第2話

法定速度ギリギリで進む軽自動車の窓は開けられていた

秋の心地よい風が前部座席の窓から入り、後部座席の窓から抜けていく

瑠璃の髪が風になびき、夜斗の視界にちらほら入ってくる



「相変わらず綺麗な色をしているな」


「そうだろうね。実際には老廃物が蓄積し、黄色や赤色に変わると言われてるよ」


「紅葉の話じゃねぇよ。お前の髪の話だ」


「えっ…。そ、その…急に言われると、困る…」


「悪かったな」



顔をそらす瑠璃

ちらっと見える頬が、いつもより少し赤く見えた



「てか紅葉ってそうやって色づくんだな」


「正確に言うと、クロロフィルという物質が葉を緑色に見せる成分で、気温が低くなり始めると光合成効率が悪くなってくるんだ。効率が下がるということは、余分な太陽光が生じてしまう。その余分な太陽光が光合成機能を破壊し、さらに効率が下がっていく」


「つまり寒くなり始めると酵素反応が悪くなるのか」


「大方そういう認識で問題ないよ。光合成機能が低下した葉緑体では、クロロフィルから活性酸素が生じる。それが生物的に有害だから、比較的早くクロロフィルが分解されるんだ」


「ほー。害を生むものを先に壊すんだな」


「そこは人間社会と変わらないね。ちなみにアントシアニンって物質が赤く見える要素。アントシアニンは、分解したクロロフィルを運び出すときに形成された離層より葉側にあるグルコースと、アントシアニジンが結合することで生成される。離層より内側は老廃物とグルコースが貯まるようになってるらしいね」


「よく知ってんなぁ」



夜斗は運転しながら興味深そうに話を聞く

それが瑠璃にとっては嬉しく、ついつい話してしまうのだ



「ちなみに黄色くなる理由は?」


「カロテノイドという物質が黄色く見えるものだよ。夏のイチョウとかにも含まれているんだけど、普段はクロロフィルの方が比率が高くて、緑色に見える。クロロフィルの分解が進み、やがて完全に分解されると見える色素はカロテノイドの黄色ってわけ」


「ほーん。調べたこともないな」


「そうだろうね。夜斗はわりと原理より結果が好きなんじゃない?」


「そうでもないぞ。桜が植えられるようになった逸話とか知ってるか?」


「…それは知らないかな。夜斗は知ってるの?」


「ああ」



箱根峠という道の駅に車を止め、先程まで話していた赤や黄色の紅葉が見える場所に歩いて移動する2人

道の駅の裏側からは、芦ノ湖を挟んで向こう側に紅葉がよく見える



「戦争していた時代、日本人は潔く散ってこそ華って風潮があった。桜は散るものだ。そして散るときこそ美しいと言われる。だから、桜のように潔く散り、美しくあれと植えられたのが始まりだ。それ以降は多分、キレイだからとかそういう理由か、他の学校にあるからかだろうけどな」


「ふむ…。随分と忌々しい理由だけど、そんな過去があったからこそ現代日本があるのかもしれないね」


「かもな」



夜斗は店内自販機でお茶を2本購入し、片方を瑠璃に投げる

ありがとうと礼を言いながら瑠璃はそれを開け、一口飲む



「お茶といえば、本来紅茶や烏龍茶、緑茶の葉は同じものだよ。製造方法に違いがあるだけでね。一説によると、紅茶ができたのは遠い昔、船で運んでいた茶葉が濡れて発酵したからだとか言われてる」


「ああ、それはなんか聞いたことある気がするな。霊斗に」


「そういえば、緋月霊斗は紅茶が好きだったね」


「ああ。なんでかは知らねぇけどな」



休憩もそこそこに箱根峠を後にして、2人が乗る車がさらに東へと向かう



「昔、天音が淹れてくれたのが美味しかったらしいね。それまではお茶系統は飲まなかった霊斗が、紅茶だけは飲むらしい」


「天音情報か」


「本人情報だよ」


「俺には言わねぇのにあのやろう…」



親友からの扱いに拳を握る夜斗

そんな夜斗に笑みを向けていた瑠璃だったが、信号待ちで夜斗が瑠璃を見たときにはもういつもの無表情だった



「芦ノ湖の黒船だぜ」


「これを見るのももう2回目になるね」


「俺と霊斗は20回くらい見てる」


「そんなに見ても面白いものじゃない気がするけど…」



夜斗と霊斗は、基本的に夜斗のわがままで箱根に来ることが多い

特段の理由はなく、夜斗からしてみれば「同じ場所に通年でいけば景色の推移を見れるから」ということらしい



「こうしてみると、割と近場でも色々と見るものがあるね」


「そうだな…最初はそうだった」


「そりゃあ2桁来てたらもう見るものはないね…」


「なんかもう、何となく道を覚え始めてる…」



国道をさらに東に、小田原へと向かう

途中コンビニに停車し、休憩がてら飲み物補充を忘れない

忘れると大変なことが起きてしまう

そう、山道故にコンビニが全くと言っていいほどなく、ここから先は小田原につくまで何もなくなるのだ


長めの休憩の後、少し早めにつくような心づもりで運転を再開する夜斗

時刻はまだ14時。しかし、夕方には用事があるのだ

そのため気持ち焦りが生まれる



「何かあるの?」


「天音に呼び出された。多分霊斗のことだろうけどな」


「え…。私以外とLIMEしてるの…?」


「やめろその言い方、流石にしとるわ。友達0人か。ああいや、友達と呼べるものは片手で数えきれるわ…」



寂しげに携帯電話が入ってるポケットを軽く叩く

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