第4話
瑠璃は秋が好きではない
かといって嫌いというわけでもなかった
それは、1つの花に由来する
(キキョウ、か…。数多の色がある花で、開花時期は6月から9月とされているけれど、秋の花として有名なもの…。花言葉は、『永遠の愛』…)
「どうした、瑠璃」
「なんでもない。もう着くみたいだね」
「ああ。2時間の運転の末の水族館だ」
「急に現実的だね…。もう少し天音や緋月霊斗のようにロマンチストでもいいと思うよ」
「その言葉、そっくりそのままお返ししてやる」
2人は笑い合い、夜斗は駐車場に車を入れた
それぞれがそれぞれのチケットを買う…かと思いきや、夜斗が二人分購入した
「たまには格好つけさせろよ」
「…存外、気遣いできるんだね」
「バカいえ、俺は気遣いできる最高の探偵だぞ?」
「はいはい。じゃあ行こうか、気遣いできる最高の探偵さん?」
「復唱しないでくれ恥ずかしくて海に飛び込みたくなる」
「泳げないのに?」
「なぜ知ってる!?」
そんな他愛のない話をしながら入場し、入口から魚やカニ、エビなどを見ていく2人
2人の歩速は遅く、それこそカップルのように見つつ騒ぐ
その会話の内容さえ…内容さえ普通であれば、カップルなのだ
「えら呼吸に特化した魚類の中に混ざるかのように哺乳類のシャチやイルカがいるのもまた面白いね。イルカは脳を片方ずつ休ませるため、片目が閉じてるときがあるらしいよ」
「魚類はまぶたがないから目を閉じないらしいな。マグロは動いてないと死ぬらしい」
「赤身魚は持久力に富んでいるからね、それくらい容易いのかな。逆に白身魚は一時的に爆発的な力を出せる。鮭の川登りも何となく可能だと思えるね」
「母川回帰ってやつか。あ、キンメダイだ」
「キンメダイは光の反射で目が金色に見えることからキンメダイって名前になったんだ。キンメダイは水深200mから800mに生息しているから、光を取り込みやすくするために目が大きく進化したらしい」
「最近の女子高生はそんなに灯りに飢えてるのか」
「あれは写真加工だよ…。実際にあの大きさだと脳は男性の3割から5割程度しかないことになるよ」
2人は更に奥まで歩いていく
その間にも雑談(といってもカップルがするようなものではないのだが)を交わしつつ、イルカショーの前で立ち止まる
「面白そうだな」
「凄まじく濡れる恐れがあるよ。タオルもなしに見るものじゃないと思う」
「お前の目が見たくして仕方ないと語ってくる」
「む…バレたか」
夜斗は入口で数百円を払い二人分のチケットを買い、渡されたポンチョを羽織る
瑠璃も着ようとしてまごついていたため、夜斗が着せてやっていた
(また気配…?まぁいいや)
「これは…なんというかいいものだね」
「そうだな。イルカショーは存在するだけで人の興味を集める」
「いや、夜斗とこうして見ること自体がいいんだよ。イルカショーでもアシカショーでもね」
「…そ、そうか」
気恥ずかしさから、夜斗は瑠璃から目をそらしイルカに目を向けた
始まるイルカショー。夜斗たちは最前列
瑠璃の理論上、水がかかりにくい場所だ
「水が放物線を描くのなら、水槽に近く、一定距離内なら水かけは少なく済むはずだよ」
「ならいいが…」
「まぁともかく、見るものは見ようよ。理系でもこういうのは楽しいよ」
無表情が一転、楽しげに笑う瑠璃
夜斗もまた笑みを浮かべ、すぐそこに来たイルカに目を向ける
『クーが選んだのはそこのカップルでした!』
((まずい、話聞いてなくて何がなんだか…))
謎の歓声と係員に促され、夜斗と瑠璃は水面のステージに上がらされる
目立つことを避けたい2人からしてみれば大いに迷惑…ではなく、少々何をするのか楽しみだったりするのだ
「というか…」
「うん…」
「「あのイルカ、クーって名前なんだ…」」
「『ということで、クーに指示出しをしていただきます!』」
スピーカーと肉声が重なって異様な気持ちになりながら、夜斗と瑠璃はハテナマークを頭上に浮かべる
「何となくフィーリングでやっていただければ、クーが勝手にそれっぽいことしてくれますので」
「それはもはやただの演出っていうんすよお姉さん」
「まぁやるだけやろうよ、夜斗。少しくらいさ」
「…そうだな」
夜斗はマイクを持つ飼育員を少し恨みながらも、少し水に近づく
(…イルカか。昔溺れた俺を助けたやつがいたな。まぁいい、あのときあのイルカに教えた芸があったしあのジェスチャーやりゃそれっぽいことすんだろ)
夜斗は指揮棒を構えるように腕を上げた
そしてそれを右に大きく振り払う
イルカ――クーは、それを見て右に向けて泳ぎ、宙返りするように水面から飛んだ
(…あの動き…。まさかな)
夜斗は腕を左に大きく振ってから下に振り下ろし、目の前で曲を止めるようにキュッと止めた
クーは左に向かう。そしてジャンプし、水面に飛び込んでターン
プール中央で大きく飛び上がった
「…そのまさかみたいだな」
「なかなか上手ですね、彼氏さん。あんな動き今までに見たことないですよ」
「やるね、夜斗」
「…当然だ。舞え、グーラ!」
夜斗の声に応えてか、クーは夜斗に近づきその場でくるくると回り、ステージに顔を乗せた
「久しぶりだな、グーラ。元気だったか?」
――キュルルル!!
嬉しそうなクーの声が会場に響き渡り、飼育員含め全ての人を驚かせる
瑠璃もその中の一人だ
「グーラ、お前を求める者がいる。この場を掌握してみせろ」
――キュル!
クーがプールの真ん中に戻り、夜斗の腕に合わせ動く
そしてジャンプや急速潜行を繰り返し、吊られたボールを突いて着水。夜斗の元に戻った
「上出来だ、グーラ。次はこいつに従え」
――キュルー!
元気な声で鳴くクーに戸惑いながらも、瑠璃が進み出た
夜斗は逆に飼育員の近くで、瑠璃とクーを見守る
瑠璃の手とクーの鼻先が触れ合い、瑠璃は少し何かをつぶやいた
そして、クーはまた舞う
「…どう、やったんですか…?」
「言われたとおり、フィーリングです」
「クーは、お客様の手の動きに合わせて動いてるのではなく…腕が動くタイミングだけを見て、私たち飼育員が教えた芸をこなすだけだったはずです。けどさっき、クーは…」
「…あとでお話しますよ」
夜斗はそれだけ言って、楽しそうな瑠璃を眺めた
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