第24話

怒涛の新入社員ラッシュが明けた翌日、週の最終日である金曜日に夜斗は社長室にいた

唯一依頼がなく暇な日。社長とて仕事をサボりたいのだ



(なーんて言ったら副社長に殺されそうだけど)



夜斗は机に突っ伏しながらそんなことを考えていた

この一週間は、夜斗にとって怒涛の一週間だった

自分と瑠璃引っ越しに始まり、瑠璃の実家に強盗、真夜の雇用、依頼主が虐待を実施していたことの証明

ようやく一息つけたのだ



(…10月19日、か。明日夜架の誕生日だなぁ…)



夜斗はふとそんなことを思い出した

祝わねばしばらくネチネチ言われるため、夜斗は毎年祝うようにしている



(副社長帰ってこねぇなぁ…。暇だなぁ…。なんか爆発しねぇかなぁ)



そんな不謹慎なことを考えながら、夜斗はテレビをつけた

特に面白くもないニュースが延々と流れている

すべてのチャンネルでこうなのだから、夜斗からしてみれば番組制作陣の考えが理解できない



(…第8区画で爆発事故…?ガソリンスタンドか。ってことはまぁ、清水町役場近くだよな)



夜斗は帰ってきた副社長にテレビを示した



「どうするよ。


「どうするって言われても…。依頼がなきゃいけないわよ?」


「そうなんだよなぁ…」



奏音は夜斗の社長机の前に置かれた応接用ソファーに腰掛けた

そして置かれていた羊羹を勝手に食べ始める



「勝手に食うなよ」


「いいでしょ別に。どうせ経費なんだから」


「経費だから食うなっつってんだろ」



そう言いながらも、夜斗は奏音の目の前に座り羊羹を開ける

秘書が出してきた緑茶を飲みながら、2人は話し始めた



「どうだった、九州支社は」


「微妙ね。管理体制が杜撰すぎるわ。社員たちもそうだけど、支社長が使えなすぎる。本社から監視員を送る必要があるわ」


「まじか。真由美まゆみ、総務の中で行けそうなやつリストアップしといてくれ」


「かしこまりました」



秘書が社長室を出て、奏音が夜斗の隣に腰を下ろした

そして肩に頭を乗せ、目を閉じる



「真由美いなくなった瞬間これか…」


「当然の権利よ。副社長は社長に寄り添うものだわ」


「物理的に寄り添うのとはまた違うだろ。つかこれは寄りかかってるって言うんだ」


「あら、心外ね。わざわざ当ててあげてるのに」


「わざわざって言うなわざわざって」



奏音はわざとらしく夜斗の腕に豊満な胸を押し付けていた

そして少し離れ、胸元が見えるような位置で夜斗を眺める



「痴女か?」


「夜斗にしかやらないわ。けど、夜斗にも婚約者ができたんだったかしら?同居してるわよね?」


「婚約者じゃねぇけどな。瑠璃が金ないっていうから仕方なく部屋を間借りさせてる」


「瑠璃…。あの子もなかなか策士よね」


「何がだ?」


「わからないならいいわ」



奏音は溜め息をついて姿勢を正し、また羊羹を口に運んだ

奏音は天音の友人。そして夜斗の幼馴染だ

探偵社を作った1ヶ月後に、とある会社をクビになった奏音を副社長として迎えたというのが始まりだ



「婚約者じゃないのよね?」


「ああ」


「なら、今夜少し付き合いなさい。九州支社の3人と飲みに行くけど、本社が私だけだと気まずいわ」


「来てんのかよ暇人共。了解。瑠璃に連絡入れる」



夜斗はLIMEで瑠璃にメールを送り、返信を待つ間少し書類を片付けた

やらないと副社長…奏音に劇的な怒られ方をするため、これもまた仕方なくといった様子だ



「そういえば奏音。支社長にセクハラされたか?」


「されたわ。肩を触られそうになったから、反射的に投げそうになった」


「あいつそろそろクビだな。最近そういう報告が多すぎる。退職勧告流す」


「それでいいわ。今日来てるけど、最初で最後になるはずだから耐えられる」


「逆恨みしないように接近禁止命令出させるかね」



夜斗はそれらを手配するため、卓上の電話機の受話器を上げた



「冬風です」


『珍しいな、夜斗。社員に被告か?』


「いや、九州支社長に当社社員への接近禁止を出したい」


『何したんだあのハゲ…』


「奏音へのセクハラ。わりと継続的に支社内でやってたらしく、報告が多数あってな。クビにしたあと、逆恨みされても困る」


『そーだな。いつクビにする?すぐにやるなら、1ヶ月は給料出さなきゃならんぞ』


「一応引き継ぎ含めて1ヶ月出社させる。退職勧告はするし、従わなきゃクビだ」


『退職金出してやるんだな』


「…いいから仕事してくれよ、八城やしろ。いや、月宮つきみや先生?」


『カッカッカ!その呼ばれ方はまだ慣れないな。けど、接近禁止命令は元配偶者に出すもんだ。現行法令で逆恨みを防止するものってなぁねぇんだよ。事件化しないと処理もできん』


「マジか」


『大マジだ。ただ1つ、やれることはあるぜ?社員に接近しないのであれば警察に届け出ないっていう念書をかわすんだ。いわゆる示談だな。で、もし接近した場合は退職金同等額プラス当人への慰謝料を払わせる、っつーやり方な。これは行政書士の仕事だから、やるなら紹介するぜ?って言っても妹だけど』


「法律家兄妹め…。じゃあそれで行こうかな。月曜日…は東北支社の視察だから火曜日、水晶きららを連れてきてくれ」


『ういよー』



通話を終えた夜斗は、今八城という顧問弁護士に聞いた事柄を話した

八城は冥賀の元同級生だ。夜斗ともかなり古くからの付き合いがあり、タメ口で話すくらいにはフランクである



「わかったわ。クビにしたあとで社員に通告出しておくわね」


「頼む。夜架、どうせいるんだろ?」


「はい、主様」



返しトビラから出てきた夜架が、夜斗に向けて膝を付き頭を垂れる



「今の話は極秘だ。それと、火曜日に月宮兄妹がくる。丁重に饗せ」


「かしこまりました」



夜架は社長室を出る際、また一礼していった

そういった作法について、右に出るものはこの会社には一人としていない…はずである

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