第5話
ショーが終わる寸前、夜斗はようやく観客席に戻れた
温かい拍手の中、瑠璃は照れくさそうだ
「クーがラストの大ジャンプだとよ」
「もう終わるんだね…残念だよ」
クーが大きく飛び跳ねた
着水し、大きな水しぶきが観客席になだれ込む
そして瑠璃のポンチョの隙間から流れ込んだ
「冷たっ…!」
「とりあえずポンチョ脱げ。上着貸してやる」
2人はポンチョを脱ぎ、夜斗は着ていたパーカーを瑠璃に着せた
タオルはないため、借りるために先程の飼育員の元を訪れる
「あっ…先程の…」
「すみませんがタオルお借りしていいですか?寒そうなので」
「ポンチョをすり抜けて…。わかりました、少しお待ちください」
アシスタントの人に頼み、その飼育員はその場に残った
「お話を、聞かせてください」
「…あまりいい話かわかりませんが、俺は昔友人に騙されてゴムボートで沖に出たとき、突き落とされたんですよ。泳げないのにそのまま奴らは陸に戻っていって、沈んでたところをグーラ…じゃなくてクーに助けられたんです。で、俺は近くの島で救援を待つ間、クーと遊んでいた。そのとき仕込んだ芸がさっきのあれです」
「だから、ですか…」
「何がです?」
「クー以外の名前を最初つけたとき、反応してくれなかったんです。グーラという名前がすでにあったから、なんですね」
「みたいですね。グーラ」
寄ってきたクーが悲しげに鳴く
もう別れなのか、と訴えかけているのだろうか
「聞け、グーラ。あの日、俺を助けてくれてありがとう。今の俺はしっかり大人になった。お前のおかげだ。俺の仕事は人の生活を支えるエンジニア。お前の仕事は人の笑顔を作るパフォーマー。やることは違えど、目的は同じ。人のためにやるんだ。お前はここで、この人と生きて、人を楽しませろ。そんでもって、俺の元にお前の名前が届くくらいに有名になれ。そのときに、また来てやる」
クーの表情が明るくなった――気がした
嬉しそうに中央に移動し、追加で高くジャンプする
「元気なことだ。よろしくお願いしますよ、飼育員さん」
「…榛名です。クーを、グーラを愛するものとして、私を覚えていってください。次会うときには、貴方のアレを真似します。そして、超えますから」
「…いいでしょう。俺は冬風夜斗。しがない探偵です」
夜斗と飼育員は笑い、握手した
アシスタントにもらったタオルと何かを瑠璃に手渡し、アシスタントが案内する個室に移動する
夜斗は個室前でしばしの休憩だ
(グーラ…よく覚えていたもんだな、アレを。いつか俺と会う日のために、練習したのかもしれん)
夜斗は来た道を見ようとして、やめた
個室のドアを見て、来た道と真逆を見る
(グーラ。過去を見るな。今を、未来を見ろ。そして願わくば、数多の人間に笑顔を届け、みんなに看取られてくれ。誰よりも俺はお前の死を悲しむだろうけどな)
夜斗は歓喜を隠し、瑠璃を待った
出てきた瑠璃の様子は少しおかしい
「どうした?」
「そ、その…。あの人、下着は持ってきてくれたけど、服はないらしくてね…。パーカー借りててもいいかな?」
「お、おう…。俺が身長高くてよかったな、スカート代わりになってる」
「夜斗以外には見せられないよ…こんな姿…」
つまり、瑠璃は夜斗のパーカーの下は下着以外何もないということだ
ズボンはおろか、スカートさえない。大きめサイズの夜斗パーカーにより隠されているだけだという
瑠璃は裾を下に引っ張り、恥じらい故か頬を染めた
「途中で服買うか」
「そうだね…。ただ、この服装で買いに行くわけにもいかないから、夜斗のセンスで買ってきてほしいかな…。あとでお金は返すよ」
「そうか?ならプレゼントだと思うといい」
夜斗は裾を掴んだままの瑠璃の反対の手をとった
そして歩き出す。万が一周りに見られないよう、歩速をかなり落としていた
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