第34話

シュレディンガーの猫

それは量子学のとある実験だ

1時間毎に放射線を発生させる機会を設置した箱の中に猫を入れ、30分後に箱を開けたとき猫が生きてるかどうか、という問題

開ける直前までは生きている状態としんでいる状態が半々に存在しているが、開けた瞬間その状態が確定する…という話



「…真夜、少し寝ていいぞ」


「ん…だい、じょぶ」



実地研修の続きと称してついてきた真夜を見て、夜斗は少し笑う

後輩や新入社員というよりは、マスコットのようになりつつある

しかし戦闘訓練や模擬戦では、歴戦と呼ばれた黒鉄や、瞬光と呼ばれた草薙を凌駕する戦闘力を見せる

それどころか、夜暮と黒鉄・草薙による多対1戦闘訓練でも、圧倒的な戦力を見せた

そのギャップが、男性社員からの人気を集める要因となっている



「コンクリ固めの部屋に霊斗を入れて、数時間経ったら寝てるか起きてるか、っていう話だ」


「…寝てる。あの人、いつ見ても…寝てるし」


「例えが悪かったかな」



シュレディンガーの猫について話してほしいと言われたため、夜斗は真夜にそれを説明していたのだが、どうやらふんわりとしか理解してもらえなかったようだ

瑠璃であればこの説明で理解していたのだが…



「じゃあ別の話をするか。どんな話がいい?」


「…緋月の、話」


「生まれが12月15日、今年21になる戦闘員。元は俺と2人で仕事をしていたが社員が増えた関係で妹の桃香と組ませていた」


「……?」


「なんで桃香なのか、か。まぁ兄弟で組ませることを基本にしてるからな。うちの会社は孤児や捨て子、施設出を社員としてる場合が多い。だから兄弟ってのが多いんだ。他の社員は虐待の被害者やらお前みたいな未遂犯。普通の新卒も来るけどな」


「…緋月、孤児…?」


「去年だかに親が蒸発した。今どこにいるのかを調べるために、霊斗は金を貯めている。俺たちの正規費用でやるには100万は下らないからな」



ほぼ日本全国を探すようなものだ

知ってどうするかは夜斗の管理するべきところではない



「夜斗…あと、どれくらい…?」


「2時間くらいかな。まぁここまで2時間ちょいだし、ようやく折り返しだ」


「寝る」


「お、おう…」



頑なに寝ないと言っていた真夜は、ものの数秒で眠りについた

真夜を見ることはできないが、夜斗は微笑ましく思って小さく笑った



「こんなガキが、俺の会社なんかで働くなんてな」


『緊急。夜斗、聞こえるわね?』


「奏音?どうした」


『新しく来るはずの子がこないわ。警察に確認したところ、送迎用の車両が襲撃されて現在応戦中。できればオープンラインで指示してほしいと思ってるの』


「いたく冷静だな」


『今夏目を動かせるのは私だけ。私が取り乱していては顔が立たないわ。けど、最終決定権は夜斗にある』


「…わかった」



夜斗はオープンライン…要するに以前利用した、事務所内放送設備に電話をかけ、つながったことを確認して話し始めた



「こちら冬風夜斗。コード620緊急事態。総員第一次戦闘態勢。霊桜・黒淵・桜坂の各員は緊急出動。雪音、桜音、雪菜は配置につき、オペレーションRにて待機。また、非出動班の夜桜・夜風・神無月・邑楽・霊斗は出動可能体勢にて待機。繰り返す」



同じことをもう一度いい、夜斗は一息ついた

一方通行の回線とはいえ、向こうからの気迫が伝わってくる



「各員の検討を祈る」



夜斗は通話を切り、即座に2台の無線機を操作した

回線としては、警察無線を傍受するものと、颯・奏音とのグループラインだ



「こちら冬風。応答求む」


『颯だよ。ちょうどいいタイミングだ』


『奏音よ。用件はさっきの件かしら?』


「ああ。現時刻を持って、夏目探偵社を第一次戦闘態勢に移行しました。ついては、帯刀・帯銃について目を瞑っていただきたい」


『問題ないよ。元より奏音から申請来てたからね』



2人一組の夏目探偵社は元々銃や刀の所持について制限がない

しかしこのように、総員が対応に当たるときは連絡が必要になる



「それと、緊急車両としてうちの社用車を使います。赤色灯点灯許可を」


『構わないよ。もう警察無線で伝えさせる』


【各員。夏目探偵社社用車が緊急車両走行を行います。車を止めないようお願いします。また、襲撃された第25班の救護完了、病院に搬送の後運転者死亡、もう1人は一命をとりとめたものの意識不明の重体。オーバー】


「確認しました。俺も戻ります」


『視察はまた今度ね。私も出撃するわ。緋月借りるわよ』


「ああ。犯人はそう遠くないはずだ、NシステムとBシステムの使用を許可する」



Bシステムとは、夏目探偵社が手配したシステムの通称だ

正式名称は、『車両搭載ビーコン追尾システム』

各自動車メーカーにつけさせた、固有周波数を発するビーコンを追尾するシステムだ



「真夜、起きろ。視察取りやめてテロ対応だ」


「りょ」



夜斗は真夜に、助手席のグローブボックスを開けるように頼んだ

そこに設置されているレバーを回しながら引かせると、夜斗の軽自動車の上部に赤色灯が現れ、光りながら回りはじめる



「緊急車両旋回します。周辺車両は退避願います」



夜斗は外部スピーカーで呼びかけた数秒後、中央分離帯に向けてハンドルを切った

すぐのところに、緊急車両の旋回用に作られた空白がある

そこを車の後輪を滑らせて通り抜け、アクセルを踏み込む



「1時間で到着させる。それでも間に合うか微妙だけどな…」



夜斗の車は、右側車線で時速250キロを超えた

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