「でも先輩、人気だからな……」


 百合先輩は、この学校のマドンナ的存在だった。

 あの抜群の容姿とおおらかな性格、まさに非の打ち所がないと言っていい。

 だからこそ百合先輩は事あるごとに誰かに告白されているようだった。

 噂では3年生になった今現在、既に100人以上に告白されそれを全て断っているらしい。

 多くの男子も俺のように最早駄目元で告白して、あえなく撃沈する者が殆どだ。

 だからこそ、今日もおそらく先輩はいたるところで告白されるに違いない。

 どうにか先輩と二人きりの時間を作りたいが、おそらくそれはかなり難しいだろう。

 今更ながら大事なことを忘れていることに気が付いて、俺は急遽こうして作戦を練り直すのだった。


「放課後には後夜祭があるから、それまでにはーー」

「や、やめてください!」

「まあまあ良いじゃないの、お姉さん!」

「――なっ!?」


 そんな俺の呑気な考えを吹っ飛ばして、男女の騒ぎ声が聞こえてくる。

 物陰からそっと覗くと、チャラついた二人組の男が百合先輩を無理矢理どこかに連れて行こうとしているところだった。


「は、離してください!」

「そんなこと言って、誘ってんじゃないのー?」

「抜け出して俺たちと遊びに行こうよー」


 百合先輩は必死に抵抗しているが、男二人の力には勝てないようだった。

 憧れの先輩が、襲われている。すぐに助けないと。

 そう思って一歩を踏み出そうとするがーー


「あ、あれ……?」


 足は全く動かなかった。全身が震えて、変な汗が噴き出てくる。

 何しているんだよ、俺。

 大好きな先輩が襲われてるんだぞ、助けに行かなくてどうするんだよ。

 そう思っても身体は全く動いてくれなかった。

 

 ――怖い。

 

 だってぱっと見だけどあの二人組は俺なんかよりはるかに背も高くて、がたいも良かった。

 俺なんかが割って入ったところで、返り討ちに合うのは目に見えている。


「ほ、本当に止めて……!」

「いいから!」

「ほらこっちに来いって!」


 そんなことより、さっさと先生を呼んだ方が絶対に良い。

 今から呼んでくればギリギリ間に合うはずだ。


『早乙女くん、可愛いー!』

『女の子みたーい!』


「……っ!」


 所詮俺は“漢”になんて、なれるはずないんだ。

 背も小さくて童顔で。こんな非力の俺には最初から今の立場がお似合いだったってことだ。

 だから俺は小さく深呼吸をしてーー






「お、お、お、おいっ!」

「さ、早乙女くんっ!?」


 思いっきり裏返った声で、先輩たちの前に飛び出した。

 自分でも何でこんなことをしているのか、よく分からなかった。

 確かに俺はこの場から逃げようとしたはずなのに。

 でも気が付いたらこうやって大声を出して飛び出してしまっている。

 自分自身、訳が分からなかった。

 だけど百合先輩の顔を見たとき、やはり逃げなくて良かったと思った。

 こうなったらもうやるしかない。俺が、先輩を助けるしかないんだ。


「せ、せ、先輩から手をーー」

「うるせえなぁ!」

「がっ!?」


 でもそんな俺の決意は、相手のパンチ一発で軽く砕け散った。

 上手く息が出来ないまま、いとも簡単にその場に崩れ落ちる。


「お、おい……!いくらなんでもやり過ぎだろ!」

「いいんだよ、これくらい!」

「が……あ……」


 あまりの激痛に、俺はその場でうずくまることしか出来ない。

 痛くて、そしてそれ以上に情けなかった。

 俺は好きな人1人、助けることが出来ない。そんなちっぽけな存在なんだ。

 それが死ぬほど悔しくて、情けなかった。

 きっと先輩もこんな俺に幻滅したに違いない。


「……早乙女くん」

「こんなやつ、どうでもいいだろ?だから俺たちとーー」

「うるさい」

「ぐえっ!?」

「はぁ!?ぐ、ぐはぁ!?」

「…………え」


 そしてそれもまた、一瞬だった。

 気が付けば二人組は先輩に一瞬でのされてしまった。

 そういえば聞いたことがある。百合先輩は家の関係で、合気道を昔から習っているって話。

 だからしつこく付きまとっていたら、痛い目に合う……なんて噂話を。

 でも今目の前で見てしまったら、もう疑いようがない事実だった。


「早乙女くんっ!大丈夫!?」

「百合せんぱ……い」


 心配そうに、百合先輩は俺に駆け寄ってきてくれた。

 彼女自身、全く怪我はないようだった。それが唯一の救いだろう。


「せ、先輩、怪我は……?」

「大丈夫だよ!でも早乙女くんが!」

「は、はは……」


 本当に情けなくて、笑うことしか出来ない。

 俺は先輩を助けるつもりだったのにこうやって逆に助けられてしまったのだから。

 段々とぼやけていく視界の中で、それでも俺は思った。


「よか……」

「早乙女くん?早乙女くん!?」


 ――先輩が無事で本当に良かった、と。

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