第12話

夜斗は家具屋の洋服タンスのコーナーを瑠璃と周りながら、少し気にかけていることがあった

先程、夜斗の探偵社の社員からかかってきた電話の件だ



「…!俺だ」


『こちら雪音です。先程、桜音が伝えた事件のことで第2報をと思いまして、お時間いいですか?』


「ああ。どんな塩梅だ?」


『黒淵到着時はまだ気づかれていませんでしたが、銀行内警報器からの発報で到着した警察により事態が急変、桜坂到着時には犯人が立てこもり現在睨み合いが続いております』


「夜風はまだか?」


『夜風は先程出動しましたが、銃器もなしにどうにかなるとは思えません』


「…そうか。発砲許可を出す。弾頭は非殺傷弾ゴム製弾頭、場合によって拘束弾スタン弾頭の使用を許可する」


『わかりました、伝えます』



現代において、特別な許可を取ればその会社の社員が銃器を携帯することが許される

ただし管理者は厳重な管理を求められ、殺傷した場合裁判所からの呼び出しに応え、理由や教育の程度について問われる



(とはいえ、非殺傷弾も当たりどころが悪ければ人が死ぬしな…。拘束弾にしても、狙撃能力がなければまずい…)


「夜斗、これにしよう。何故か横2列あるから2人分入るよ」


「…ああ、そうだな。間違って隣開けたら事件が起きるけど」


「それは…たしかにね」



瑠璃は少し悩んでから、そのタンスの付近に置かれていた鍵を見つけた

純正オプションらしく、取り付け方まで裏面に書いてある



「これを使えばいいってことかな?」


「おそらく夫婦使いを想定してるな、これ…」


「夫婦…そういうのもありだね」


「俺にそんな甲斐性はない」



夜斗は台車にタンスを載せ、次の目的物を探した

目的物はゴミ箱。夜斗が使っているものはかなり小型だ

それを持っていこうと考えていたのだが、2人になるとそれでは足りないだろうということで買いに来たのだ



「これとかどう?大きいよ」


「バケツじゃねぇか。屋外に置くもんだろ」


「ならこれ?」


「横にデケェな。何人家族だ」


「これかな」


「今度は縦に長いな。入れるの大変だろ…ってなんでこんなもんおいてあんだここ」



身長を超える高さのゴミ箱を見て思わず呟く夜斗

壁に埋め込むタイプもあるようだが、果たしてそんなダストシュートのようなものを誰が使うというのだろうか



「これでいいんじゃね?」


「普通のゴミ箱だね。面白みがないよ?」


「そんなことねぇだろ。ほら踏んだら開くぞ」



夜斗は瑠璃を諭してゴミ箱を買い、車で自宅に戻った

そして夜斗は買い忘れがあると言って外に出る

目の前を夜斗の探偵社の自律自動車が通り抜けた



「ってことは…」



その車は、銃器を運ぶ専用のもの

対戦車装甲に加え、エアコンまで完備している

まぁ人が乗ることは滅多にないのだが、今は夜風が乗っているのが見えた



(あの姉弟遅刻じゃねぇか)



夜斗はそんなことを思いながら車を見送った



「桜音」


『解答。夜風到着時撃ち合いあり。警視庁特別強襲部隊に黒淵兄弟加勢したものの、敵は複数方向から実弾射撃をしている。周辺に狙撃手がいると予測』


「…やりたくねぇなぁ…。直接電話する」


『了解』



通話を切って即座に別のところに電話をかける夜斗

それは現在戦闘中の夜風姉だ



夜美やみ


『絶賛交戦中!』


「わかってる。夜風姉弟は地下の非常脱出口から強襲、桜坂は援護を、黒淵は陽動だ」


『了解!ようやく暴れられるよ、凪!』



電話が切れ、夜斗は買い物に行った

家電は何もない。テレビどころか、ダイニングテーブルのほかは先程買ったタンスだけだ

夜斗自身の引っ越しは明日の予定のため、全く荷物はない。テーブルは霊斗からの引っ越し祝いだ



(あんなデカイのどうすんだとか思ってたけど、まぁ2人ならなんとか使えないこともない)



どうせ霊斗と天音が来るしなぁ、などと言いながら夜斗は車に乗り込む

レンタカーは明後日まで借りてある。その間、夜斗の車はレンタカー会社に預けたままだ



(この車もまぁまぁいいな。車高高いから乗りやすいし)



夜斗は瑠璃からきたメッセージを、AIスピーカーに読み上げさせた



『本日夜、夕食を食べに行かない?親くるけど』


「は…?」


『友人というのを紹介しろと言われていてね、来てくれると嬉しい』


「返信。場所と時間をくれ、連れて行く」


『確認シマシタ。送信シマス』



抑揚のない声が応え、メッセージを送信する

LIMEというアプリだが、これが面白いくらいあらゆるアプリと連携できる

スピーカー用のアプリや検索用、さらにはゲームとの連携でフレンド追加やフレンドからLIMEを追加することまで可能だ



(便利な世の中になったなぁ…)



