第37話

30分後、夜斗は着ていた服をアタッシュケースに入れて時雨の秘書に渡した

そして真夜と唯利に、時雨といるように頼み、新入社員を装って廊下を歩いた



(あれは…交通課の課長か。話し相手は…交通課の女性社員…?)



夜斗は全ての社員の顔と名前・所属を記憶している

理由は特にないのだが、見たときに覚えてしまうようだ



「少し、聞いてみるか…?」



夜斗は休憩室前の壁に張り付き、中を確認した

中では男が女の服を脱がそうと手をかけている

会話の内容次第では、ただの休憩室私的利用なのだが…



「やめてください…!」


「いいじゃないか、昇格がかかっているんだよ?」


「それは…その…」


「いやなら断ればいいさ。社長秘書という椅子を手放すならね」


(ダメだな。とりあえず女の子っぽく…女の子ってどんな感じだ?瑠璃や莉琉はちょっと真似するの大変だし、唯利だな)



人格トレース。人の性格や好みを見抜き、外面だけ真似る潜入の基本

人格トレースをそれぞれ別の人で複数人に行えば自分で新たに「人格」を形成することができ、同じ人に複数回行えば精度が上がる



「こんなことが行われてるなんて、この会社は失敗だったかも」



不意に現れた夜斗に驚く2人だったが、男は態度を変えない

それは自分の権力に溺れているもののそれだった



「君は…見ない顔だな。新入社員かな?」


「……。先輩、少しは抵抗したほうがいいと思うよ。社長がまくら営業受けるなんて、昭和の話だから」


「何なんだ君は!社内の風紀を乱すのなら、社長に頼んでクビにしてもらうことも可能だぞ!」


「風紀を乱してるのはどっちなんだか…。社長が貴方の言うことを聞くメリットは?私には思いつかないけど?」


「ふっ…。何を隠そう、私は社長の兄だ!兄の言うことは無視できない!」


「あっそ。そんな価値観で生きてると損するよ、貴方」



夜斗はそう言って女性社員に歩み寄った

男の重心が右側に傾いたのを見計らって、全力で右側に押し倒す



「先輩、たしか冬月ふゆつき玲香れいかだっけ?」


「そ、そうだけど…なんで知ってるの…?」


「まぁ、気にしないで。今後この人に従う必要はないから、安心していいよ」


「こ…このクソガキィィィ!!」



起き上がった男が夜斗に掴みかかるため腕を伸ばす

と同時に、真夜がその腕を振り払った



「真夜!?」


「…。これ、壊していい…?」


「手加減して」


「りょ」



真夜は男の足をはらって転ばせ、鳩尾に体重を乗せた踵を叩き込む

そして男を踏みつけて跳び上がり、数回鳩尾に踵を振り下ろした



「うぐぁ…!も、やめ…!」


「…?やめ、ない。私の、夜斗に…手を出した、から?」



その間にも真夜は、落とした踵を起点に跳び上がり、また踵を落とす

これを繰り返す間に、男はだんだんと動かなくなり、真夜が連撃をやめたときにはもう泡を吹いて気絶していた



「わーおえげつない…」


「かん、りょー…」


「やりすぎだバカ。死ぬぞこいつ」


「別に、いい」



真夜は夜斗の前で少し笑った

夜斗は真夜を撫で、女性社員に頼む



「この男、救護室に連れて行くのに人がいる。連れてきて」


「わ、わかった」



休憩室にておきた騒動は、これにて一件落着した

かに思えた



「…真夜」


「…?」


「1度時雨のとこにもどれ」


「…りょ。あと、声…違和感、ある」


「そら今は女の声してるからな」



真夜が走り去った数分後にきた5人の男のうち、3人が課長を抱えて部屋を出る

残った2人が、夜斗に向けて怪しい笑みを浮かべた



「こんなことしちゃって、会社に入れると思ってるのかなぁ?」


「隠してあげるよ。けど何をすればいいか、わかるよね?」


「東北支社腐りすぎだろ。隠すのもめんどくせぇ…」



夜斗は2人の男に銃を向けた

夜斗の両手に握られた銃はデリンジャー。近距離特化であり、単発装填式の護身銃だ



「警告する。私は貴方たちが降伏するなら撃たない。けど、もし私を襲うなら殺す」


「ははは、知らないのかな?この会社は実弾は扱ってな―――」



銃撃音。同時に、男の背後にあったガラスケースを貫通し、中に入っていた煙幕弾が割れる

と同時に、煙幕弾が衝撃を検知して煙幕を生み出した



「実弾は使えるに決まってるでしょ。非殺傷弾頭は、貴方たちみたいなクズが使わないためにある。使えるのは社長と本社実働班だけ」


「…え…?」


「はじめまして、ゴミクズ。俺は冬風夜斗。夏目探偵社社長兼冬風実働班班長の冬風夜斗だ」



夜斗は女の声のままそう告げた

男たちはまだ強気に出ている



「そ、そんなことあるわけないでしょ?君みたいな子どもが…しかもうちの会社は男社長だよ?」


「ああそういや変声機つけたままか。時雨、持ってきてくれたか?」


「全く…貴様は何故こうも事を荒げるのだ…」



時雨が投げたアタッシュケースを受け取り、煙幕の中早着替えを終わらせる

煙幕が晴れたとき、男たちの目の前にいたのは、スーツにコートといういつものスタイルの夜斗だった



「しゃ、社長!?それに支社長まで!?」


「おい時雨、ここの支社腐りすぎだろ。平社員さえ女を雑に扱うじゃねぇか」


「そこに関しては把握できていない私の不手際だ。この阿呆らだけだろうがな。連れていけ」



時雨がそう言うと、屈強な男2人が平社員2人を掴み、何処かへとつれていった

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