カサネアワセ

本条真司

理系の2人

第1話

1つのコップが机に置かれている

それには半分ほどまで水が入れられており、それを手に少女が少年に話す



「これを見て、夜斗よるとはどう思う?」


「は…?み、水だなーと」


「…新手の感想だね。そうじゃなく、この水の量だよ。多い?少ない?」


「少ない…かな」


「そう。それが悲観的主義者ペシミストと言われる心理だよ。私はまだ半分残ってる、と感じるしね」



少女はそう言ってコップを机に置き、髪をまとめていた紐を解いた

重力に従い、少しだけ名前と同じ瑠璃色が混じった黒髪が首元を隠す



「…何が言いたいんだ、瑠璃るり


「少し聞きたかっただけだよ。特に理由はない」



少女――瑠璃はそう言って無表情なまま少年――夜斗を見た

夜斗はため息を付きながら店員が置いていったファーストフードのハンバーガーを手に取る



「そんなことを言うために俺を休日に呼び出したのか?」


「まさか。私だって節度くらいあるつもりだよ」



少し嫌そうな顔をした夜斗にそう返す瑠璃

彼女の目の前にあるのはフライドポテトと、紙コップに入れられた水だけだ

摂取カロリーを抑えるためだ、と夜斗に言ったのは数分前のことである



「なんの用だよ、それなら」


「簡単なことだよ。恋愛相談に乗ってもらいたくてね」


「…恋愛経験皆無の俺に?」


「正確には真っ当な恋愛経験がない、だね。浮気されてばかり、という人を分析すれば浮気されない方法もわかるよ」



瑠璃はそう言いながらポテトで夜斗を指した

訝しげにそれを眺める夜斗



「食べる?」


「もう食ってんだよ俺は。セットメニューだからポテトも飲み物もあるっての」


「それもそうだね。と同時に、夜斗が浮気される理由の1つがわかったよ」


「なんでそうなる」


「素っ気なすぎる。私なら慣れてるけど、普通は嫌われてるのか或いは飽きられたかと思考するんだよ」


「そう聞いてるんじゃない、何故俺の話になったのかを聞いた」



夜斗はポテトを口にして不服そうな顔になる瑠璃を見た

不服そうな、といっても表情にさしたる違いはない

夜斗の感覚…いわば慣れでわかるだけで、傍から見たらひたすらに無表情だろう



「……まぁ、私の恋愛相談に繋がることだよ。私が好きな人は、夜斗のように素っ気無い人で、さらに鈍感。しかも私に告白する度胸がない」


「最後のはどうにかしろよお前の問題だろ…」


「そう行かないんだよ。女の子っていうのは、フラれることを強く怖がるからね」


「そうかい…乙女心は難解すぎる…」



夜斗はため息をつき、自分のポテトを口にした

強めの塩加減に眉をひそめて、瑠璃に一本差し出す



「これ塩強いわ」


「ふむ…。うっ…確かに強めだね…」



夜斗の手から直接食べる瑠璃

よくある光景であり、それぞれの親友に言わせれば「よくこれで付き合ってないな」という状態だ



「つかそんなの天音あまねに相談しろよ。天音が好きなのもそういうやつだろ?」


「ああ…。天音は緋月あかつき霊斗れいとが好きなんだったね。あれは素っ気無いというより、天音のことを好きなのかそうじゃないのかわかってないだけだよ。なにせ、緋月霊斗は今までが悲惨だからね」



霊斗は夜斗の親友。天音は瑠璃の親友だ

そして霊斗の元カノたちは、「愛された気がしない」といって別れを告げている

霊斗なりに最大限愛を捧げてはいるのだが、何故そう言われるのかが夜斗には理解ができない



「霊斗は多分、天音を好きだろうよ。ただ、自分から告白することはできない。それはお前と同じだな、瑠璃」


「アレと同じにされるのも癪だけどね…。そうだ、もう1つ私の好きな人の特徴があって、後輩に好かれてるんだ。たしか、和泉いずみ鏡花きょうかだったかな」


「鏡花?中学時代の俺の後輩じゃん。つーことはだいぶ絞れてきたな」


「…ちなみにどこまで絞った?」


「中学時代の吹奏楽部」


「うーん…。まぁ、間違いではないね…」



瑠璃はまた不服そうな顔をして水を一気飲んで噎せた



「大丈夫か?」



夜斗はすぐに瑠璃の隣に移動して背を擦る

瑠璃が落ち着くまでに数分間、夜斗は瑠璃の隣で背を撫でていた



「ありがとう。どうにも器官に入ったみたいだ」


「見りゃわかる」



夜斗は自分の席に戻ってストローからコーラを飲む

時刻は12時半を回り、家族連れや学生カップルが店内の大部分を占めるようになってきていた



「瑠璃、食い終わったけど出るか?」


「そうだね。少しまだ付き合ってほしいから、どこか行かない?」


「希望はあるのか?」


「ないね」


「じゃあ適当にドライブだな」



夜斗と瑠璃は、それぞれの注文したものが載っていたお盆を片付け、駐車場に移動した

目立つわけではない深い青をした軽自動車が夜斗の車であり、2人はこれを使ってここに来ていた

このファーストフード店は国道に面しており、入るのは容易くとも出るのは至難の業

すぐのところにある脇道から国道に出るのが定石だ



「ひたすら国一を東に行くかな」


「時間稼ぎにはなるね」



2人の意見は一致し、夜斗は少しだけエンジンをかけたまま食休めの時間を取った

といっても数分のことで、助手席に座った瑠璃が夜斗に声をかけると、夜斗はリクライニングさせていたシートを起こし、シートベルトを装着した

瑠璃も同じように装着し、夜斗を見る



「ゴーだな」


「うん。出発」



夜斗は出発をゴーと言い換える癖がある

軽自動車はゆっくりと発進し、脇道から国道に出るのであった

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