それと同時に、危険性も危ぶまれている

実際、夜斗の元に届く依頼の中には、ゲームで知り合った人とLIMEを介して話をし、出会ったときからストーカーされる…などというものが多々ある

そして明日、夜斗が行くのもその類だ



(使い方を違えば便利なものほど脅威になり、単純なものほど凶器に変わる。それは今も昔も変わらないな)



家電量販店にて夜斗は、全く関係ないパソコンを見ていた

そろそろ探偵社に導入したがっているのだが、何分費用対効果がわからない

それが導入への懸念事項だ



「パソコンお探しですかぁ?」


「……見ているだけですが」



店員に絡まれ、表情を変えずに応対する夜斗



「今年のモデルではこれがおすすめでして、こちらのモデルは性能が高く速度が2.6MHzもあるんですよぉ!」


(なんだろう…無性に殴りたい)



口調に苛つきながらも、夜斗はため息をつくことで抑えた

そして



「それはCPUの速度ですか?そうであるならオーバークロック搭載ですか?」


「え…?そ、そのとおりです!オーバークロックも実装しております!」


(大した知識もねぇのか。オーバークロックは10年前に廃止されたっての。主流はデュアルCPUだが、コスト面から重宝されるのはネットワーク演算だ)



ネットワーク演算とは最近になって出てきた技術…というわけではない

オーバークロックが現存していた時代にも存在していたのだ

それは、ネットワークに繋がれたありとあるゆる機器の使われていない演算領域を使い速度を高めるやり方

セキュリティが大幅に向上した現代だからこそ主流だが、10年前はまさにセキュリティ問題で一時凍結されたプロジェクトだ



「…少しくらい勉強した方がいいですよ。オーバークロックなんてアーキテクチャ、もう使われていませんから」



悔しげな顔をした店員だったが腐ってもプロ

笑顔を保ち、その通りですねと相槌を打った



「…そうですね、店長さん呼んでください。冬風がきたと伝えればわかるはずです」


「…?わ、わかりました」



逃げ出す機会をこれ幸いと店員は走り去っていった

数分後にきたのは、夜斗がよく知る人物



「達也」


「やぁ。久しぶりだね、夜斗。僕の部下をいじめるのはよろしくないな?」


「最初に声をかけてきたのは向こうだ。何も知らないと思ってテキトー抜かすやつを部下にすんなよ」



かつての同級生、穗伽達也

夜斗が霊斗・天音・瑠璃の他にもつ友人である

ちなみに夜斗が友人と認識してるのはこれで全員だ



「今日は何を買いに来たのかな?」


「買うかどうかは値段聞いて決めるが、探偵社用にパソコンが欲しくてな」


「ふむ、何台かによるけど値引きしよう」


「その言葉を待っていた。パソコンは150台、ライセンスはプロフェッショナルで頼む」


「ほほう。気前がいいね」


「こっからの値引きに俺の会社の金がかかってる。わりと物理的に」


「そうだね、それだけの量なら500万でいいよ。ビジネスワーク向けのハイグレードを進呈しよう」


「…え?いいのか?」


「ハイグレードといっても型遅れだよ。数ヶ月前にモデルチェンジした…それだね」



先程の店員が示したパソコンを指差す

型遅れとはいえ、店頭販売価格は5万円ほどだ



「マジか、これさっき勧められたやつ」


「グラフィックがCPU依存だから大したスペックじゃないけど、本社に200台余っててね。売れるようなら2万まで値引いていいって言われてる」


「ちょっと高くしてるじゃねぇか」


「問題はないね。というか処理めんどくさいし、200台合わせて500万でいいよ。即金なら」



達也は試すように夜斗を見た



「持ち合わせがないな」


「銀行にあるだろう?」


「うぐ…。も、もう少し安く…」


「450だね。これ以上はうちの店に利益がなくなる」


「な、ならそれで…。あと会社用のシステム開発ができる人とか知らん?」


「僕の元同期にエンジニアがいるよ。紹介しようか?」


「頼む」


「了解。まぁお金については後でいいよ、とりあえず手配できるか確認して、できるようならLIMEのメッセージで知らせるから」


「了解、あとは任せた。あと引っ越したんだけど、家電をくれ」


「買ってくれない?今年のモデルはわりといいよ、テレビとかエアコンとか冷蔵庫とか」


「的確に高いの勧めてくんなぁ…。まぁそれらを買いに来たんだよ」



夜斗はそういって、達也の案内で家電を揃えていった


瑠璃を自宅に送り、しばらく待って出てきた瑠璃を車に乗せる



「随分と派手な服だな」


「派手…?」


「お前にしてはな。高級料亭でも行くのか?ってくらいドレスじゃねぇか」



瑠璃は黒いドレスに見を包んでいた

フリルなどという飾りは一切ないが、夜斗からしてみればそれも豪華なのだ



「…言ってなかったね。行くのはレ・フランス・ド・ラパンだよ」


「レランド行くのかよ!?」



レランドというのは、瑠璃が言った超高級レストラン「レ・フランス・ド・ラパン」の略称だ

とはいえそれを使ってるのは行くことができない学生たちであり、金持ちはレ・フランスと呼んでいる



「うん。だから、なにか服ある?」


「あることはある。社交パーティー用のやつが」


「君本当に探偵?」



夜斗は自宅に戻り、瑠璃を中に入れて紗奈に挨拶させている間に着替えた

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